20
それから五年の月日が流れた。
アレクは七歳になり、村の学校で学んでいた。聡明で優しい少年に育ち、いつか父のような騎士になりたいと言っている。
ソフィアは五歳。好奇心旺盛で、いつも母の後をついて回り、商売のことを学びたがっていた。
「ママ、これはいくらで売れるの?」
ソフィアが市場の織物を指差して尋ねる。
「そうね。この質なら、金貨二枚は取れるわ」
エリアナが答えると、ソフィアは真剣な顔で頷いた。
「私も、ママみたいになりたい」
その言葉に、エリアナは微笑んだ。
アッシュヴィルは、王国有数の商業都市に成長していた。人口は一万人を超え、毎日のように新しい人々が移住してきた。
市場は拡張され、三つの大きな建物が立ち並んでいる。宿場も増築され、常に満室状態だ。学校は二つになり、病院も拡大された。
「信じられないわ」
ある日、エリアナは丘の上から村を見下ろしながら呟いた。
「六年前、ここは何もない荒れ地だったのに」
隣にいたカイルが微笑んだ。
「あなたが作り上げたのです」
「いいえ、みんなで作ったのよ」
エリアナは夫を見た。
「あなたも、村人たちも、みんなの力があったから」
二人の後ろで、アレクとソフィアが遊んでいる。平和な光景だった。
その日の午後、王都から使者が来た。だが、今回は緊急ではなく、祝賀の知らせだった。
「国王陛下より、エリアナ様に勲章を授けるとのことです」
使者は嬉しそうに言った。
「王国発展功労賞。これは、最高位の勲章です」
エリアナは驚いた。
「そんな……私は特別なことは何も……」
「いいえ」
使者は首を横に振った。
「あなたの功績は、王国全体に影響を与えました。多くの領主が、あなたの方法を学び、真似をしています」
使者は続けた。
「辺境開拓のモデルケースとして、アッシュヴィルは教科書にも載るでしょう」
一ヶ月後、エリアナは家族と共に王都に赴いた。授賞式には、多くの貴族や役人が参列していた。
「エリアナ・アッシュフォード、開拓伯爵」
国王の声が広間に響いた。
「王国発展への多大な貢献に対し、この勲章を授ける」
国王は自ら、エリアナの胸に勲章をつけた。
「お前の功績は、永遠に語り継がれるだろう」
広間中が拍手に包まれた。エリアナは深々と礼をした。
式典の後、社交の場で多くの人々がエリアナに話しかけてきた。
「素晴らしいご活躍ですね」
「ぜひ、お話を聞かせてください」
皆が尊敬の眼差しを向けてくる。かつて自分を蔑んでいた人々も、今では頭を下げていた。
その中に、見覚えのある顔があった。リオネルだった。
彼は質素な服を着て、広間の隅に立っていた。平民となった彼は、もう貴族の一員ではない。だが、式典を見たくて、こっそり来ていたのだろう。
エリアナはリオネルに近づいた。彼は驚いて顔を上げた。
「エリアナ……」
「お久しぶりですね」
エリアナは穏やかに微笑んだ。
「お元気でしたか?」
「俺は……」
リオネルは言葉に詰まった。
「今は、小さな商店で働いている。貴族の時とは、全く違う生活だ」
彼の顔には、後悔と諦めが滲んでいた。
「でも、それでいいんだ」
リオネルは小さく笑った。
「働くことの尊さを、ようやく理解できた」
彼はエリアナを見つめた。
「君は、正しかった。本当の価値は、身分や財産じゃない」
エリアナは頷いた。
「あなたがそれに気づけたなら、まだ遅くありません」
「ありがとう」
リオネルは深く頭を下げた。
「君の幸せを、心から願っている」
それが、二人の最後の会話だった。エリアナはリオネルに背を向け、家族のもとへ戻った。
もう、過去を振り返る必要はない。全ては終わったのだ。
王都での滞在を終え、エリアナたちは領地に戻った。村人たちが盛大に出迎えてくれた。
「おかえりなさい!」
「おめでとうございます、エリアナ様!」
子供たちが花を投げ、大人たちが拍手した。
「ただいま」
エリアナは笑顔で答えた。
「やっぱり、ここが一番落ち着くわ」
その夜、エリアナは家族と共に食卓を囲んだ。アレクとソフィアが、王都で見たことを興奮して話している。
「お城、すごく大きかった!」
「お姫様みたいな人がいっぱいいたよ!」
子供たちの無邪気な話を聞きながら、エリアナは幸せを噛みしめた。
食事の後、エリアナとカイルは二人で庭に出た。星空が美しい夜だった。
「六年前、この庭はなかったわね」
エリアナが呟いた。
「全てが荒れ果てていた」
「今では、花が咲き誇っています」
カイルが答えた。
「あなたが植えた花です」
エリアナはカイルの手を握った。
「私たちが、一緒に植えた花よ」
二人は星空を見上げた。
「カイル、後悔はない?」
エリアナが尋ねた。
「私と結婚したこと。この領地で生きること」
「後悔?」
カイルは驚いたように妻を見た。
「まさか。これ以上の人生は考えられません」
カイルはエリアナを抱きしめた。
「あなたと出会い、家族を持ち、この領地を共に発展させる。それが、私の夢でした」
「私もよ」
エリアナは夫の胸に顔を埋めた。
「あの婚約破棄の日、私は全てを失ったと思った」
エリアナは顔を上げた。
「でも、実際には何も失っていなかった。むしろ、偽りの幸せから解放されたの」
「そして、本当の幸せを見つけた」
カイルが続けた。
「ええ」
エリアナは微笑んだ。
「本当の愛、本当の家族、本当の生きがい。全てを、ここで見つけたわ」
二人は長い間、抱き合っていた。
遠くから、村の鐘の音が聞こえてくる。夜九時を告げる鐘だ。村人たちは、それぞれの家で温かい時間を過ごしているだろう。
「行きましょう」
エリアナがカイルの手を取った。
「子供たちが待っているわ」
二人は家に戻った。アレクとソフィアが、眠たそうな目で待っていた。
「おやすみ、ママ、パパ」
子供たちが抱きついてくる。エリアナとカイルは、二人を優しく抱きしめた。
「おやすみ、愛しい子供たち」
子供たちが寝室に向かった後、エリアナは窓から村を見渡した。
静かな夜。平和な村。愛する家族。守るべき人々。
全てが、そこにあった。
「幸せね」
エリアナは呟いた。
「ええ。これ以上の幸せはありません」
カイルが答えた。
二人は手を取り合い、寝室へと向かった。
明日もまた、新しい一日が始まる。課題も、挑戦も、きっとあるだろう。
だが、それも全て含めて、エリアナは自分の人生を愛していた。
婚約破棄から始まった物語は、最高の形で続いている。
そしてこれからも、ずっと続いていく。
愛する人々と共に。
希望と共に。
幸せと共に。
星空の下、アッシュヴィルは静かに眠っていた。
明日への夢を抱きながら。
(完)




