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アレクが二歳になった春、エリアナは再び妊娠していることに気づいた。今度は落ち着いて受け止めることができた。
「カイル、二人目よ」
エリアナが報告すると、カイルは驚きと喜びで目を見開いた。
「本当ですか?」
「ええ。アレクに、弟か妹ができるわ」
カイルはエリアナを優しく抱きしめた。
「ありがとう。私たちの家族が、また一人増える」
村人たちも、この知らせを心から喜んだ。
「おめでとうございます!」
「今度は女の子だといいですね」
祝福の言葉が、あちこちから飛んできた。
妊娠中も、エリアナは可能な範囲で仕事を続けた。商業学校での授業、市場の視察、領地の運営会議。全てを、バランスよくこなしていった。
ある日、王都から緊急の使者が来た。国王が、エリアナに重要な役職を任せたいという。
「商業大臣補佐として、王都に来てほしい」
使者は真剣な顔で言った。
「陛下は、あなたの手腕を高く評価しておられます。王国全体の商業発展に、力を貸してほしいとのことです」
エリアナは迷った。名誉ある役職だが、領地を離れることになる。そして、家族とも離れ離れになってしまう。
「少し、考えさせてください」
エリアナは答えた。
その夜、カイルと二人で話し合った。
「これは大きなチャンスです」
カイルが言った。
「あなたの理想を、王国全体で実現できるかもしれない」
「でも、アレクは? あなたは? そして、お腹の子は?」
エリアナは不安そうに尋ねた。
「家族を置いて、王都に行くことなんて……」
「エリアナ」
カイルは妻の手を握った。
「あなたの幸せが、私たちの幸せです。もしあなたが望むなら、私たちも王都に行きます」
「でも、この領地は?」
エリアナは窓の外を見た。
「私が作り上げたこの場所を、離れることなんて……」
カイルは深く息を吐いた。
「では、断りましょう。この領地こそが、あなたの居場所なのですから」
エリアナは考え込んだ。確かに、王都での仕事は魅力的だ。だが、自分が本当に望むものは何だろう。
翌日、エリアナは使者に答えを伝えた。
「お断りします」
使者は驚いた顔をした。
「しかし、これは国王陛下からの直々の……」
「わかっています」
エリアナははっきりと言った。
「ですが、私の居場所はここです。この領地と、村人たちと、家族と共にいることが、私の幸せなのです」
使者は困惑した表情を見せたが、やがて頷いた。
「わかりました。陛下に、そのようにお伝えします」
使者が去った後、村長のトーマスが訪ねてきた。
「エリアナ様、本当によろしかったのですか?」
トーマスは心配そうだった。
「あれほどの役職を断るなんて……」
「いいのよ」
エリアナは微笑んだ。
「私には、ここでやるべきことがまだたくさんあるもの」
エリアナは窓から村を見渡した。
「それに、ここが私の家なの。離れたくないわ」
トーマスは目に涙を浮かべた。
「ありがとうございます。私たちは、あなたがいてくれることが何よりも嬉しいです」
数週間後、国王から返事が届いた。
「エリアナの選択を尊重する。だが、必要な時は王国のために力を貸してほしい」
手紙にはそう書かれていた。エリアナは安堵の息を吐いた。
夏になり、領地には新しい施設がまた一つ増えた。図書館だ。
「知識は、誰もが平等にアクセスできるべきです」
エリアナは開館式で語った。
「この図書館には、様々な本があります。歴史、科学、文学、商業。全てが、皆さんのものです」
村人たちは目を輝かせて、図書館に入っていった。多くの人が、初めて本というものに触れた。
「字が読めない人のために、識字教室も開きます」
エリアナは付け加えた。
「大人でも、子供でも、学びたい人は誰でも歓迎します」
この提案に、多くの大人たちが手を挙げた。生涯学習の機会が、こうして村に生まれた。
秋になり、エリアナのお腹は大きくなっていた。二度目の妊娠は、一度目よりも楽に感じられた。
「もうすぐね」
エリアナはお腹に手を当てた。
「楽しみだわ」
ある日の午後、陣痛が始まった。今回は、エリアナもカイルも落ち着いていた。
「大丈夫です、エリアナ様」
産婆のベアトリスが励ました。
「前回よりも、ずっとスムーズに進んでいます」
数時間後、赤ちゃんの泣き声が響いた。
「女の子です!」
ベアトリスが嬉しそうに叫んだ。
カイルは娘を抱き、涙を流した。
「可愛い……」
「アレクに、妹ができたわね」
エリアナは疲れているが、幸せそうに微笑んだ。
アレクが部屋に入ってきた。彼は妹を見て、興味深そうに覗き込んだ。
「イモウト?」
「そうよ、アレク。あなたの妹よ」
エリアナが言うと、アレクは妹の小さな手を優しく握った。
「名前は?」
カイルが尋ねた。
「ソフィア」
エリアナは即座に答えた。
「ソフィア・アッシュフォード。知恵という意味よ」
カイルは頷いた。
「良い名だ」
ソフィアの誕生は、村全体の喜びとなった。エリアナとカイルの家族は、四人になった。
その夜、エリアナは二人の子供を見つめながら、深い満足感に包まれた。
「幸せね」
エリアナが呟くと、カイルが頷いた。
「ええ。これ以上の幸せはありません」
二人は手を取り合った。
かつて、婚約を破棄されて絶望していた日々。あれは、もう遠い過去だ。今の自分があるのは、あの苦難があったからこそ。
「カイル、ありがとう」
エリアナは夫を見つめた。
「あなたと出会えて、本当に良かった」
「私もです」
カイルはエリアナを抱きしめた。
「あなたと家族を作れたこと。それが、私の人生で最大の幸運です」
窓の外では、月が静かに輝いていた。村は平和に眠り、人々は幸せな夢を見ている。
エリアナは目を閉じた。心の中で、静かに誓った。
この幸せを、守り続ける。家族を、村人たちを、そしてこの領地を。全てを愛し、全てを守り続ける。
それが、自分の使命なのだと。
そして、その使命を果たすことこそが、自分の幸せなのだと。
深い安らぎの中で、エリアナは眠りについた。愛する家族に囲まれて。
明日もまた、新しい挑戦が待っている。だが、それも含めて、全てが愛おしかった。
これが、エリアナの選んだ人生だった。




