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捨てられた日が、私の人生の始まりでした  作者: 小林翼


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アレクが一歳になる頃、領地にさらなる変化が訪れた。隣国との国境に近いこの地が、正式な交易拠点として認められたのだ。


「これで、隣国との貿易も正式にできるようになります」


父アルベルトが訪れ、嬉しそうに報告した。


「エリアナ、お前の功績は国家レベルになったぞ」

「まだまだですよ、お父様」


エリアナは謙虚に答えた。


「やるべきことは、まだたくさんあります」


隣国との交易が始まると、さらに多様な商品が市場に並ぶようになった。異国の香辛料、珍しい織物、見たこともない工芸品。村人たちは目を輝かせて、新しい世界に触れた。


「エリアナ様、これは何という香辛料ですか?」


市場の商人が尋ねた。


「サフランよ。料理に少し加えるだけで、素晴らしい香りと色がつくの」


エリアナは丁寧に説明した。商人としての知識が、今も役立っている。


交易の発展に伴い、エリアナは新たな構想を練り始めた。商業学校の設立だ。


「商売の知識を学べる場所があれば、この領地からもっと優秀な商人が育つわ」


エリアナはカイルに提案した。


「素晴らしい考えです」


カイルは賛成した。


「でも、誰が教えるのですか?」

「私よ」


エリアナは微笑んだ。


「父から学んだことを、次の世代に伝えたいの」


商業学校の建設が始まった。若者たちが集まり、エリアナから直接、商売の技術を学ぶ。


「商売で大切なのは、信頼です」


エリアナが教室で語る。


「どんなに良い商品でも、信頼がなければ売れません。逆に、信頼があれば、多少高くても買ってもらえます」


生徒たちは真剣にメモを取っていた。


「そして、もう一つ大切なこと」


エリアナは生徒たち全員を見渡した。


「それは、相手を思いやること。商売は、お互いが幸せになるためのものです。一方的に利益を得ようとすれば、いずれ破綻します」


この教えは、エリアナが父から学び、そして自分の経験から確信したことだった。


ある日、驚くべき訪問者があった。隣国の王子だった。


「エリアナ伯爵に、お会いしたくて参りました」


若い王子は礼儀正しく挨拶した。


「噂の交易拠点を、この目で見たかったのです」


エリアナは王子を市場に案内した。賑わう市場、活気ある村人たち、全てが王子の目に新鮮に映った。


「素晴らしい。これほど平和で繁栄した場所は、我が国にもありません」


王子は感嘆した。


「どうすれば、このような場所を作れるのですか?」

「特別なことは、何もしていません」


エリアナは答えた。


「ただ、人々の声を聞き、共に働き、信頼関係を築いただけです」


王子は深く頷いた。


「私も、国に戻ったらあなたの方法を取り入れたいと思います」


その言葉に、エリアナは微笑んだ。


「ぜひ。そして、困ったことがあれば、いつでも相談してください」


王子との出会いは、新たな国際関係の始まりだった。隣国との友好関係が深まり、文化交流も盛んになっていった。


アレクは順調に成長していた。一歳半になり、よちよちと歩き始めている。


「パパ!」


アレクがカイルに向かって手を伸ばす。カイルは息子を抱き上げ、高く持ち上げた。


「大きくなったな、アレク」


カイルの声には、愛情が溢れていた。


「ママ!」


今度はエリアナに手を伸ばす。エリアナは息子を抱きしめた。


「可愛い」


この瞬間が、何よりも幸せだった。


ある日の夜、エリアナは書斎で手紙を書いていた。長い手紙だった。


「誰に宛てているのですか?」


カイルが尋ねた。


「アレクに」


エリアナは微笑んだ。


「大きくなった時に読んでもらう手紙よ。私がどう生きてきたか、何を大切にしてきたか、全部書いているの」


カイルは妻の肩に手を置いた。


「良い考えですね」

「あなたにも書いてほしいわ」


エリアナはカイルを見上げた。


「父親として、アレクに伝えたいことを」

「わかりました」


カイルは頷いた。


「私も書きます」


その夜、二人は並んで手紙を書いた。息子への思い、願い、そして希望。全てを言葉にしていく。


数日後、村に緊急事態が発生した。森で大規模な山火事が起きたのだ。


「すぐに消火活動を!」


エリアナが指示を出した。村人たちが総出で、水を運んで消火にあたる。


「風向きが悪い。このままでは村に延焼する」


カイルが険しい顔で言った。


「ならば、防火帯を作りましょう」


エリアナは即座に決断した。


「村の手前の森を一部伐採して、火が来ても燃え移らないようにするの」


村人たちは夜通し働いた。男たちは木を切り倒し、女性たちは水を運び続けた。エリアナも、アレクを村の安全な場所に預けて、最前線で指揮を執った。


夜が明ける頃、ようやく火は鎮火した。疲れ果てた村人たちだが、誰も文句を言わなかった。


「よくやってくれました、皆さん」


エリアナは煤だらけの顔で微笑んだ。


「村を守ることができたのは、皆さんの協力のおかげです」


村人たちは、疲れているはずなのに笑顔だった。共に困難を乗り越えたことで、絆はさらに強くなった。


その夜、エリアナは疲れ果てて眠りについた。だが、心は満たされていた。


翌朝、村の再建が始まった。焼けた森を整備し、新しい苗木を植える。これも、皆で協力して行った。


「エリアナ様」


老齢のエルダが杖をついて近づいてきた。


「あなたが来てから、この村は本当に変わりました」

「エルダ様……」

「いいえ、聞いてください」


エルダは優しく微笑んだ。


「かつて、この村は希望のない場所でした。誰もが諦めていた。でも、あなたが来てから、全てが変わった」


エルダは村を見渡した。


「今では、誰もが笑顔で暮らしている。子供たちは学校で学び、若者たちは希望を持って働いている」


エルダはエリアナの手を取った。


「ありがとう。あなたは、この村に命を吹き込んでくれた」


その言葉に、エリアナは涙ぐんだ。


「いいえ、私は何もしていません。ただ、皆さんと一緒に歩んできただけです」

「それが、あなたの素晴らしいところなのです」


エルダは深く頷いた。


「あなたは、決して上から指示するだけの領主ではなかった。常に、私たちと同じ目線で、共に汗を流してくれた」


その日の夕方、エリアナはカイルとアレクと共に丘に登った。夕日が村を赤く染めている。


「綺麗ね」


エリアナは呟いた。


「ええ。そして、平和です」


カイルが答えた。


「アレクが大きくなる頃には、もっと平和で豊かな場所になっているでしょうね」


アレクは両親の間で、嬉しそうに笑っていた。


「そうね。私たちが、その未来を作るのよ」


エリアナは夫と息子を見つめた。


「一緒に」


三人は夕日を見つめながら、静かに寄り添った。幸せな時間が、ゆっくりと流れていった。

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