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結婚から三ヶ月が経ち、領地はさらに発展していた。エリアナとカイルは、約束通り学校の建設に取りかかっていた。
「この場所がいいと思います」
カイルが村の中心近くの土地を指差した。
「子供たちが通いやすく、広さも十分です」
「そうね。ここに決めましょう」
エリアナは頷いた。
学校の建設が始まると、村人たちは喜んで協力した。自分たちの子供が教育を受けられる。それは、彼らにとって夢のような話だった。
「エリアナ様、本当にありがとうございます」
若い母親が涙を流しながら言った。
「うちの子も、字が読めるようになるんですね」
「ええ。そして、もっと多くのことを学べるわ」
エリアナは微笑んだ。
「教育は、未来への投資です。子供たちが成長すれば、この領地はもっと発展するでしょう」
建設が進む中、エリアナは王都から教師を招聘した。経験豊富な老教師と、若い女性教師の二人だ。
「これがアッシュヴィルですか」
老教師のマルクスが村を見回した。
「噂以上に発展していますね」
「皆の努力の賜物です」
エリアナは謙虚に答えた。
「マルクス先生、子供たちをよろしくお願いします」
「任せてください」
マルクスは力強く頷いた。
一ヶ月後、学校が完成した。開校式には、多くの子供たちとその親が集まった。
「今日から、この学校で皆さんは学びます」
エリアナが子供たちに語りかけた。
「字を読むこと、計算すること、世界のことを知ること。それは、皆さんの未来を明るくしてくれるでしょう」
子供たちは目を輝かせて聞いていた。
「では、最初の授業を始めましょう」
マルクス先生が教室に入っていくと、子供たちは嬉しそうについていった。
「素晴らしい光景ですね」
カイルがエリアナの隣で言った。
「ええ。これが、私の夢だったの」
エリアナは満足そうに微笑んだ。
その日の午後、エリアナは体調の変化を感じた。軽い吐き気と眩暈。心配になって、村の医者を呼んだ。
医者は丁寧に診察した後、微笑んだ。
「おめでとうございます、エリアナ様」
「え?」
「ご懐妊されています」
その言葉に、エリアナは息を呑んだ。
「本当に?」
「はい。間違いありません」
医者が去った後、エリアナは一人で考え込んだ。子供。自分の子供が、お腹の中にいる。
「エリアナ様」
カイルが部屋に入ってきた。
「どうかされましたか? 顔色が優れないようですが」
「カイル……」
エリアナは夫を見上げた。
「私、赤ちゃんができたの」
カイルは一瞬、言葉を失った。そして、次の瞬間、エリアナを優しく抱きしめた。
「本当ですか……本当に……」
カイルの声は震えていた。
「ええ。私たちの子供よ」
二人は抱き合ったまま、しばらく動かなかった。幸せな涙が、二人の頬を伝った。
その夜、二人は村人たちに報告した。村中が喜びに沸き、祝福の言葉が飛び交った。
「おめでとうございます!」
「これは、村の慶事ですね!」
村長のトーマスが感動して涙を流していた。
エリアナは父にも手紙を書いた。数日後、父から返事が届いた。
「エリアナ、おめでとう。私もついに祖父になるのか。すぐにそちらへ行く。孫の顔を見るまで、無理をするなよ」
父の喜ぶ様子が、文面から伝わってきた。
だが、妊娠が判明してから、エリアナには新たな心配事が生まれた。カイルが過保護になりすぎたのだ。
「エリアナ、その書類は私が運びます」
「エリアナ、階段は危ないから、私が手を貸します」
「エリアナ、市場の視察は私が代わりに行きます」
カイルの気遣いは嬉しいが、エリアナは少し困惑していた。
「カイル、私は病気じゃないのよ」
ある日、エリアナははっきりと言った。
「妊婦でも、できることはたくさんあるわ」
「でも、万が一のことが……」
カイルは心配そうだ。
「大丈夫よ。無理はしないから」
エリアナは夫の手を握った。
「でも、全てを止めるわけにはいかないの。この領地には、私が必要なことがまだある」
カイルは深く息を吐いた。
「わかりました。でも、少しでも具合が悪くなったら、すぐに言ってください」
「約束するわ」
エリアナは微笑んだ。
妊娠四ヶ月目に入った頃、王都から驚くべき知らせが届いた。
「リオネル様とセシリア様の婚約が解消されたそうです」
父からの手紙には、そう書かれていた。
「公爵家は完全に破産し、リオネルは平民に落ちました。セシリアは、彼を捨てて別の貴族と婚約したようです」
エリアナは手紙を読んで、複雑な気持ちになった。かつて自分を捨てた男が、今度は捨てられたのだ。
「どう思いますか?」
カイルが尋ねた。
「正直、何も感じないわ」
エリアナは静かに答えた。
「もう、あの人は私の人生に関係ない人。同情も、恨みもない」
エリアナはお腹に手を当てた。
「今の私には、大切なものがたくさんある。過去を振り返っている暇はないの」
カイルは安堵したように微笑んだ。
その後、さらに驚くべき知らせが届いた。リオネルが、エリアナに会いたいと言っているという。
「断りましょうか?」
カイルが険しい顔で言った。
「いいえ、会いましょう」
エリアナは落ち着いて答えた。
「これで、完全に終わらせることができるわ」
一週間後、リオネルが辺境領を訪れた。かつての華やかさは消え、彼は疲れ果てた表情をしていた。
「エリアナ……」
リオネルは、彼女を見て言葉を失った。幸せそうな顔、凛とした佇まい。そして、明らかに妊娠している体。
「お久しぶりですね、リオネル様」
エリアナは丁寧に挨拶した。もう、彼に対する特別な感情はなかった。
「君は……本当に幸せそうだな」
リオネルは苦しそうに言った。
「俺は、何て愚かなことをしたんだ」
「過去のことは、もうどうでもいいことです」
エリアナははっきりと言った。
「あなたが私を捨てたことで、私は本当の幸せを見つけられた。だから、感謝こそすれ、恨む理由はありません」
リオネルは、その言葉に打ちのめされたような顔をした。
「そうか……君は、もう前に進んでいるんだな」
「ええ。そして、これからも進み続けます」
エリアナはカイルの手を取った。
「私には、守るべきものがある。夫、子供、そして領地の人々。それが、私の全てです」
リオネルは深く頭を下げた。
「すまなかった。君の幸せを、心から願っている」
そう言って、リオネルは去っていった。二度と、彼がこの領地を訪れることはなかった。
「終わりましたね」
カイルが言った。
「ええ。完全に」
エリアナは空を見上げた。
「これで、本当に新しい人生が始まる」
お腹の中で、小さな命が動いた。エリアナは微笑んだ。
未来は明るい。そう確信できる今が、何よりも幸せだった。




