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エリアナとカイルの婚約の知らせは、すぐに村中に広まった。村人たちは祝福の言葉を惜しまず、二人の幸せを心から喜んだ。
「おめでとうございます、エリアナ様!」
「カイル様、本当に良かったですね!」
村の広場は、祝福の声で溢れていた。エリアナは村人たちの温かさに、胸がいっぱいになった。
だが、正式に結婚するには、父アルベルトの承諾が必要だった。エリアナは王都に手紙を送り、カイルとの結婚を報告した。
一週間後、父から返事が届いた。エリアナは緊張しながら封を開いた。
「エリアナへ。カイルという騎士については、以前から聞いている。誠実で有能な男だと評判だ。お前が選んだ相手なら、私は反対しない。すぐにそちらへ行く。正式に祝福したい」
エリアナは安堵の涙を流した。父が認めてくれた。それが、何よりも嬉しかった。
「エリアナ様、良かったですね」
カイルも嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。お父様が、あなたを認めてくれたわ」
二人は抱き合った。
三日後、父アルベルトが辺境領を訪れた。彼は娘を抱きしめ、そしてカイルに向き直った。
「カイル、娘をよろしく頼む」
父は手を差し出した。カイルは深々と頭を下げた。
「命に代えても、エリアナ様をお守りします」
「ああ、それは見ていればわかる」
父は満足そうに頷いた。
「だが、一つだけ条件がある」
父は真剣な顔になった。
「娘を泣かせるな。もし泣かせたら、私が許さん」
「はい。必ずお約束します」
カイルは力強く答えた。父は豪快に笑った。
「よし。では、盛大な結婚式を挙げよう」
だが、エリアナは首を横に振った。
「いいえ、お父様。派手な式は望みません」
エリアナは村を見渡した。
「ここで、村人たちと一緒に祝う、質素な式がいいわ」
「そうか」
父は娘の顔を見て、納得したように頷いた。
「お前らしい選択だな。わかった、そうしよう」
結婚式の準備が始まった。村人たちは総出で協力し、広場を飾り付けた。花を摘み、料理を作り、皆が心を込めて準備をした。
「エリアナ様の幸せが、私たちの幸せです」
村長のトーマスが涙ぐみながら言った。
式の前日、エリアナは一人で丘に登った。ここから見える景色は、彼女が最も愛する光景だ。
「綺麗ね」
声がして振り返ると、マリアが立っていた。
「マリア」
「エリアナ様、明日は本当におめでとうございます」
マリアは微笑んだ。
「あなたのおかげで、私は自由になれました。そして今、あなたの幸せを見ることができる。こんな喜びはありません」
「ありがとう、マリア」
エリアナはマリアの手を握った。
「あなたも、ここで幸せになってね」
「はい。必ず」
二人は夕日を見つめながら、静かに微笑んだ。
結婚式の当日。エリアナは質素だが美しいドレスに身を包んだ。村の女性たちが総出で作ってくれたドレスは、アッシュヴィルの織物で作られている。
「お嬢様、本当にお美しいです」
侍女のアンナが感動して涙を流した。
広場には、村人たち全員が集まっていた。父アルベルトが、娘の腕を取る。
「行こう、エリアナ」
父に導かれて、エリアナは祭壇へと歩いた。そこには、正装したカイルが待っていた。彼の目には、感動と愛情が溢れている。
「カイル・アッシュフォード、あなたはエリアナ・ローゼンベルクを妻として迎え、生涯愛し続けることを誓いますか?」
司祭が尋ねた。
「はい。誓います」
カイルの声は、力強かった。
「エリアナ・ローゼンベルク、あなたはカイル・アッシュフォードを夫として迎え、生涯愛し続けることを誓いますか?」
「はい。誓います」
エリアナもはっきりと答えた。
「では、指輪の交換を」
カイルがエリアナの指に指輪をはめる。それは質素だが、心のこもった手作りの指輪だった。エリアナも、カイルの指に指輪をはめた。
「二人の結婚を、ここに宣言します」
司祭の言葉と共に、広場中が歓声に包まれた。カイルはエリアナを抱き寄せ、優しく口づけた。
祝宴が始まった。村人たちが持ち寄った料理が並び、音楽が奏でられる。誰もが笑顔で、二人の幸せを祝福していた。
「エリアナ」
父が娘に話しかけた。
「お前は、本当に幸せそうだな」
「はい、お父様。私、とても幸せです」
エリアナは心からそう言った。
「リオネルと婚約していた頃よりも?」
父の問いに、エリアナは即座に頷いた。
「比べ物にならないほど」
エリアナはカイルを見た。
「あの頃の私は、本当の愛を知らなかった。でも今は、わかるわ」
「そうか」
父は満足そうに微笑んだ。
「お前の選択は、正しかった」
夜が更けても、祝宴は続いた。村人たちは踊り、歌い、二人の門出を祝った。
エリアナとカイルは、少し離れた場所で二人きりになった。
「信じられないわ」
エリアナは呟いた。
「半年前、私は絶望していた。全てを失ったと思っていた」
「でも、今は?」
カイルが尋ねた。
「今は、全てを手に入れた」
エリアナは微笑んだ。
「愛する人、信頼できる仲間、そして守るべき領地。これ以上、何を望むことがあるの?」
カイルはエリアナを抱きしめた。
「私も同じです。あなたと出会えて、私の人生は変わった」
「カイル……」
二人は見つめ合い、再び口づけを交わした。
その様子を、少し離れた場所から見ている人影があった。リオネルだった。
彼は密かに式に参列していたのだ。エリアナの幸せそうな顔を見て、彼の胸には後悔が渦巻いていた。
「俺は……何て愚かなことを……」
リオネルは呟いた。だが、もう遅い。エリアナは前に進んでしまった。彼の手の届かない場所へ。
リオネルは静かにその場を去った。二度と、彼がエリアナの前に現れることはなかった。
翌朝、エリアナとカイルは新しい生活を始めた。二人は領主の館で共に暮らし、共に領地を治めていく。
「これから、どうしましょうか?」
カイルが尋ねた。
「まだやることは山積みよ」
エリアナは地図を広げた。
「学校を作りたいわ。子供たちに教育を受けさせたい」
「素晴らしい考えです」
カイルは頷いた。
「では、まず土地を選びましょう」
二人は肩を並べて、計画を練り始めた。夫婦として、領主として、彼らの新しい挑戦が始まろうとしていた。
窓の外では、朝日が昇り始めていた。新しい一日の、そして新しい人生の始まりだった。
エリアナは幸せだった。かつて自分を捨てた男への恨みは、もうない。むしろ、感謝の気持ちすらある。
あの婚約破棄がなければ、本当の自分を見つけられなかった。本当の愛も、本当の生きがいも、見つけられなかった。
全ては、必然だったのだ。そして今、エリアナは自分の人生を、心から愛していた。




