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捨てられた日が、私の人生の始まりでした  作者: 小林翼


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市場の開場から一ヶ月が経ち、アッシュヴィルは王国有数の商業都市へと成長していた。毎日、数十台の荷馬車が出入りし、商人たちで賑わっている。


エリアナは領主の館を拡張し、事務所も増やした。書類仕事が増え、毎日が目まぐるしく過ぎていく。


「エリアナ様、王都から来客です」


ある日の午後、カイルが応接室に案内してきたのは、見覚えのある人物だった。


「ギルバート様!」


織物商のギルバートが、満面の笑みを浮かべていた。


「エリアナ様、お久しぶりです。市場の成功、素晴らしいですね」

「ありがとうございます。でも、今日はどうして?」

「実は、重要な提案があって参りました」


ギルバートは真剣な顔になった。


「王都に、あなたの領地の製品だけを扱う専門店を開きたいのです」

「専門店?」


エリアナは興味深そうに身を乗り出した。


「はい。織物、陶器、薬草。全てをブランド化し、高級品として売り出します」


ギルバートは計画書を広げた。


「『アッシュヴィル』の名を冠した店を作れば、王都の貴族たちが殺到するでしょう」


エリアナの頭の中で、計画が具体化していく。確かに、ブランド化することで付加価値が生まれる。そして、より高い価格で売ることができる。


「素晴らしい提案です。でも、条件があります」


エリアナははっきりと言った。


「利益は、村人たちにも分配されなければなりません。彼らの労働があってこその製品ですから」

「もちろんです」


ギルバートは即座に頷いた。


「私も、それを望んでいます。正当な利益配分があってこそ、持続可能なビジネスになりますから」


二人は契約を交わした。王都に『アッシュヴィル』の専門店が開かれることが決まった。


その夜、エリアナは村人たちを集めて報告した。


「王都に、私たちの製品を専門に扱う店ができます」


村人たちがどよめいた。


「これで、皆さんの作った製品が、より多くの人に届きます。そして、収入も増えるでしょう」


村人たちは歓声を上げた。かつて貧しかった村が、今や王国中に名を知られる場所になろうとしている。


「これも、エリアナ様のおかげです!」


村長のトーマスが涙ながらに言った。


「いいえ、皆さんの努力です」


エリアナは微笑んだ。


「私は、ただ道を示しただけ。歩いてきたのは、皆さんなのですから」


その言葉に、村人たちはさらに感動した。


翌日、エリアナは久しぶりに森を散策した。カイルが護衛として同行している。


秋の森は美しかった。紅葉した木々が、黄金色に輝いている。二人は小川のほとりで休憩した。


「疲れていませんか?」


カイルが心配そうに尋ねた。


「少しね。でも、こうして森を歩くと心が落ち着くわ」


エリアナは小川の水面を見つめた。


「最初にここに来た時、私は絶望していた。全てを失ったと思っていた」

「でも、今は違いますね」


カイルが言った。


「ええ。今では、あの婚約破棄に感謝しているわ」


エリアナは微笑んだ。


「あれがなければ、本当の自分を見つけられなかった。そして――」


エリアナはカイルを見た。


「あなたに、出会えなかった」


カイルの顔が赤くなった。


「エリアナ様……」

「カイル様、正直に言うわ」


エリアナは勇気を出して言った。


「私、あなたのことが――」


その時、森の奥から悲鳴が聞こえてきた。二人は顔を見合わせ、すぐに声のする方へ駆けた。


森の奥で、若い女性が倒れていた。服はボロボロで、顔には怪我をしている。


「大丈夫ですか?」


エリアナが駆け寄ると、女性は怯えた目でこちらを見た。


「助けて……追われているの……」


女性が言いかけた時、馬の蹄の音が近づいてきた。数人の男たちが馬に乗って現れた。


「そこにいるのは、逃亡奴隷だ。引き渡してもらおう」


男のリーダーが言った。だが、エリアナは女性を庇うように立ちはだかった。


「この女性は、私が保護します」

「何を言っている。奴隷は所有者の財産だ」

「この王国では、奴隷制度は禁止されています」


エリアナははっきりと言った。


「あなたたちは、隣国の人間でしょう。ここは王国の領土です。法を守ってください」


男たちは顔を見合わせた。確かに、この王国では奴隷制度は違法だ。


「覚えていろ」


男たちは捨て台詞を吐いて去っていった。エリアナは女性に優しく声をかけた。


「もう大丈夫よ。ここは安全な場所だから」


女性は涙を流しながら、エリアナに抱きついた。


「ありがとう……ありがとうございます……」


エリアナは女性を村に連れて帰り、治療を受けさせた。女性の名はマリアと言い、隣国で奴隷として売られそうになり、必死で逃げてきたという。


「ここにいてもいいのよ」


エリアナはマリアに言った。


「この村では、全ての人が自由で、平等です」

「本当に……いてもいいんですか?」


マリアは信じられないという顔をした。


「もちろんよ。働く意志があれば、誰でも受け入れます」


その言葉に、マリアは再び涙を流した。


数日後、マリアは工房で働き始めた。彼女は手先が器用で、すぐに織物の技術を習得した。


「マリア、上手ね」


エリアナが褒めると、マリアは嬉しそうに微笑んだ。


「エリアナ様のおかげで、私は人間として生きられるようになりました」


その言葉を聞いて、エリアナは自分の選択が正しかったと確信した。


ある日の夜、エリアナが書斎で仕事をしていると、カイルが訪ねてきた。


「エリアナ様、少しお話しできますか?」


カイルの表情は、いつになく真剣だった。


「もちろん」


エリアナは椅子から立ち上がった。カイルは窓の外を見つめながら、ゆっくりと話し始めた。


「あの日、森で言いかけたことがあります」

「ええ」


エリアナの心臓が高鳴った。


「私は……あなたを尊敬しています。領主として、人として」


カイルは振り返った。


「そして、それだけではありません」


カイルは一歩近づいた。


「私は、あなたを愛しています」


エリアナの息が止まった。


「カイル様……」

「身分の差があることは、わかっています」


カイルは続けた。


「私は没落した騎士の家の出身。あなたは伯爵令嬢。釣り合わないことは、承知しています」

「そんなこと……」


エリアナは首を横に振った。


「私にとって、身分など関係ないわ」


エリアナはカイルの目をまっすぐに見た。


「カイル様、私も……あなたを愛しています」


カイルの目が大きく見開かれた。


「本当に……ですか?」

「ええ。あなたは、私が最も困難な時に支えてくれた。いつも信じてくれた」


エリアナは涙ぐんだ。


「あなたがいなければ、今の私はなかった」


カイルはゆっくりとエリアナに近づき、彼女の手を取った。


「では……私と結婚してください」


その言葉に、エリアナは頬に涙を流しながら頷いた。


「はい。喜んで」


二人は抱き合った。窓の外では、満月が二人を優しく照らしていた。


長い旅路の末に、エリアナはついに本当の愛を見つけた。それは、身分や財産ではなく、互いの心が通じ合う、真実の愛だった。

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