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捨てられた日が、私の人生の始まりでした  作者: 小林翼


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二週間後、交易市場がついに完成した。広大な屋根の下には、無数の店舗スペースが並んでいる。宿場も併設され、商人たちが泊まれる部屋が用意されている。


「素晴らしい」


グレイ男爵が感動したように呟いた。


「あの妨害を受けながら、よくここまで」

「村人たち全員の力です」


エリアナは謙虚に答えた。


「私一人では、決してできなかったことです」


開場式には、王都から商業ギルドの代表や、近隣の領主たちが集まった。父アルベルトも来ており、誇らしげに娘を見つめている。


「それでは、アッシュヴィル交易市場の開場を宣言します!」


エリアナの声と共に、市場の門が開かれた。待ちかねた商人たちが、次々と入場してくる。


織物、陶器、薬草。それぞれの領地の特産品が並べられ、商人たちは目を輝かせて品物を吟味した。


「この織物、素晴らしい!」

「陶器の質も高い」

「薬草は王都でも需要があるぞ」


あちこちから歓声が上がる。初日から、取引は大成功だった。


夕方、エリアナは疲れた体で市場の屋上に上がった。そこからは、活気に満ちた市場全体が見渡せる。


「やり遂げましたね」


カイルが隣に立った。


「ええ。でも、これからが本当の挑戦よ」


エリアナは市場を見下ろしながら言った。


「維持していくことの方が、作ることより難しいから」

「あなたなら、大丈夫です」


カイルの言葉には、絶対的な信頼があった。


「カイル様」


エリアナは彼を見つめた。


「あなたは、いつも私を信じてくれる。それが、どれだけ心強いか」

「それは……」


カイルが何か言いかけた時、下から声が聞こえてきた。


「エリアナ様! 大変です!」


二人は慌てて階下に降りた。村長のトーマスが血相を変えて立っている。


「隣村で火事が起きました!」

「何ですって?」


エリアナは驚いた。


「風が強く、このままでは村全体が燃えてしまいます」

「すぐに行きましょう」


エリアナとカイルは馬に飛び乗り、隣村へと急いだ。村人たちも、消火用の水を積んだ荷車を引いて後を追う。


隣村に着くと、すでに数軒の家が炎に包まれていた。村人たちは必死に水を汲んでいるが、火の勢いは強く、消し止められない。


「バケツリレーを組んで!」


エリアナが指示を出した。


「燃えている家は諦めて、延焼を防ぐことに集中するわ!」


カイルは兵士たちを指揮し、避難誘導を始めた。エリアナも村人たちと一緒にバケツで水を運ぶ。


「子供が中に!」


突然、女性の叫び声が聞こえた。燃えている家の中に、まだ子供が残っているという。


カイルは一瞬の躊躇もなく、炎の中に飛び込んだ。


「カイル様!」


エリアナが叫んだが、彼の姿は炎に消えた。長い、長い時間が過ぎたように感じられた。


やがて、カイルが子供を抱えて飛び出してきた。彼の服は焦げ、顔には煤がついている。だが、子供は無事だった。


「カイル様!」


エリアナが駆け寄ると、カイルは子供を母親に渡した。母親は泣きながら礼を言った。


「大丈夫ですか?」


エリアナはカイルの顔を覗き込んだ。


「ええ、心配いりません」


カイルは笑ったが、右腕に火傷を負っているのが見えた。


「怪我をしているじゃない!」


エリアナは薬草師のエルダを呼び、すぐに治療させた。


二時間後、ようやく火は消し止められた。幸い、死者は出なかったが、五軒の家が全焼した。


「どうしてこんなことに……」


隣村の村長が呆然としている。エリアナは焼け跡を調べ、ある事実に気づいた。


「これは……放火ですね」


エリアナは焦げた布切れを拾い上げた。それには、モンフォール家の紋章が刻まれていた。


「イザベラ……」


エリアナの顔が険しくなった。あの女性は、ここまでするつもりなのか。


「エリアナ様、どうなさいますか?」


カイルが尋ねた。右腕には包帯が巻かれている。


「まず、被災した人たちを助けます」


エリアナははっきりと言った。


「報復は、その後で考えましょう」


翌日、エリアナは被災者たちを自分の領地に受け入れた。仮設の住居を用意し、食事と衣服を提供した。


「ありがとうございます、エリアナ様」


隣村の村長が深々と頭を下げた。


「いえ、当然のことです。困った時はお互い様ですから」


エリアナの言葉に、被災者たちは涙を流した。


その夜、エリアナは父に手紙を書いた。イザベラの妨害工作について報告し、対策を相談した。


一週間後、父からの返事が届いた。


「エリアナ、証拠があるなら、王国に訴え出ることもできる。だが、モンフォール家は隣国の有力貴族だ。下手に刺激すれば、国際問題になりかねない」


エリアナは手紙を読んで考え込んだ。確かに、証拠は状況証拠に過ぎない。布切れ一つでは、モンフォール家の関与を証明できない。


「どうしますか?」


カイルが尋ねた。腕の火傷は順調に回復しているが、まだ完全には治っていない。


「今は、守りを固めます」


エリアナは決意した。


「市場の警備を強化し、火の用心を徹底する。そして、イザベラの次の手を読む」

「わかりました」


カイルは頷いた。


「私も、兵士たちの訓練を強化します」


市場は順調に発展していたが、エリアナの心には不安が残っていた。イザベラは必ず、また何か仕掛けてくる。


ある日の午後、市場に見慣れない商人が現れた。彼は高価な織物を持ち込み、エリアナの領地の織物と同じ場所に並べようとした。


「これは、あなたの領地の織物よりも安く、質も良いですよ」


商人は他の客に声をかける。だが、エリアナはその織物を一目見て、何かがおかしいと感じた。


「少し見せていただけますか?」


エリアナが尋ねると、商人は渋々布地を渡した。彼女は布を丁寧に調べた。


「これ、うちの織物を真似て作ったものね」


エリアナははっきりと言った。


「織りの技法は同じだけど、羊毛の質が劣っている」

「何を言っているんです。これは正規の商品ですよ」


商人は慌てて弁解した。だが、エリアナは冷静だった。


「この織物、モンフォール家が作らせたものでしょう?」


商人の顔が青ざめた。図星だったのだ。


「イザベラ様の指示で、あなたたちの織物の評判を落とすために……」


商人は観念して白状した。エリアナは深く息を吐いた。


「わかりました。あなたには罪を問いません。ただし、正直に証言してください」


エリアナは商人を王国の役人のもとへ連れて行った。商人の証言により、イザベラの妨害工作が明らかになった。


一週間後、イザベラに王国からの警告が出された。隣国の貴族であっても、王国内での違法行為は許されない。


「覚えていなさい」


イザベラは最後にそう言い残して、隣国へ帰っていった。


「終わりましたね」


カイルが安堵の息を吐いた。


「ええ。でも、これは一つの戦いが終わっただけ」


エリアナは市場を見渡した。


「これから先も、様々な困難があるでしょう。でも、私たちなら乗り越えられる」


カイルは微笑んだ。


「ええ、あなたと一緒なら」


その言葉に、エリアナは頬を赤らめた。


夕暮れ、二人は市場の屋上に立っていた。夕日が市場を赤く染め、美しい景色を作り出している。


「エリアナ様」


カイルが静かに言った。


「私は、あなたに――」


その時、下から賑やかな声が聞こえてきた。市場の成功を祝う宴が始まったのだ。


「続きは、また今度」


カイルが照れくさそうに言った。


「ええ、また今度」


エリアナも微笑んだ。だが、二人とも気づいていた。その「今度」が、もうすぐ来ることを。

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