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市場の建設が進む中、エリアナは新たな課題に直面していた。交易拠点を機能させるには、道路の整備が不可欠だった。
「カイル様、この街道は雨が降ると泥濘んで通れなくなるわ」
エリアナは地図を広げながら言った。
「はい。毎年、雨季には商人たちが立ち往生します」
カイルが頷く。
「ならば、石畳の道を作りましょう。隣のグレイ男爵領には石切り場があるはず」
エリアナはすぐに行動に移した。グレイ男爵に手紙を書き、石材の供給を依頼する。男爵は快諾し、さらに石工の職人も派遣してくれた。
道路工事が始まると、各領地から労働者が集まってきた。エリアナは彼らに公正な賃金を支払い、食事も提供した。
「領主様が、こんなに労働者を大切にするなんて」
他領地から来た男が驚いていた。
「当たり前よ。皆さんの労働があってこその発展なんだから」
エリアナは笑顔で答えた。
その姿を見て、労働者たちの士気は上がった。彼らは朝から晩まで懸命に働き、道路は驚くべき速さで完成していった。
ある日の午後、エリアナが工事現場を視察していると、見慣れない馬車が到着した。豪華な装飾が施された馬車から降りてきたのは、美しい金髪の女性だった。
「あなたが、噂のエリアナ様ね」
女性は高慢な笑みを浮かべた。その態度に、エリアナは警戒心を抱いた。
「私はイザベラ・ド・モンフォール。隣国の侯爵令嬢よ」
「ようこそ、イザベラ様」
エリアナは丁寧に礼をした。
「何か御用でしょうか?」
「この交易拠点について聞いたの。面白そうだから、投資させてもらおうかと思って」
イザベラの言葉には、何か裏があるように感じられた。
「投資ですか。具体的には?」
「そうね。資金を出す代わりに、利益の半分をいただくわ」
その条件に、エリアナは首を横に振った。
「申し訳ありませんが、お断りします」
「あら、なぜ?」
イザベラは眉を上げた。
「資金があれば、もっと早く発展できるのよ」
「確かにそうかもしれません。でも、この事業は村人たちと一緒に築いているものです。外部の方に半分も利益を渡すわけにはいきません」
エリアナの言葉に、イザベラの顔が険しくなった。
「随分と強気ね。でも、お金がなければ事業は進まないわよ」
「私たちには、お金以上に大切なものがあります。それは、信頼と絆です」
エリアナははっきりと言った。イザベラは鼻で笑った。
「理想論ね。でも、現実はそう甘くないわ。いずれわかるでしょう」
イザベラは馬車に乗り込み、去っていった。カイルが心配そうに近づいてくる。
「大丈夫ですか?」
「ええ。でも、あの人は油断できないわね」
エリアナは馬車が遠ざかるのを見つめた。
翌週、エリアナのもとに王都から緊急の手紙が届いた。父からだった。
「エリアナ、気をつけろ。モンフォール家は強欲で知られている。イザベラが動いたということは、何か企んでいる可能性が高い」
エリアナは手紙を握りしめた。やはり、イザベラには裏があったのだ。
「カイル様、警戒を強めてください。何か動きがあったら、すぐに報告を」
「承知しました」
カイルは真剣な表情で頷いた。
数日後、予想通りの事態が起きた。突然、建設資材の価格が高騰したのだ。
「どういうことですか?」
エリアナは商人に詰め寄った。
「申し訳ございません。モンフォール家が、この地域の資材を買い占めているのです」
商人は困惑した表情で答えた。
「私たちも商売ですから、高く買ってくれる方に売らざるを得ません」
エリアナは唇を噛んだ。イザベラの狙いは、資材を買い占めて事業を妨害し、最終的に安値で事業権を買い取ることだったのだ。
「どうしますか?」
カイルが尋ねた。エリアナは考え込んだ。資金は限られている。このまま高値で買い続ければ、破産する可能性もある。
「カイル様、村の男たちを集めてください」
エリアナは決意した表情で言った。
「私たちで資材を作るわ」
その夜、村人たちが集まった。エリアナは彼らに状況を説明した。
「モンフォール家が、私たちを潰そうとしています」
村人たちがざわめいた。
「でも、諦めません。私たちには、自分たちの手があります」
エリアナは力強く言った。
「森には木材がある。川には石がある。私たちで材料を集め、自分たちで建設を続けましょう」
村人たちは顔を見合わせた。だが、やがて一人が立ち上がった。
「やりましょう、エリアナ様!」
ジャック、元山賊のリーダーだった男だ。
「俺たち、森のことは詳しい。木材なら任せてください」
「私たちも手伝います!」
次々と声が上がる。エリアナの目に、涙が浮かんだ。
「ありがとう。みんな、ありがとう」
翌日から、村を挙げての大作戦が始まった。男たちは森に入って木を切り、川で石を拾った。女性たちは食事を作り、子供たちは運搬を手伝った。
エリアナも一緒に働いた。泥にまみれ、汗を流しながら、村人たちと肩を並べて作業をした。
「エリアナ様、無理をなさらないでください」
カイルが心配そうに声をかけたが、エリアナは首を横に振った。
「大丈夫よ。これは、私たちの戦いなんだから」
作業は過酷だった。だが、誰も弱音を吐かなかった。むしろ、困難を共に乗り越えることで、絆はより強くなっていった。
一週間後、イザベラが再び訪れた。建設が止まっていると思っていたのだろう。だが、彼女が見たのは、活気に満ちた建設現場だった。
「どういうこと?」
イザベラは信じられないという顔をした。
「資材を買い占めたはずなのに」
「私たちには、お金で買えないものがあります」
エリアナは微笑んだ。
「それは、仲間です。あなたには、決して手に入らないものよ」
イザベラの顔が歪んだ。
「覚えていなさい。この程度で諦めないわ」
そう言い残して、イザベラは去っていった。
「エリアナ様、本当に大丈夫でしょうか」
村長のトーマスが心配そうに言った。
「ええ。私たちには、負けない理由があるもの」
エリアナは建設現場を見渡した。汗を流して働く村人たち。その姿が、何よりも力強かった。
その夜、疲れ果てたエリアナは、館の書斎で眠りかけていた。扉が静かに開き、カイルが毛布を持って入ってきた。
「エリアナ様」
カイルは優しく毛布をかけた。エリアナは目を開け、彼を見上げた。
「カイル様……」
「無理をしすぎです。少しは休んでください」
「でも、やることが……」
エリアナが言いかけると、カイルは首を横に振った。
「あなたが倒れたら、誰が村を導くのですか」
その言葉に、エリアナは小さく笑った。
「そうね。ごめんなさい」
「いいえ」
カイルは優しく微笑んだ。
「あなたは、本当に立派な領主です。そして……」
カイルは一瞬躊躇したが、続けた。
「私にとって、かけがえのない人です」
エリアナの心臓が高鳴った。
「カイル様……」
「休んでください。明日も、長い一日になりますから」
カイルはそう言って、部屋を出て行こうとした。
「待って」
エリアナが呼び止めた。
「ありがとう。あなたがいてくれて、本当に心強いわ」
カイルは振り返り、温かい笑みを浮かべた。
「それは、私の方こそです」
扉が閉まり、エリアナは一人になった。胸の奥で、何かが温かく脈打っている。
窓の外では、月が静かに輝いていた。困難はまだ続く。だが、エリアナには仲間がいる。そして、カイルがいる。
それがあれば、どんな困難も乗り越えられる。そう信じて、エリアナは目を閉じた。




