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捨てられた日が、私の人生の始まりでした  作者: 小林翼


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10

一週間後、父アルベルトが辺境領を訪れた。立派な馬車には、王都からの客人も同乗している。村人たちは、初めて見る豪華な一行に目を丸くしていた。


「お父様!」


エリアナが駆け寄ると、父は娘を抱きしめた。


「エリアナ、よくやった。この目で見て、改めてお前の偉業を実感したぞ」


父は村を見回した。活気に満ちた工房、整備された道、そして希望に満ちた村人たち。全てが、娘の手で作り上げられたものだ。


「紹介しよう。こちらは王都の商業ギルドの代表、マーカス・トレント氏だ」


父と共にいた男性が、エリアナに礼をした。五十代の貫禄ある商人で、鋭い目つきをしている。


「エリアナ様、お噂はかねがね。あなたの手腕、実に見事です」

「ありがとうございます」


エリアナは丁寧に応じた。


「実は、重要な話があって参りました」


マーカスは真剣な顔で言った。


「あなたの領地と、隣接するグレイ男爵領、そしてさらに二つの辺境領を統合して、大規模な交易拠点を作りたいのです」

「交易拠点?」


エリアナは興味深そうに尋ねた。


「はい。この地域は王国と隣国の中間に位置しています。ここに市場と宿場を作れば、大きな利益を生むでしょう」


マーカスは地図を広げた。


「織物、陶器、薬草。それぞれの領地の特産品を集め、一大商業都市を築く。その中心に、あなたの領地を据えたいのです」


エリアナの脳内で、計画が形になっていく。確かに、この位置は交易に最適だ。そして、各領地が協力すれば、より大きな成功が見込める。


「素晴らしい提案です。でも、他の領主たちは賛成するでしょうか?」

「それが、すでに同意を得ています」


父が微笑んだ。


「グレイ男爵は即座に賛同した。他の二人の領主も、お前の成功を聞いて興味を示している」

「では、私が中心になって計画を進めることになるのですね」


エリアナは深呼吸をした。責任は重大だが、それだけやりがいもある。


「お父様、やらせてください」

「もちろんだ」


父は娘の肩に手を置いた。


「お前なら、必ずやり遂げられる」


その日の午後、エリアナは村人たちを集めて説明会を開いた。


「これから、私たちの村は大きく変わります」


エリアナは地図を示しながら説明した。


「他の領地と協力して、大きな交易拠点を作ります。そうすれば、より多くの仕事と収入が生まれるでしょう」


村人たちは期待と不安の入り混じった顔をしていた。


「でも、変わらないこともあります」


エリアナははっきりと言った。


「私たちは、一緒に働き、一緒に成長していく。それは、これからも変わりません」


村人たちの顔に、安堵の色が広がった。


「エリアナ様についていきます!」


若者たちが声を上げた。その声に、他の村人たちも続く。


「私たちを信じてくださった恩は、忘れません」


村長のトーマスが涙ぐみながら言った。


「これからも、よろしくお願いします」


その夜、エリアナは父と二人で話をした。


「お前は本当に成長したな」


父は感慨深げに言った。


「最初は心配したが、今では私よりも優秀な商人になったかもしれない」

「お父様には、まだまだ敵いません」


エリアナは笑った。


「でも、自分の道を見つけられたことは、確かです」

「リオネルのことは、もう完全に吹っ切れたようだな」


父の言葉に、エリアナは頷いた。


「はい。今では、あの婚約破棄に感謝しています。あれがなければ、今の私はなかった」

「そうか」


父は満足そうに微笑んだ。


「ところで、カイルという騎士だが」

「え?」


エリアナは驚いて顔を上げた。


「あの青年、お前のことを特別な目で見ているぞ」


父の言葉に、エリアナは頬を赤らめた。


「そんな……」

「気づいていないのか? お前も、あの青年を見る目が違う」


父は意味深に笑った。


「私は反対しないぞ。身分の差など、実力の前では些細なことだ。それに、あの青年は誠実で有能だ」

「お父様……」


エリアナは恥ずかしさで俯いた。


「ゆっくり考えなさい。だが、自分の心に正直になることだ」


父の助言に、エリアナは小さく頷いた。


翌日、交易拠点の計画会議が開かれた。グレイ男爵と他の二人の領主が集まり、具体的な内容を詰めていく。


「市場の場所は、この村の北側がよいでしょう」


エリアナは地図を指差した。


「ここは平地で、街道にも近い。建設しやすく、アクセスも良好です」

「なるほど」


領主たちが頷く。


「宿場も併設しましょう。商人たちが泊まれる施設があれば、より多くの人が集まります」

「資金はどうする?」


一人の領主が尋ねた。


「各領地が出資します」


エリアナははっきりと答えた。


「そして、利益も平等に分配します。ただし、維持管理は私の領地が中心となって行います」


領主たちは協議し、全員が同意した。


「では、この計画で進めましょう」


グレイ男爵が言った。


「エリアナ様、あなたに総責任者を任せます」

「お任せください」


エリアナは自信を持って答えた。


会議が終わり、領主たちが帰っていった後、カイルがエリアナのもとに来た。


「大変な責任を負われましたね」

「ええ。でも、やり遂げてみせるわ」


エリアナは決意に満ちた顔で言った。


「カイル様、あなたの力を貸してください」

「もちろんです」


カイルは即座に答えた。


「私は、あなたのためなら何でもします」


その言葉に、エリアナの心臓が高鳴った。


「カイル様……」

「エリアナ様」


カイルは一歩近づいた。


「私は、あなたに――」


その時、遠くから村人の声が聞こえてきた。二人は慌てて距離を取った。


「続きは、また今度」


カイルが照れくさそうに言った。


「ええ、また今度」


エリアナも頬を染めながら頷いた。


その夜、エリアナは一人、星空を見上げていた。三ヶ月前、婚約を破棄されて絶望していた自分。あの時は、世界が終わったように感じた。


だが、今は違う。新しい世界が、目の前に広がっている。守るべき領地、信じてくれる人々、そして――カイル。


「お嬢様」


マリアが毛布を持ってきた。


「夜は冷えますから」

「ありがとう、マリア」


エリアナは毛布を羽織った。


「マリア、私、幸せよ」

「はい、それは見ていればわかります」


マリアは優しく微笑んだ。


「お嬢様は、本当に輝いていらっしゃいます」


翌日から、市場の建設が始まった。各領地から職人が集まり、協力して巨大な建物を作り上げていく。


エリアナは毎日現場に出て、進捗を確認した。図面を見ながら指示を出し、時には自ら木材を運ぶこともあった。


「領主様が、自ら働くなんて」


他の領地から来た職人たちが驚いていた。


「これが、エリアナ様のやり方だ」


この領地の村人たちが誇らしげに言った。


「俺たちと一緒に働き、一緒に汗を流す。だから、俺たちもついていきたくなるんだ」


一ヶ月後、市場の骨組みが完成した。まだ未完成だが、その規模の大きさに皆が驚いた。


「素晴らしい」


父アルベルトが再び訪れ、建設現場を見学した。


「これなら、王国有数の交易拠点になるだろう」

「まだ始まったばかりです」


エリアナは謙虚に答えた。


「でも、必ず成功させてみせます」

「ああ、お前ならできる」


父は娘の頭を撫でた。


「私の誇りだ、エリアナ」


その言葉に、エリアナは涙が出そうになった。父に認められる。それは、何よりも嬉しいことだった。


夕暮れ、エリアナとカイルは建設中の市場を見上げていた。


「ここから、新しい時代が始まるのですね」


カイルが言った。


「ええ。そして、私たちが作る時代よ」


エリアナは微笑んだ。


未来は、まだ見えない。だが、確実に前に進んでいる。それが、何よりも大切なことだった。


星が瞬き始める空の下、二人は並んで立っていた。まだ言葉にできない想いを胸に秘めながら。

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