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一週間後、父アルベルトが辺境領を訪れた。立派な馬車には、王都からの客人も同乗している。村人たちは、初めて見る豪華な一行に目を丸くしていた。
「お父様!」
エリアナが駆け寄ると、父は娘を抱きしめた。
「エリアナ、よくやった。この目で見て、改めてお前の偉業を実感したぞ」
父は村を見回した。活気に満ちた工房、整備された道、そして希望に満ちた村人たち。全てが、娘の手で作り上げられたものだ。
「紹介しよう。こちらは王都の商業ギルドの代表、マーカス・トレント氏だ」
父と共にいた男性が、エリアナに礼をした。五十代の貫禄ある商人で、鋭い目つきをしている。
「エリアナ様、お噂はかねがね。あなたの手腕、実に見事です」
「ありがとうございます」
エリアナは丁寧に応じた。
「実は、重要な話があって参りました」
マーカスは真剣な顔で言った。
「あなたの領地と、隣接するグレイ男爵領、そしてさらに二つの辺境領を統合して、大規模な交易拠点を作りたいのです」
「交易拠点?」
エリアナは興味深そうに尋ねた。
「はい。この地域は王国と隣国の中間に位置しています。ここに市場と宿場を作れば、大きな利益を生むでしょう」
マーカスは地図を広げた。
「織物、陶器、薬草。それぞれの領地の特産品を集め、一大商業都市を築く。その中心に、あなたの領地を据えたいのです」
エリアナの脳内で、計画が形になっていく。確かに、この位置は交易に最適だ。そして、各領地が協力すれば、より大きな成功が見込める。
「素晴らしい提案です。でも、他の領主たちは賛成するでしょうか?」
「それが、すでに同意を得ています」
父が微笑んだ。
「グレイ男爵は即座に賛同した。他の二人の領主も、お前の成功を聞いて興味を示している」
「では、私が中心になって計画を進めることになるのですね」
エリアナは深呼吸をした。責任は重大だが、それだけやりがいもある。
「お父様、やらせてください」
「もちろんだ」
父は娘の肩に手を置いた。
「お前なら、必ずやり遂げられる」
その日の午後、エリアナは村人たちを集めて説明会を開いた。
「これから、私たちの村は大きく変わります」
エリアナは地図を示しながら説明した。
「他の領地と協力して、大きな交易拠点を作ります。そうすれば、より多くの仕事と収入が生まれるでしょう」
村人たちは期待と不安の入り混じった顔をしていた。
「でも、変わらないこともあります」
エリアナははっきりと言った。
「私たちは、一緒に働き、一緒に成長していく。それは、これからも変わりません」
村人たちの顔に、安堵の色が広がった。
「エリアナ様についていきます!」
若者たちが声を上げた。その声に、他の村人たちも続く。
「私たちを信じてくださった恩は、忘れません」
村長のトーマスが涙ぐみながら言った。
「これからも、よろしくお願いします」
その夜、エリアナは父と二人で話をした。
「お前は本当に成長したな」
父は感慨深げに言った。
「最初は心配したが、今では私よりも優秀な商人になったかもしれない」
「お父様には、まだまだ敵いません」
エリアナは笑った。
「でも、自分の道を見つけられたことは、確かです」
「リオネルのことは、もう完全に吹っ切れたようだな」
父の言葉に、エリアナは頷いた。
「はい。今では、あの婚約破棄に感謝しています。あれがなければ、今の私はなかった」
「そうか」
父は満足そうに微笑んだ。
「ところで、カイルという騎士だが」
「え?」
エリアナは驚いて顔を上げた。
「あの青年、お前のことを特別な目で見ているぞ」
父の言葉に、エリアナは頬を赤らめた。
「そんな……」
「気づいていないのか? お前も、あの青年を見る目が違う」
父は意味深に笑った。
「私は反対しないぞ。身分の差など、実力の前では些細なことだ。それに、あの青年は誠実で有能だ」
「お父様……」
エリアナは恥ずかしさで俯いた。
「ゆっくり考えなさい。だが、自分の心に正直になることだ」
父の助言に、エリアナは小さく頷いた。
翌日、交易拠点の計画会議が開かれた。グレイ男爵と他の二人の領主が集まり、具体的な内容を詰めていく。
「市場の場所は、この村の北側がよいでしょう」
エリアナは地図を指差した。
「ここは平地で、街道にも近い。建設しやすく、アクセスも良好です」
「なるほど」
領主たちが頷く。
「宿場も併設しましょう。商人たちが泊まれる施設があれば、より多くの人が集まります」
「資金はどうする?」
一人の領主が尋ねた。
「各領地が出資します」
エリアナははっきりと答えた。
「そして、利益も平等に分配します。ただし、維持管理は私の領地が中心となって行います」
領主たちは協議し、全員が同意した。
「では、この計画で進めましょう」
グレイ男爵が言った。
「エリアナ様、あなたに総責任者を任せます」
「お任せください」
エリアナは自信を持って答えた。
会議が終わり、領主たちが帰っていった後、カイルがエリアナのもとに来た。
「大変な責任を負われましたね」
「ええ。でも、やり遂げてみせるわ」
エリアナは決意に満ちた顔で言った。
「カイル様、あなたの力を貸してください」
「もちろんです」
カイルは即座に答えた。
「私は、あなたのためなら何でもします」
その言葉に、エリアナの心臓が高鳴った。
「カイル様……」
「エリアナ様」
カイルは一歩近づいた。
「私は、あなたに――」
その時、遠くから村人の声が聞こえてきた。二人は慌てて距離を取った。
「続きは、また今度」
カイルが照れくさそうに言った。
「ええ、また今度」
エリアナも頬を染めながら頷いた。
その夜、エリアナは一人、星空を見上げていた。三ヶ月前、婚約を破棄されて絶望していた自分。あの時は、世界が終わったように感じた。
だが、今は違う。新しい世界が、目の前に広がっている。守るべき領地、信じてくれる人々、そして――カイル。
「お嬢様」
マリアが毛布を持ってきた。
「夜は冷えますから」
「ありがとう、マリア」
エリアナは毛布を羽織った。
「マリア、私、幸せよ」
「はい、それは見ていればわかります」
マリアは優しく微笑んだ。
「お嬢様は、本当に輝いていらっしゃいます」
翌日から、市場の建設が始まった。各領地から職人が集まり、協力して巨大な建物を作り上げていく。
エリアナは毎日現場に出て、進捗を確認した。図面を見ながら指示を出し、時には自ら木材を運ぶこともあった。
「領主様が、自ら働くなんて」
他の領地から来た職人たちが驚いていた。
「これが、エリアナ様のやり方だ」
この領地の村人たちが誇らしげに言った。
「俺たちと一緒に働き、一緒に汗を流す。だから、俺たちもついていきたくなるんだ」
一ヶ月後、市場の骨組みが完成した。まだ未完成だが、その規模の大きさに皆が驚いた。
「素晴らしい」
父アルベルトが再び訪れ、建設現場を見学した。
「これなら、王国有数の交易拠点になるだろう」
「まだ始まったばかりです」
エリアナは謙虚に答えた。
「でも、必ず成功させてみせます」
「ああ、お前ならできる」
父は娘の頭を撫でた。
「私の誇りだ、エリアナ」
その言葉に、エリアナは涙が出そうになった。父に認められる。それは、何よりも嬉しいことだった。
夕暮れ、エリアナとカイルは建設中の市場を見上げていた。
「ここから、新しい時代が始まるのですね」
カイルが言った。
「ええ。そして、私たちが作る時代よ」
エリアナは微笑んだ。
未来は、まだ見えない。だが、確実に前に進んでいる。それが、何よりも大切なことだった。
星が瞬き始める空の下、二人は並んで立っていた。まだ言葉にできない想いを胸に秘めながら。




