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お嬢様は脳筋でして!  作者: 阪井秋


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6/8

消えた黒塗りの車

朝の送り出しから妙な空気は続いていた。

いつもなら稽古を済ませてから食卓に現れる瑠璃音が、この日は無言で椅子に座り、箸を進める。完食するのが常の彼女が、白いご飯を半分以上残したのを見て、若い衆たちは視線を交わした。


修吾もまた、何も言わず食事を終えた。重苦しい空気を切ることなく二人は家を出、車に乗り込む。登校途中の車内も静まり返っていた。


◇◇◇


「お嬢様をよろしく頼む」


校門で車を降りた瑠璃音の背を見送り、修吾は短くそう言ってスマホを耳に当てる。若い衆に放課後の迎えを依頼すると、ふと胸の奥にざらりとした違和感が残った。


――妙だな。


運転席に腰を下ろすと同時に、別の連絡を入れる。あの銀座の夜に撮った遠藤の写真。十年前の新聞記事。調べなければならないことが、次々と繋がっていく気がしていた。


◇◇◇


放課後。

校門前に黒塗りの車が滑り込む。運転席には修吾ではなく、若い衆が座っていた。


「お嬢様、本日は自分が送迎を務めます」


軽く会釈して乗り込んだ瑠璃音を乗せ、車は静かに発進する。だがそのわずか数分後、交差点で不意に後方から激しい衝撃を受けた。


「っ――!」


ブレーキの音と共に車体が揺さぶられ、悲鳴が夜の街に響いた。


◇◇◇


「事故だと!?」


周防家に連絡が入ったのは、その直後だった。

修吾は居間に駆け込み、すでに着物姿で座していた茜に報告を告げる。


「お嬢様を乗せた車が追突されました! まだ詳細は――」


言葉を切る間もなく、玄関口から若い衆が飛び込んでくる。


「修吾さん! ポストに不審な投函物が……!」


「今はそれどころじゃ――」


苛立ちを抑えきれずに声を荒げた修吾だったが、若い衆の必死の表情に押され封筒を受け取った。中にあったのは、一台のスマホ。


画面を起動すると、ロックは解除された状態で開く。無造作に残された動画ファイルを再生した瞬間、空気が凍り付いた。


映っていたのは倉庫のような場所。

椅子に縛り付けられた瑠璃音の姿だった。


覆面をした男の声が響く。


「周防茜。娘を返して欲しければ、お前がひとりで来い。二度も子を失いたくなければな」


茜の顔から血の気が引いた。


◇◇◇


そこへ、足音高く現れたのは源一郎だった。着物姿の老人は、冷ややかな眼差しで画面を一瞥し、静かに吐き捨てる。


「現当主の茜が囚われに行くのは愚かだ。……それこそ、何かあったらどうする」


「……お父様」


「瑠璃音の代わりなど、また探せばよい」


病室で見せていた優しい祖父の顔は、そこにはなかった。組の存続を第一にする冷徹な前当主の顔がそこにあった。


「身寄りのないお前を拾ったのは誰か、忘れるなよ修吾。主人が誰か、きちんと理解しろ」


源一郎の言葉に修吾は奥歯を噛みしめる。だが茜は毅然とした声で言った。


「相手が遠藤であっても……私は行きます。これは私ひとりの感情ではなく、組と組の関係にも関わること」


その声音に強い意志が宿っていた。


◇◇◇


一方その頃――。


倉庫の中。

縛られたままの瑠璃音の前に、扉を押し開けて入ってきたのは遠藤だった。

銀座で対面したあの男。背後には、無言のまま控える白戸の姿もある。


「やっぱりな……」


瑠璃音を見下ろし、遠藤は低く笑った。


「周防家の子供は、十年前に死んだはずや」


沈黙。


遠藤はさらに一歩近づき、口角を吊り上げる。


「――お前は誰や?」


倉庫の空気が一層冷たく張り詰める。

瑠璃音は、挑むような微笑を浮かべたまま、ただ黙して答えなかった。



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