迷いと覚悟
気づけば、俺は一人で立っていた。
まるで世界の音がすべて消えたかのように、何も聞こえない。沈黙の空間は淡い青の霧に包まれ、どこまでも静かだった。
目の前に誰もいないことよりも、この絶対的な無音の方が、俺には途方もなく不安だった。
「……ここは……」
自分の声が、吸い込まれるように消える。反響も残響もなく、空間が“拒んでいる”ような感覚さえあった。
何歩か踏み出したとき、目の前に木製の扉が現れた。
古びていて、ところどころ塗装が剥がれかけた観音開きの扉。その上に、淡く光る文字が浮かぶ。
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《第三の試練:内面への問い》
対象:中谷 彰
条件:自己との対話を通じて、“核”を見つけ出すこと。
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「……また、個別試練か」
小さく息を吐いて、扉に手をかける。
ぎぃ……と鈍い音を立てて開いたその先に――
懐かしすぎる教室の光景が広がっていた。
中学校の頃の教室だ。
いや、懐かしいというよりも、胃の奥が重くなるような居心地の悪さが襲ってくる。
灰色の空気。窓から差す光は鈍く、教室の空気は薄い膜に包まれているように閉塞していた。
座っているのは……過去の俺だ。
痩せていて、顔色は悪く、口を固く結んだまま。誰とも話さず、教室の喧騒にも背を向け、ただぼんやりと窓の外を見つめていた。
――見るだけで吐き気がする。
何もかもから目を逸らしていた頃の俺。
誰にも期待せず、何にも関わろうとしなかった。無気力と諦めだけを鎧のようにまとっていた、最低な自分。
その俺が、口を開いた。
「よう。来たのか、“今の俺”」
視線は向けてこない。ただ、机に突っ伏したまま、感情のない声を発する。
「結局、俺たちは“誰かの後ろ”にいるのが一番楽なんだろ?」
その声は冷たく、でもどこか哀しげだった。
「誰かが引っ張ってくれるなら、それでいい。誰かが怒られてくれるなら、それがいい。何かを始めるより、流されてる方が楽だし、壊れない」
心臓がきゅっと痛んだ。
「だから“部活”も逃げだったんだろ? 美紅が言い出して、颯が乗っかって……お前はただ、合わせただけ」
……胸が締め付けられる。
呼吸が浅くなる。
その声は、俺自身の最も弱い部分を嘲笑うようだった。耳を塞ぎたくなる。けど、それは確かに“俺”だった。
「……違う」
かすれた声が、自分の口から漏れた。
「そうだったかもしれない。逃げだったかもしれない。けど……」
拳を握りしめる。
「それでも、今の俺は……逃げたくないって思ってるんだ」
過去の俺が、ゆっくりとこちらを見た。
その瞳は、どこか悲しみを湛えていた。
「強くなれるのか?」
「わからない。でも――なりたいと思ってる」
そう言いながら、俺はゆっくりと顔を上げる。
視線をまっすぐに返す。
拳に力がこもる。
「十分じゃなくても、始めるしかないだろ。誰かの後ろじゃなくて、自分の意思で前に立つために」
その瞬間、過去の俺がふっと笑った。
「……なら、行けよ」
その言葉と同時に、教室の窓から風が吹き抜けた。風が壁を削り、机を崩し、空間ごと過去の幻影をさらっていく。
「……ありがとな」
俺がそう呟いたときには、もうそこには誰もいなかった。
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気づけば、ダンジョンの空間に戻っていた。
目の前には、美紅と颯。
お互いに言葉を交わさなくても、少し目が合うだけで、何かが通じたような気がした。
「おぉぉぉ! 全員、試練突破確認!!」
リトが霧の中から飛び出してきて、大きく尻尾を揺らす。
「チームの“心の核”が形成されましたーっ! というわけで、報酬解放!!」
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《内面干渉 試練クリア》
報酬:チームスキル“共感リンク”解放
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「共感……リンク?」
「はい! これはチーム内で“感情や意図”を部分的に共有できるスキルです! 戦闘中の連携、回復サポート、位置情報共有などなど、信頼を深めたチームにしか開かれない能力なんです!」
「へえ、ちょっとすごそうだな」
颯が腕を軽く回して笑った。
「ふふっ、でも精神的にはけっこうキツかったよね。もう一回やれって言われたら全力で断る」
美紅が冗談めかして言うと、自然と笑いが生まれる。
確かに、辛かった。
だけど――
少しだけ、自分が“前に進めた”ような気がする。
「……俺たち、もう“ただの高校生”じゃないな」
そう呟いた言葉に、誰も否定しなかった。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。
今回は主人公・**彰**が、自分自身と向き合う回でした。
どこか一歩引いていた彼が、「逃げた自分」と真っ正面から向き合い、初めて“自分の意志”を口にする姿は、この物語にとって大きな転機です。
彼は特別な能力も力も持たない“普通の高校生”だからこそ、共感できる感情や葛藤が多いキャラだと感じています。
そして、3人の“信頼”が生んだ新たなスキル「共感リンク」――
ここから先、彼らの物語はより加速していきます。
次回は「三人の力で、初めての実戦」。
成長した3人の連携を、ぜひ楽しみにしていてください!