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変装探偵 佐伯あきら(依頼:幼稚園内でのいじめ調査)

作者: 岩爺

 私こと妹尾美津子は佐伯探偵事務所に勤めて3か月になる。

仕事内容は電話番に資料作成、接客にお茶汲みと色々ある。というか、OL時代とさほど変わらない。

 前職で不倫騒動に巻き込まれ、知らない間に共犯ポジ、周囲の目が痛くなってきたので退職した。有休が取りやすい職場だったけど、私でなければ出来ない仕事は無く、退職願いを出しても引き留められる事は無かった。31歳だと男性社員も悲しがってくれなかったし。

 普通にハローワークで求職し、実家住まいで焦ってもなかったので、面白そうだという理由で探偵事務所に面接を希望した。個人事務所で所長一人だったからか、即日採用された。


 所長の佐伯あきらは50歳を超えたぐらいの男性で、白髪交じりの頭髪は染めていない。想像していたような格好良い探偵ではなく、中肉中背で老眼鏡が手放せない普通のおじさんだ。通勤電車で見かけるような、居酒屋の前を悩みながら通り過ぎるような、どこにでもいるおじさんなのだ。


 外見とは違い探偵の仕事は有能なようで、私は毎日事務処理に追われている。

大半はペット探しや単発の素行調査で、所長から受け取る手書きのメモを見ながら報告書を作成し、依頼者に調査完了の連絡を入れ、報告書を郵送する。ペットの場合はケージに入った動物にエサやりしたり、お客様宅に送り届けたりもする。餌やペットシートは依頼主から数日分を貰い受けるので用意する必要はない。

 所長は昼夜を問わずに外出が多く、事務所でも滅多に見かけない。見かけるとすれば引っ掻き傷を負いながらケージを大事そうに抱えて戻ってくる時ぐらいだ。


 そんなある日、珍しくアポ有りの依頼が舞い込んできた。

依頼主は隣町のイチゴ農家の主婦で、娘が通う幼稚園でいじめが起きていないか、という調査だった。

何でも娘が幼稚園に行きたがらず、最近では家でも笑顔にならないらしい。


「そうですか、それは心配ですね」


事務所の奥の長ソファに腰を下ろした所長が、依頼主に優しい声を掛ける。

入り口側の一人用ソファでは依頼人の主婦が縮こまり、顔を上げられないでいた。


「奥さん、そんな硬くならずに…幸いな事にその幼稚園とは少々縁がありまして、明日にも調査に入れると思います…ご安心ください」

「あ、ありがとうございます…これ、つまらないものですが…」


 主婦は手元の鞄からビニール袋を取り出すと、目の前のテーブルに置いた。

白いビニール袋からは赤いイチゴが覗き、室内に甘い香りを撒き散らした。




主婦が帰ると所長は数カ所に電話し、そして私を振り返った。


「妹尾君、明日から少し手伝ってほしい…もちろん手当は付くから、私を幼稚園まで送迎してくれないか?」




 翌朝、私は指定された時間に事務所を訪れると、一人の幼女が私を待っていた。

黄色い帽子にピンク色のスモッグ、黄色の鞄が袈裟懸けに掛けられている。ウサギの髪留めで纏められたツインテールが襟足で揺れ、紅い頬とクリクリおめめが可愛らしい。

幼女の横には幼稚園の道具がパンパンに詰められた紙袋があり、登園準備はバッチリな感じだった。


「……うん、じかんどうりでしゅ!よろしくおねがいしましゅ!」


 幼女は私に頭を下げると、天使の様な微笑みを投げかけてきた。

誰だろうこの子?所長が用意した調査員かな?


「えっと…お嬢さんは…誰かな?」

「……うん、女性の妹尾君でも気付かないなら問題は無いようだね」

「え?」


幼女が帽子を外すと、そこには所長が立っていた。

染めない白髪の中肉中背おじさんが、スモッグ・ツインテールの姿で立っていたのだ。


「え?え?」

「幼稚園でのいじめとなると、教諭への聞き込みだけでは問題を発見できない事もある…こうして直接潜入して状況を確認し、時には録音するのも有効な方法なんだ」

「え?いやそういう事じゃなくて」

「潜入の事かな?あそこの園長からは何度か調査依頼があってね…顔見知りなんだよ」

「いや、どうやってオッサンが幼女になるんですか!?」

「…あ、あぁ…ちょっとした目の錯覚だよ」


 所長は帽子を被り直すと、少しだけ肩と膝を(すく)める。

途端、コマ落ちでもしたかのように所長が幼女へと変身した。

私が声も出せずに驚いていると、幼女はオッサンの声のまま解説しだした。


「なに、ヨガと遠近法と光の屈折を利用すれば誰でもできるトリックだよ…あと、学生時代に演劇もしてたから、役作りは得意なんだ」


 そう言って所長がくるりと一回りすると、そこには完璧な幼女が微笑んでいた。


「では、まちあわちぇにおくれましゅ!おでかけしましゅよ!」

「は、はい!」


 私は何も納得できないまま、想像以上に重い紙袋を下げると幼女の後を付いていった。




「と言う訳で、いじめ…不仲の原因は…奥さんが差し入れたイチゴが原因でした」

「………え?」

「園長さんが気を使って、娘さんにだけ2個多く与えたのが他の園児の不評を買ったようです」


 私は所長の手書きメモから作成した報告書を、主婦の前に差し出した。

原因はイチゴ農家の主婦が幼稚園に差し入れしたB等級のイチゴだった。3時のおやつに出されたイチゴの数が合わず、贔屓された主婦の娘が仲間外れにされたのだ。イチゴが美味しすぎたのも要因だった。


「この問題は園内で共有されましたし、不仲だった子供とも仲直りしています…これ以上の問題にはならないと思いますよ」


 報告書作成の際に所長が録音した音声を確認したのだが、その解決方法はかなり強引だった。

仲間外れの現場を見た所長が、いじめっ子を指差して駄々泣きしだのだ。それはもう本物の幼女の様に苛烈に、声を枯らして泣いたのだ。聞いているコッチの心が痛くなる程にだ。

それを何度も繰り返しているといじめっ子が反省し、園長がオルガンを演奏しながら皆でお歌を合唱し、皆で鬼ごっこをして仲直りした。もちろんいじめっ子も、娘も、所長も含めてだ。

 その後も3日間調査は続けられ、完全に問題が解決した事が確認された。

…されたのだが、いじめっ子が所長に告白したのは問題だと思います。所長が家庭の事情で退園する時、いじめっ子が駄々泣きしてました。


「さて、久しぶりの変装でしたが…上手くいってよかった…」


 所長は夕暮れに染まる外を見ながら、肩をグルグルと回した。幼女になるのは骨格的に大変そうだ。

事務所の衣装掛けにはピンク色のスモッグが、クリーニングの袋のまま掛けられている。どうみても大人用だ。幼女に見えたのは本当に目の錯覚らしい。


「それじゃ妹尾君、定時になったら帰っていいからね」


 所長はそう言うとスモッグを手に持ち、事務所を出て隣の部屋に入っていった。

隣の部屋も探偵事務所が契約しており、調査道具などが収められているらしい。スモッグも調査道具に分類されるようだ。


 私が事務所の戸締りを終えると、廊下で声を掛けられた。


「それじゃセノッチ、お疲れさま!」


 見るとストレートの茶髪を綺麗に流した、ブレザー姿の女子高生が立っていた。

運動部なのか薄く日焼けした肌に、通った鼻とつぶらな瞳が可愛らしい。

鞄にはお○んちゅうさぎのキーホルダーが下げられていた。


「………もしかして、所長ですか?」

「そうだよ?」

「…そっちが本当の姿って事は…無いですよね?」

「へへェ、ヒ・ミ・ツ!」


 そう言うと所長は小さく舌を出し、くるりと一回りした。スカートが綺麗に広がる。


「そうそう…今晩は家出少女の捜索で、たぶん所在が割れると思います…明日、報告書を頼みます」


 それは普通のおじさんの声だった。

私はあの変装の、若作りの秘訣を身に付けるまで、この職場で働く事を心に誓った。

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