第3話:【陰謀ちゃうわ!もう、誰が見てもわかる露骨な策やろがいな!? なんでやねん!転生したっちゅうのに、なんもできへんのかワイ〜!?】
果たして、かずさは彼女に何を語るのか──
ぜひ、続きをご覧くださいませ。
「……」
息子らが部屋から連れて出されたあとは、そこに残ったんは――
あのメスザルと、俺の娘だけや。
娘が質問した時やな……あのメスサル、なんも返さんと、ただ考え込むような顔して、窓の外じっと見つめとっただけや。
ほんでや、そのまま音も立てんと、ワイの横にぬるっと寄ってきたんや――!
ふっと香る香水の匂いが鼻をかすめた瞬間、ワイはなんや、変に焦ってしもうた。
……なんでやねん、ワシ、あの女の腹の中がまったく読まれへん!
ほんの刹那のことやけど――
その整った顔立ちに、ぞっとするような不穏さが滲んどってな。
あの冷え切った目ぇ……心臓止まりそうやったわ……
(姬様……何してはるんや……?
あかん……急がな……あのふたりが先に何か取り決めでもしよったら……
うちは、何も残らへんかもしれへんやんか!)
娘ぇぇぇぇっっっ!?
あれはなぁ、あのメスサルが仕掛けてきとる心理戦なんやぞぉ!!
なんであんなあっさり引っかかってもうたんやぁぁぁ!!!
「……よう尽くしてくださって……
お父上は、会社のために本当に多くを犠牲にしてこられましたのね……
まさか、最後がこんな形になってしまうなんて……
どうかご回復なさいますよう、心よりお祈り申し上げますわ……」
「せやけど……この状況でのお父はんの様子を考えるとやな……
今の会社の経営、意思決定の仕組みについては……
やっぱり、誰かが真ん中に立って采配せなあかん思うんよ……
関東分社のことも、複雑すぎて……うち、心配でしゃあないわ……
……なんせ、これはグループ全体の利益に関わってくる話やさかい……」
……あぁぁ娘よぉぉ!!!おまっ、それは……
それはもう完全に、「わたし、後を継ぎます」って言うてもうてるやんけぇ!!
そんなんあかんて! 腹の中、ぜーんぶ見透かされとるやんか!!!
わしの……わしの老後の贅沢人生がかかっとんねんぞぉ!!!
俺が見たんや——あのメスサル、すぅっと笑うたんや……!
あれは……あれはもう、何かを企んどる笑いや……
ほんで、ゆっくりとうちの娘の方に向き直りよった……!
「おおきに……
グループの利益をそこまで第一に考えてくれはるやなんて……
大坂殿下も、きっと喜んではるやろな……
……やっぱり、信頼できるお方やわ……」
(……ええ感じや! この調子で……
姫樣の支持、取り付けるんや!
あのアホふたりにだけは先越されてたまるかいな!!)
「お父はんな……分社の経営方針について、
本社とはちょっとズレとったところがございますのや。
一部は……やっぱり、見直さなあかんところもあるかと、うちはそう思うてます。
……東北分社の件にしても、お父はんのご判断には……
ええ、正直に申しますと、ちょっと問題があったんとちゃいますやろか。
せやけど……うちの兄さんらは、そこになんも手ぇつけようとせえへんのです。
うちは……分社のこれからの方針が、どないなってまうのか……ほんま、心配でならへんのどす……。」
(あのアホふたり、どうせ何でもかんでもうちに責任押しつける気やろ。
五大老は豊臣秀光にも、うちにもつかへん……残ってるんは……かずさ様だけや……
せやけど、あのクソオヤジ、そういや言うとったな……
「豊臣秀光は妹には弱い」って……
……これやっ!! ここが突破口やっ!!)
娘ぇぇえ!!
落ち着けぇぇ!!
これは算計や!
罠なんやぞぉぉ!!
俺が見とったら、メスサルはまた黙ったまま、こっち歩いてきよったんや……!
その手が、わしの手にふれてきたんやけど……
……この角度からやと、顔がよう見えるんやな……
……うわ、美人や……
もしこの女が豊臣家のメスサルやなかったら……
間違いなく、ワイ惚れてたわ……
でもな? その顔でその目つきは反則やろ!?
なんやその「次、殺すのはお前や」みたいな目ぇぇぇ!!!
このメスサル、ほんま何考えとんねん……??
「そう仰っていただけると、関白殿下もお喜びやと思いますわ……
ですが、ひとつ……まだ確定してへんことがございまして……」
はぁ!? 今、こっち見たやろ!?
おい、ちょっとは礼儀ってもん考えぇや……
その目つきなぁ、もう俺の葬式の準備できとる人の顔やんけ!?
……俺が見とったら、娘は困惑した様子でメスサルを見つめとった。
どうやら完全に話の流れ、読めてへんみたいやな……
「……ご、ご質問て……なんのことやろか……?」
「ええ……あなた様のほうが、むしろようご存知のはずや思いますけど……
もしほんまに、何かなさりたいなら……わたし、応援します。
……秀昭はんも、ようけ言うてはりましたよ?
『あの子に任せといたら、安心や』って。
せやけど……兄上はな、よく言うてはるんです……
“秀昭の継承に対する考え方は、公正やない”って。
……それが……わたし、悲しいんです……」
「……!? まさか……」
(あのクソオヤジ、ほんまにわし外したんか!?
まさか……遺言書に、わしのこと書いてへんのとちゃうやろな!?)
娘ぇぇぇぇっ!!!
なんで一瞬で挑発に乗るんや!!!
お前、そんなんでええんか!?
なぁ!? ワイってそんな信用ないか!?
なんで、なんで自分の娘がわしをATM扱いしとんねん!!!
「兄上は……よう言うてはりましたわ。
“秀昭はんは信用できひん”、
“秀宗は乱暴すぎるし、秀德は慎重さが足らん”て……」
(……ん?
あの秀光が、まさか……うちのこと、ちょっとでも考えてくれてる?
おお、思たより悪ないやんけ!!
そやそや、いまこそ姬樣に恩売るチャンスや!!)
俺が見とったら、あのメスサル、またそっと窓の外を見とったわ……
どないな顔で見とんねん、あれ……哀愁たっぷりやんか……
ワイの娘は……ほんま、最初から最後まで完全に引きずられてるやんけ!!
なんでなん!? なんでその笑顔信じるんや!?
「ぅ、うぅ……あっ……あうぅっ……ぅ、ぅう……」
……なんとか声、出そう思てんけど……
体がな、まっっったく言うこと聞いてくれへんのや……
かすれた空気音だけが虚しく部屋に響いとる。
……情けない話やで、ほんま……
わしは、ただ見てることしかできん。
目の前で、あのメスサルが――うちの娘を、一歩一歩、
まるで深ぁ〜い闇に引きずり込んでるみたいやのに……
なんでや、なんでうちは止められへんねん……
娘がわしに気づいて、振り返った。
……どこか、嫌そうな顔して……
ちょっと眉しかめて、なんとも言えん表情しながら近づいてきた。
「……父上ぇ……ど、どないしたん……?
うち、めっちゃ心配やわ……
あんま無理せんといて……お願いやから……」
(なんやねんこのクソオヤジ……
よりによって、こんなときにヘンな音出しよってからに……
けどまぁ、声出ぇへんだけマシやわ。
ここでなんか言われて、姬樣に変な誤解されたら、うち終わりやんか。
……てか、遺言書にうちの名前入ってへんかったら——
絶対許さへんからな、ボケッ!!!)
……なんやこの娘……
ちょ、待てや!わし、もう死んでるかもしれへんのに、
まさか……墓ん中から掘り起こして責任取らせる気ちゃうやろな……?
どんだけ恨みこもっとんねん……
「……秀昭はん、何かおっしゃりたいことでも……?」
……俺は見てしもうた。
メスサルがな、目ぇ細めて、じーっと娘のこと見とったわ……
「……いえどす、ご心配には及びまへんえ……
父は、ちょっと息ぃ乱れはっただけどすさかい……」
はぁあああ!?!?
ちゃうやろ!? 違うって!!
なんで勝手に、うちの気持ち代弁しとるんや!?
……メスサルはその返事聞いて、うっすら笑いよった。
……あかん、今の……絶対「勝ったで」って顔しとったやん……
正直言うて、その笑顔……
ほんま、綺麗やったわ……
――もしも、うちの命狙ってへんのやったら、やけどな。
……でもあれ、殺意混ざった笑顔やで……
怖すぎやろ、ほんま……!
「……秀昭はんも、ご苦労なこってす……
せやけど、今の分社の問題は、それだけやないんどすえ。
現在、分社の株式の6割以上が秀昭はんの名義で……
その上で社長職の代理人も定められておらへんさかいに、
取締役会も、動きようがないんですの……
兄上は、この件について……関東分社側で対処を、とおっしゃってまして……」
(……ってことはやな、つまり……
本社はもう口出ししてけぇへんっちゅうことやんな!?
おおっ、やるやんクソジジイ! こんな時に限って、たまにはええ仕事するやんか!
分社の独立守れたら、こっちの交渉カードにもなるし……
ふふっ、これは……ホンマにチャンスかもしれへんで?)
……俺が娘のアホな妄想聞いとる間に、
あのメスサルは罠の準備完了しとるがな……。
ホンマに、そんな簡単に引っかかってどうすんねん……!
「もし大坂殿下が、うちのこと、信じてくださるんやったら……
ほんま、もったいないお言葉どす。
分社の独立経営を尊重してくださったこと……心の底から、感謝申し上げますえ。
わたくしも……この件、できるだけ早うに解決したい思てますのや……
本社にご迷惑、おかけしたないさかい……」
「……それは、ほんまに嬉しゅうございます。
うちは、兄上のご判断を……信じておりますの。
それに……こんな男ばっかりの世の中やと、
女が何か成そう思たら、いろんな壁にぶつかってしまいますやろ……
私にも、そのお辛さ……よう分かりますえ。」
……ワイが見とったらな、
あのメスサル……ええ顔して、にこぉって笑いながら娘の手を握りよったんや……。
うわぁ、なんや娘……ちょっと感動しとる顔やないか!?
あかんあかん、騙されたらアカンて!!
演技や! あいつ絶対、全部計算しとるんやでぇぇ!!
「……そうやったんどすな……
私……ずーっと家で兄らに押さえつけられてきましたんや。
経営のこと、なんぼ言うても、ちぃとも聞いてくれへんし……
お父はんは、私に優しゅうしてくれたけど……
せやけど……姫はんが仰ってくれはったみたいに……うちかて……」
(……姫樣の反応……ええ感じやん。
よっしゃ、今がチャンスや。
ちょいと話、盛っとこか。どうせ全部バレることなんてあらへんやろし。
あのアホ兄ふたり……株いっぱい持っとるからって、うちのこと舐めくさって……
調子乗っとったら痛い目見るってこと、思い知らせたる……!!
姫樣……今のうちの芝居、たぶん響いとるはずや……
もうちょい涙混ぜて情に訴えときゃ……ぜったい味方になってくれはる。
ほんまのこと全部知らはるわけないし、ちょっとぐらい盛ってもバレへんバレへん♪)
「……あなたのご境遇、よう分かりますわ。
今の世の中で“女性”として生きることの、どれほど難しいか……
どれほど才覚があろうと、性別という鎖は、なかなか解けへんのどす。
……せやからこそ、うちら女性同士が……手を取り合う意味、あると思いませんか?」
「……わたしなんかのことを、そんなふうに仰っていただけるなんて……
ほんまに、もったいないお言葉どす……」
娘があのセリフ吐いた瞬間や——
あのメスサル、ニヤ〜ッて……めっちゃ冷たい笑み浮かべよったがな!?
怖っ!! なにあれ!?
あんな美人で、あのボインで、そんでもって性格あれ!?
どないなっとんねん!! 無駄づかいもええとこやろ!!
ほんでな、うちの娘……な〜んも気付かんとポヤ〜ッとしとるし……
アホちゃう!? アホやろ!? アホに決まっとるやろがい!!
足利家、もうほんまに終わりや……滅ぶで、マジで……!!
「お礼なんて、よろしおすえ。
……せやけど、ひとつお願いできるやろか。
兄上のこと……ちょっとでええさかい、手ぇ貸してほしゅうてなぁ。
秀昭はんの件も……うち、まだ道はある思てますのよ。
あんさんやったら……きっと、上手いこと運んでくれはるやろし。
なぁ? うちは……信じてますよって。
どうか……頼みましたえ。」
「…………その……もしやけどな……
父上が……裁判所に“後見”つけられてしもたら……
……つまり……“意思能力がない”って見なされることになったら……
社長はん、改選できることには……なると思うんよ。
せやけどな……うちの兄らが……そんなもん、絶対に納得せぇへんやろし……
裁判所かて……うちみたいなんを後見人に選んでくれはるか言うたら……
……たぶん、難しいんとちゃうかな……って……
それに……父上のご様子もな、
いまんとこ……精神的にどうこうって、はっきり断言はできへんし……
……この手は……ちょっとな……
正直、あまりにも強引すぎるんちゃうかって……
……そう思てるんよ……ほんまは……」
「ご心配には及びませんえ。
秀元はんから、もう伺っておりますの。
……先日、あなたのご兄弟方……
どうやら、お医者さまにご相談なさってはったとか。
その件が進みさえすれば……そう遠うないうちに、
なんらかのお結論も出るやろう、と思うておりますのえ。
それと……もし、差し支えなければ……
“後見人”の件につきまして……わたくしがお務めさせていただくことも、できますの。
もちろん……これは、ご家族のことどすさかい、わたしがどうこう申すことやあらしまへんけど……わたしは……」
「……いえ、そないなことあらしまへん。
むしろ……その時が来たら……
ぜひとも、姫樣にお願いしたい思てます。
……さっき仰ってはりましたけど、
兄ら……ほんまに、お医者はんと連絡取ってはったんですか……?」
(……ふん、後見人になってくれはるんやったら……
社長の改選に持ち込まれたって、どうせ選ばれるんは――うちやろ。
姬樣かて、豊臣秀光はんとの縁があるんやし……
あのアホふたりに肩入れする理由なんか、あるわけあらへん。
株はあのクソオヤジが持ってるし、取締役も……だいたい、うち側やしな。
……って、はぁ!? なにしとんねんアイツら!!
医者に相談しとったん!? はぁ!? なんでやねん……!
勝手にそんなこと進めて……うちの知らんとこで……!
……ほんま、潰す気か……?
なめとったらアカンで……あのクソボケども……ッ!)
“後見”って……なんや、それ!?
よぉ分からんけど……
メッチャ嫌な予感するんやけど!!!
……って、俺のふたりの息子……
まさか、そんなことして、早く相続取りにきとんのか!?
あまりにも非道すぎるやろが!!
親やぞ!? 育ててもらった恩とかないんかい!!
メスサルの様子を見ながら、俺は思た……
メスサルは、口元をうっすら吊り上げた。
目ぇは、完全に毒と冷気や……背筋ゾワッとしたわ……
けど、なんでや……うちの娘はそれに全く気づいてへん……
気付いてくれぇぇぇ!!!
パパの優雅な余生が消えかかっとるんやぞ!!!
……わし、お前を何年育てたっけ……
まぁ、正確にはお手伝いさんが育ててくれたけど!!
けど家族やろ!? 頼むから、パパの会社守ってくれや!!
「ええ、以前、秀元はんと偶然お会いした時に……
“秀宗はんと秀德はんが、今の膠着状態をなんとかしたい”って……
……そんなふうに仰ってましたわ」
「……
姫はん、そのお医者はんと面識、あらしゃいますやろか?
……もし診断が要るっちゅうことになったら……」
(……はぁ? あのアホ兄貴ら、うちに奇襲仕掛けるつもりかいな……!
せやけど、ええわ。うちかて黙ってへん。
“あんたらが逆立ちしても敵わん人”を味方につけたる――覚悟しぃや!)
娘ぇぇぇ!!!
何してんねん!!
罠にハマるどころか、全裸で飛び込んどるやんけ!!!
なんで自分の手札、そんな簡単にさらけ出すんや!!!
うちの娘の一言に、メスサルの笑顔が一層華やかになった……
……けど、それと一緒に、ゾッとするような殺気も混ざっとる……
なんやこれ、怖すぎるやろ……!
この女、絶対誰か嫁いだら、家ごと終わるぞ、マジで!!
「あら……もちろん、喜んで。
ご迷惑でなければ、うちからご紹介させてもろても、かまいまへんえ。
……ただ──」
メスサルの笑い方、さっきよりさらに怖なっとるやんけ……
けど、なんでや……うちの娘、全然気づいてへん……!?
おいおいおい、ちょっと待て!!
これが足利家の家庭教育の成果か!?
このままやと、足利家マジで終わるって!!!
パパの優雅な生活が……消し飛ぶぅぅぅ!!!
「……あの、姬樣……
“ただ”って、どういう意味……ですの……?」
メスサルはもう一度、娘の両手を包み込み、
あの底冷えするような目で、じぃっと見つめてきよった。
でも娘は……相変わらず、ぽかんとした顔のまんまやった……
「……願わくば……
ご兄弟方とも、もう少しお話を重ねていただけたら、嬉しゅうございますの。
今日、うちらのやり取り……
できましたら、あの方々にも伝えていただけませんやろか。
……ご家族の和やかさは、そのまま社の安定にも繋がりますさかい……
……ご協力、お願いできますやろか?」
「……ええ、もちろんや……
……姬樣が、そう言うてくれはるんやったら……」
(なんやねん……ビビらせやがって……
もう、心臓止まるか思たわ……
けどまぁ、あんなもん、うちにしたら取るに足らんわ。
とりあえず、ええ顔しときゃ済む話やし……
てか、姬樣って意外と……感情豊かやったんやな……ちょっとびっくりやわ。
「兄上と仲良うせえ」? はぁ? 冗談は顔だけにしてぇな。
あんなアホふたりと喋るとか……
……想像しただけで鳥肌立つわ、ほんま……気色悪いねん……)
「……快く引き受けてくれはって、おおきに。
これからも……どうぞ、よろしゅう頼んます」
……メスサルは、静かに、優雅に、そして冷ややかに微笑みながら去っていった。
そして残されたのは、嬉しそうに笑っとる……俺の、アホな娘。
——この時点で、わしの運命は、半分ぐらい決まってしもうた。
けどな……神様ってやつは、どうやらまだ満足してへんかったようや。
——そう、この瞬間。
わしの耳に、誰かの囁きが聞こえた気がしたんや……
あの見え透いた策略、まだ終わっとらへん……!
さいごまで よんでくださって、ほんまに おおきにです!
もし すこしでも たのしんで もらえたんなら、ぜひ ごかんそう いただけると うれしいです〜!