第90話 異形種大量発生の原因を突き止めにダンジョンへ
自宅のベッドで天井を眺めながら俺は考える。
父さんと兄さんが異形種の増加原因に関わっているかもしれない。
そんな雪華の話にはなんの根拠も無かったが……。
「雪華の力を強化して、それで儲けるためならそういうことをする可能性も……」
仮にそうだったとして、俺はそれを止めるべきか?
止めるとすればまずは説得だが、あの様子では2人が俺の言うことを聞いてくれるとは思えない。
説得以外で止めるには、父さんと兄さんのしていることを白日の下に晒して、2人を社会的に抹殺するという方法になってしまう。
「そんなことを俺が……」
この世界の父さんと兄さんは俺の知っている2人とは違う。しかしそれでも、父さんと兄さんは俺の家族だ。家族を社会的に抹殺するなどしたくない。
それに俺はただの会社員だ。正義の味方じゃない。
父さんと兄さんが反社会的な行いをしているとしても、それを止めなければならない義務など俺には無いのだ。
……とはいえ、異形種の増加原因というのは少し気になる。
俺が気にしているということはきっと……。
「うん?」
そのとき、枕もとのスマホが鳴った。
……
翌日、俺はアカネちゃんと共にダンジョンへと来ていた。
「異形種の大量発生っ! これを明らかにすれば絶対にバズるっ!」
俺の考えを読んでいるのだろうか?
そう思うくらいタイミング良く、アカネちゃんは電話をかけてきてそう言った。
「今日も人が多いなぁ」
出入り口付近は探索者がゾロゾロだ。
「そう? ダンジョンへ探索者がこんなにたくさん来るようになってから何回か一緒に来たけど、今日は少ないほうじゃない?」
「ああ、えっと、この前、別のダンジョンへ行ってね。そこは人が多かったんだよ」
「ひとりでもダンジョンに行ってるの?」
「あ、いや、ひとりじゃないけど……」
「なに? 女王様と来てたの?」
ジトリとした目が俺を睨み上げる。
「い、いや無未ちゃんとじゃなくて」
「もしかして別の女っ?」
「ま、まあ女には違いないけど、その……知り合いの子供だよ」
嘘は吐いてない。
「なんで子供連れてダンジョンに行ったの?」
「えーっと……それは」
説明が難しい。
情報量が多過ぎるし、大勢がいる場所では話しづらい内容だ。
「ちょっと込み入った話でね。他の人には聞かれたくないからあとで話すよ」
「……まあいいけど。でも、わたしの知らないところで誰かと出掛けるなんて、なんか気に入らないな」
ちょっと不機嫌そうなアカネちゃん。
もしも俺の知らないところでアカネちゃんが他の誰かと出掛けていたら……。それを想像したら気持ちはわかった。
「ごめんね。連絡できるときはするようにするから」
「別に、恋人同士じゃないんだし、そんなことしなくていいけど。というか、できるときはってどういうこと? わたしに知られたら困るような誰かと出掛けることがあるっていうこと?」
「いやそれはあの……」
「女王様と出掛けるときでしょっ! この浮気者っ!」
恋人同士じゃないと言いつつ、浮気者扱いは理不尽である。
「そ、そういう意味で言ったわけじゃ。いや、そんなこともないかもしれないけど……」
「むきーっ!」
「あわわ……」
両手で胸倉を掴まれて俺があわあわしていると、
「邪魔だ」
「えっ? きゃっ!」
近づいてきた集団のひとりがアカネちゃんを突き飛ばす。
「あっ!?」
倒れそうになったアカネちゃんを俺は慌てて支える。
「おいっ! なにをするんだっ!」
急激に頭へ血が上った俺は、気が付けば突き飛ばした相手の背に怒鳴っていた。
「ああん?」
振り返ったのはチンピラ風の男だ。
額や、露出している肌のすべてに入れ墨があった。
「う……」
実際の強さはともかく、こういう輩はどうも怖いと思ってしまう。しかしアカネちゃんを突き飛ばされたことには怒っているので、引く気はなかった。
「なんだてめえ? ゴールド級351位のこの俺に文句あるのか?」
「あるから声をかけたんだ。この子に謝れ」
「はっ、なんでだよ?」
男とその仲間が俺たちを囲む。
「うん? てめえ、白面か? アカツキって奴の動画に出てる」
「そうだが? それがどうした?」
「そうか。くくっ」
男の顔がズイと俺へ近づく。
「ずいぶんお強いようだがよぉ、てめえが威張ってられるのも今だけだぜ。こいつでスキルを発現できれば、てめえなんて叩きのめしてやるよ」
男は頭に被っているスキルサークレットをトントンと叩く。
「謝れと言っているんだ」
「黙れよ。だったら俺をここでボコるか? こんなに大勢が見てる前でお強い白面様が俺みたいな雑魚を殴って怪我をさせたらどうなる? そこにいる配信者の動画に影響するんじゃねーの?」
「この野郎……っ」
殴るなんて直接的な方法でなくても、魔法を使えばこいつに痛い目を見せることなど簡単にできる。
感度3000倍になる魔法でもかけてやろうか。
そんなことを考えていると、
「白面さん、もういいよ」
俺の背後にいたアカネちゃんはそう言う。
「けど……」
「怪我もしてないしさ。揉め事とか面倒だし」
「アカツキちゃんがそう言うなら……」
「もういいのか? だったら行くぜ。俺たちにスキルが発現したらボコボコにしてやるからよ。それまでせいぜいイキってろよ。ぎゃははっ!」
チンピラ集団は笑いながら去って行く。
「あんなの相手にしなくていいよ。時間の無駄」
「そうだね。うん……」
「でもありがとう。わたしのために怒ってくれて嬉しかったよ」
と、手招きされて俺が屈むと、
「大好き」
「……っ!?」
耳元でそう囁かれた俺の鼓動は一瞬にして跳ね上がるのだった。
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