第79話 17年ぶりに帰る実家
後日、俺はいろいろと考えた末、実家へ行ってみることにした。
もちろん実家が金持ちになったから金を無心しに行くわけではない。変わってしまった末松家がどうなったのかが気になり、確認しに行くことにしたのだ。
この辺に来るのもひさしぶりだな。
実家の最寄り駅で電車を降りた俺は、懐かしさに周囲を見回しながら歩く。
やっぱりずいぶんと変わったな。
あの店まだあるんだなとか、あのマンション無くなったんだなとか、学生時代の記憶と照らし合わせながら生まれ故郷の町を眺めた。
本当ならば異世界から戻って、真っ先に来なければいけないのはここだった。
しかし10年だ。俺が異世界に行ってから10年もの月日が流れていた。一体、今さらどんな顔をして父さんや兄さんに会えばいいのか? どこへ行っていたと聞かれたらなんと答えればいいのか。
それがわからず、ずっとここへは戻って来なかった。
住み込みで働かせてくれるバイトを見つけてなんとか生活し、紆余曲折あって今の会社で普通のサラリーマンができるくらいまでに落ち着いている。
いずれは戻って来るつもりだった。
だがまさか歴史の変わってしまった実家がどうなっているかを確認するために戻って来ることになるとは、想像もしていなかったことだ。
怖いな。
父さんと兄さんは今さら戻って来た俺を見てなんと言うだろう?
駅から実家はそれほど離れていないが、目的地へ近づくにつれ足取りは重くなり、なかなか着くことができなかった。
無未ちゃんにいろいろ聞いとくんだった。
彼女の実家は俺の実家の隣だ。
俺の実家が現在どうなっているか、きっと詳しいはずだ。
無未ちゃんと話してから、日を改めて行こうかな。
そうしようかと思ったとき、
「おい」
「えっ?」
背後から声がして振り返る。
……しかし誰の姿も無い。
気のせいだと思い、ふたたび前を向いて歩く。
「待て」
「えっ?」
今度は呼び止められて振り返る。
けれどやっぱり誰もいなかった。
「どこを見ておる。ここじゃ」
「ここって……あ」
目線を下へ向けると、そこには幼稚園生か小学生くらいの女の子が立っていた。
「ああ、君が呼んでいたんだね」
「うむ」
着物姿に短い黒髪のかわいらしい女の子がうんと頷く。
「俺になにか用かな?」
その場に屈んで声をかける。
小さな子供にしては冷たく、感情の読めない目だ。
まるで人形のようだと思う。
首には服装と不釣り合いな鈍い色の首輪をつけており、違和感を覚えた。
「ふむ……」
女の子は俺の顔をじっと見つめる。
「どこへ行くつもりじゃ?」
「俺? 俺はこの近くにある自分の実家へ行くんだけど……」
「やめておいたほうがよい」
「えっ? ど、どうして?」
見ず知らずの女の子がなぜこんなことを言うのか?
意味がまったくわからず困惑する。
「不幸になりたくなければの」
そう言い残して女の子は行ってしまう。
「変な子だな」
不幸になるってどういうことだろう?
そりゃ不幸にはなりたくないけど、知らない女の子に意味不明な忠告をされて実家へ行くのをやめるわけにもいかない。
きっとなにかのアニメにでも影響をされて遊んでいるのだろう。
そう納得した俺は、ふたたび実家へ向けて歩を進めた。
……やがて、記憶にある実家の場所へと来るが、
「あれ?」
確かここだったはず。
しかしあるのは豪邸で、そこには子供のころに過ごした普通の一軒家が無かった。
「無未ちゃんの実家が隣にあるから、間違いなくここのはずなんだけど……」
うーんと唸って俺は周囲を探る。
「やはり来てしまったか」
「えっ?」
誰かの声が聞こえるも、姿は見えない……。
「ここじゃ。2度も同じことを言わせるな」
「あ、君は……」
さっきの女の子が俺のうしろで仁王立ちしていた。
「まあ想定内じゃがの」
女の子は「はあ……」とため息をつく。
「悪いけど君の遊びには付き合ってはあげられないんだ。家を探してて……」
「なにを言っておる? お前の探している家はそこじゃろう?」
「そこって……」
女の子が指差したのは目の前にある豪邸だ。
「いや、俺が探してるのはこの家じゃないよ」
「末松の家に用があるのではないのかの?」
「えっ? どうして君がそれを……」
と、女の子は豪邸の門前まで歩き、そこに貼られている表札を指差す。
「ん……? んんっ?」
その表札に注目した俺は目を見開く。
そこにあったのは末松という名字だった。




