第78話 スキルサークレットの効果
どうして父さんが?
俺の頭はパニックに犯されて、わけがわからなくなっていた。
「先輩?」
「……なんでもないよ。大丈夫」
きょとんと俺の横顔を覗く早矢菜へ軽く微笑んで、なんでもないことをアピールする。しかし内心は穏やかでなかった。
高そうなスーツに、自身に満ちた表情。
雰囲気はまるで別人だが、自分の親を間違えるはずはない。ステージ上で司会者の男性と話をしているジョー松代表取締役社長の男は間違いなく父の上一郎だ。
なぜ? どうして?
俺が異世界へ行っているあいだに父さんがジョー松の社長に……。いや、そもそも俺が生まれた世界にはダンジョンなど無く、装備開発企業のジョー松も当然だが存在はしなかった。
ならば俺の知らないこの世界の過去で父さんはジョー松に就職していて、そこから出世して社長になった? い、いや、待て。ジョー松は先祖代々、血縁者が経営していると聞いたことがある。一般の社員が経営者になれるわけはない。
俺は懐からスマホを取り出し、ジョー松について検索する。
ダンジョン装備開発企業、株式会社ジョー松。
創業時の名は上松屋で、創業者の名前は上吉郎。明治となってその時代の経営者である忠助が末松性を名乗り末松忠助となる。経営者は代々、末松家の血縁者が担い、現在の経営は18代目の末松上一郎氏……。
な、なんだこれは……。
俺はスマホに目を落としながら絶句していた。
末松上吉郎の名は子供のころに父から聞いたことがある。確か江戸時代に油売りの行商人をしていて、のちに明治となってから祖先は末松を名乗った。
しかしそのときには油売りをやっておらず、上吉郎の祖先は農家として生活をしていたと、それが俺の聞いた末松家の歴史であった。
あのステージ上に立っている男性が俺の父である末松上一郎だとすれば、ダンジョンが出現したことで一族の歴史が変わってしまったということだ。
こうなってしまったことに、俺はただ困惑する。
ダンジョンによって俺の一族は大企業を経営する富豪となった。
これは喜ぶべきなのだろうか? しかし俺の知っている末松家は消えてしまった。それを考えるとやはり悲しかった。
「それでは社長、皆様がお待ちかねなようなので新商品の発表をしていただいてもよろしいでしょうか?」
「ははは、余計な話を長々としてしまって申し訳ありません。ではわが社が発売する新商品をご覧いただきましょう。こちらです」
その声とともに小さな白い台を両手に抱えた女性コンパニオンがステージへ上がる。コンパニオンが抱えている白い台の上には、金色の輪っかが乗っていた。
「ご覧ください。こちらがわが社の開発した新商品、スキルサークレットです」
社長の手がその輪っかを指し示す。
「スキルサークレット?」
「ただの額当てじゃないのか?」
新商品を目にした観衆は紹介された商品に懐疑的な声を向けていた。
「もちろんただのサークレットではございません。皆さま、昨今のダンジョン研究で発見された魔粒子をご存じでしょうか?」
魔粒子とは倒したときに魔物が放出する物質だ。身体に取り込むことでスキルを発現することもあるそうだが、すぐに霧散してしまって取り込むことは難しい新発見の物質と、最近ニュースで見たことあるような気がする。
「こちらのスキルサークレットはその魔粒子の取り込みを促すものです。これは放出された魔粒子を吸引して、肉体へ取り込ませます。つまりこのスキルサークレットを装備することで、スキル発現の可能性が飛躍的に上昇するというわけです」
それを聞いた観衆が一斉にどよめく。
「スキル発現の可能性を飛躍的に上昇できるのかっ?」
「本当ならダンジョン探索の歴史が変わるぞ」
実際これはすごいことだ。
スキル発現が容易になれば無未ちゃんのような、強力なスキルを持った探索者が珍しくなくなる。高額なスキル付き装備の価格も暴落するだろうし、まさにダンジョン探索の歴史が変わる商品であった。
「ここで商品の効果をお見せしたいところですが、それは難しい。ですので、効果が現れない場合はご購入代金を全額返金させていただきます」
大企業だからできる太っ腹な販売戦略だ。
こうまで言うということは、それほど商品の効果には自信があるということだろう。
発表されたのは画期的な新商品だ。
しかしそのことよりも俺は末松上一郎……父さんのことが気になっていた。
商品の紹介を終えて父さんはステージから降りて行く。
声をかけてみようか?
だがなんと声をかければいい?
彼は俺の知っている父さんとは違う。
息子の小太郎だと、認識はしてくれるのだろうか? お前など知らないと言われてしまうのではないかと怖くて、声をかける勇気が湧かない。
……結局、末松上一郎はステージから完全に立ち去ってしまい、発表を聞いていた観衆もステージ前から散り散りになっていなくなった。
「先輩? もう終わりましたよ?」
立ち尽くしている俺に早矢菜が声をかけてくる。
「あ、ああ、ごめん。行こうか」
「あ、はい」
怪訝そうな早矢菜を連れて俺もその場から立ち去る。
ジョー松代表取締役社長の末松上一郎。
彼が俺の父さんならば、いずれは会って話さなければいけないと思った。




