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第77話 ジョー松の社長がまさか……

 それから幾日か過ぎ、俺は都内にある巨大イベント会場へとやって来ていた。


 今日ここで開催されるイベントは新作ダンジョン装備の展覧会だ。全国にあるダンジョン装備開発企業がこぞって集まり、開発した新商品を発表する。

 俺は仕事でそれを見に来ていた。


「わー結構、盛大にやってるんですねー」


 同行した後輩の相良早矢菜が会場を見渡して声を上げる。


「ダンジョン装備の発表イベントでは国内最大だからね。大手から零細まで集まってるし、盛大にもなるよ」


 ダンジョン開発企業は国内に大手が3つくらい。あとは中小零細が全国に数十ほどあり、各社が独特なダンジョン装備を開発している。


 うちでも今度ダンジョン装備開発事業を始めるとのことで、営業の俺たちは勉強のためにここへ来ているのだった。


「でもダンジョン装備って何千万円とか何億円もしてものすごく高いんですよね? 買う人ってそんなにいないような気がするんですけど、中小や零細がやって商売になるんですか?」

「そういう超高額なのは上級探索者用の装備だね。上級探索者用の装備はレア素材で作られるんだけど、そのレア素材はなかなか手に入らないから、大量生産もできなくて商品として恒常的に販売するのは難しいんだ。中にはレア素材を買い取って散発的に販売してる企業もあるけど、やっぱり安定した売り上げを出すのは難しいみたい」

「じゃあ企業は普通、どんな装備を開発して販売をしているんですか?」

「所謂、下級探索者用の装備だよ。探索者は全世界で10億人ほどいて、9割はシルバー級以下の下級探索者だから、下級探索者用でも需要は十分にあるんだ」

「はー……そうなんですねぇ」


 企業売りとして工場で大量生産されている装備はスキルがついていない。それゆえに数万円、数十万円と安価で、丈夫さや武器としての性能が重視される。


「わあ、ロケットランチャーとかありますよ。あれがあれば深層とかでも余裕で回れちゃうんじゃないですかね?」

「ははは、深層ではあんなのおもちゃだよ。中層でも怪しいね」


 会場に展示されている武器は銃火器が多い。

 剣などの近接戦闘武器は扱いにそれなりの技量が必要になるが、銃火器ならばとにかく当てればいいため、多くの探索者に売れるとのことだ。

 しかし多少でもダンジョンの深い階層を知っている者からすればこんなものは本当におもちゃで、中層の魔物に傷をつけるのが精いっぱいというところだろう。深層ならば痒みすら与えられないと言われている。


「へえ、先輩、詳しいんですね」

「ま、まあ少しは勉強してきてるからね」


 あんまりダンジョンのことをしゃべると、探索者だとバレるだろうか? まあバレても副業の許可は社長からもらっているし、白面だと知られることまでは無いだろう。


 メモを取ったり写真を撮りつつ、俺と早矢菜は会場を回る。

 やがて大勢の人が集まっているイベントスペースへとやってきた。


「わ、なんかここは他よりもすごいたくさん人がいますよ。なんでしょうね?」

「ダンジョン装備開発では国内最大手のジョー松のスペースみたいだね」


 ジョー松は創業300年以上で、ダンジョン装備開発企業としては国内最古でもある大手の会社だ。


「社長さんが直接に来場して新商品を発表するみたいですね」


 もらったパンフレットを眺めながら早矢菜は言う。


「へーそれじゃあずいぶん自信のある商品なんだろうなぁ」

「はい。詳細はパンフレットに書いてありませんね。なんか額に被る装備品みたいですけど」

「額に?」


 なら兜だろうか?

 しかしただの兜を大企業が自信を込めて発表するとは思えなかった。


「あれ? 社長さんの名前、末松上一郎すえまつじょういちろうって言うらしいですよ」

「えっ? す、末松上一郎?」


 会社は有名だが、社長の名前は知らなかった。


 末松上一郎。それは俺の父と同姓同名だ。


「もしかして先輩の親戚とか?」

「いや、そんなはずはないよ」


 俺の父は普通のサラリーマンだ。

 小学生のときに母を亡くした俺と兄は、父ひとりの手で育てられた。暮らしは決して裕福ではなかったが、貧乏というわけでもない。

 父はいつもくたびれたスーツで仕事に出掛け、夜遅くに帰って来た。いつも疲れた顔をしていたが、仕事や生活の不満を漏らしたりはせず、俺たち兄弟の前では常にやさしい父でいてくれた。

 世間から見たら父はただのくたびれたおっさんだったろう。子供のころは俺もそう思っていたかもしれない。しかし大人になってあのときの父くらいの年齢になった今は、たったひとりで子供2人を育てていた父を立派で格好良いと思えていた。


 そんな父と大企業の社長ではまったく違う。

 しかし同姓同名にしては珍しい名前ではあった。


「もうすぐ始まるみたいですよ」

「あ、うん」


 俺たちはうしろのほうからイベントスペースのステージを眺める。ステージ上にはスーツを着た若い男性がマイクを持って立っていた。


「お忙しい中、わが社がご紹介いたします新商品の発表にお立会いいただきありがとうございます。これよりジョー松代表取締役社長、末松上一郎より新商品をご紹介させていただきます。それでは社長、お願いします」


 男性がわきへどくと、ステージのうしろから老齢の男性が現れる。その姿を目にした瞬間、俺はカッと目を見開く。


「えっ? いや……そんなまさか」

「うん? どうしたんですか先輩?」

「あ、いやその……」


 俺はステージ上をじっと眺める。


 間違いない。あれは……。


 父さん。


 ステージ上に現れたのは俺の父、末松上一郎であった。

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