第72話 グレートチームが終わって……
俺はアカネちゃん無未ちゃんと一緒にグレートチームへ参加して優勝をした。本来ならば賞金を3等分した1億円が俺のものとなっていたはずだ。しかし俺たちは賞金賞品を受け取らずに辞退した。
もらうわけにはいかない。
俺とアカネちゃんを狙って寺平重助と小田原喜一郎の刺客が大会に紛れ込み、エレメンタルナイツのメンバーの大勢が殺される原因になってしまった。
これは俺の甘さが招いたことだ
大会後にいろいろと調べてレイカーズの所有者が寺平重助だと知ったとき、俺は自分の甘さを痛感した。
一番最初に俺とアカネちゃんが連中から襲われたときに、根っこまで調べて寺平重助まで始末しておけばこうはならなかったはずなのだ。
エレメンタルナイツのメンバーには申し訳ないという気持ちになり、他の2人と相談して、賞金と賞品の受け取りは辞退させてもらった。
1億円は一般市民の俺にとっては大金だ。
正直、後悔が無いと言えば嘘になる。しかしこれでよかったのだという気持ちのほうが強く、その思いに後悔は塗りつぶされていた。
グレートチームから数日経った日曜日の昼。
俺はワンルームの自宅ベッドでゴロゴロと横になって考え事をしていた。
「うーん……」
考えているのは寺平重助のことだ。
あの男は凶悪チームレイカーズを野へ放ち、千秋という女を使って俺にアカネちゃんを殺させようとした極悪人には違いない。
俺は奴を許せず、息子もろともこの手にかけた。そのことを後悔しているわけではない。しかし、
「理由はどうあれ、殺人犯だな」
グレートチームでもだいぶ人を殺した。
すべて悪人ではあり、殺されて当然のような奴ばかりなので罪悪感などはまったくない。しかし寺平親子殺害事件のニュースを見るたびに自分が逃亡中の殺人犯みたいな心地になってドキドキする。
「大丈夫だとは思うけど、警察が来たらどうしよう?」
自分のやったことに間違いは無い。
ただ、違法ではあるので警察が怖かった。
「お前と一緒にダンジョンで暮らすか?」
「きゅう」
隣で寝転がっているコタツの腹を撫でながらそんなことを呟く。
社長には「君がやったんじゃないか?」なんて会社でこっそり言われて、ビクビクしながら否定したけど大丈夫だったかな? 世間を騒がせている事件の殺人犯が俺だってバレたらさすがにクビだよなぁ。
クビになったらサラリーマンからただの探索者だ。
グレートチームで深層に行ったが、今の俺でも想定以上に戦えた。
右拳を見つめてギュッと握り込む。
無未ちゃんとの協力であったとはいえ、俺は深層に現れる多くの強力な異形種を倒すことができた。今の俺は当初に考えていたよりもだいぶ強い。
そして今、俺は自分の身体に変化を感じていた。
「グレートチームが終わってから……なにか力が増したような気がする」
異世界にいたころの力に戻ったわけではない。
しかし前よりも魔力が増強しているような、そんな気がしていた。
これなら探索者としても十分にやってはいけそうだ。だが、やっぱり戦いばかりの脳筋な生き方はしたくない。
知的でインテリな生き方を俺はしたいんだ。だからやっぱり会社をクビにはなりたくなかった。
「そういえば専務……小田原の親父が最近、会社に来てないな」
なんでも体調不良で休んでるとか。
寺平重助によればあいつも関わっているらしい。始末も考えたが、しかし社長はあいつの本性に気付いているみたいなので、とりあえずは様子見しようと思った。
「でもなにかして来たら怖いな」
俺とアカネちゃんが白面とアカツキだとはまだ知られてはいないと思いたい。しかしもしもすでに知られていて、アカネちゃんになにかあってはいけない。
俺は身体から光の玉を出してふわりと浮かせる。
こいつで守れる程度ならいい。
しかしそうとは限らない。俺がすぐに駆け付けられる場所にいるとは限らないし、こいつじゃ心許なかった。
「うーん……なにかアカネちゃんを常に守れる良い方法は……」
狭い部屋でぼそりと呟く。
「じゃあ一緒に住む?」
「そりゃ一緒に住めたらいいけどねぇ」
「一緒に住んだら私の着替えとか見れるかもしれないしね」
「でへへ、それはいいなぁ……って!?」
慌ててベッドから身体を起こすと、俺の魔王イスにアカネちゃんが座っていた。
「な、なんでアカネちゃんが俺の部屋にっ!?」
「鍵かかってなかったけど?」
「あ……そ」
そういや閉め忘れてたかも。
「だからって、勝手に入って来ちゃダメだよ」
「わたしとコタローの関係なんだから別にいいでしょ?」
「ま、まあそうだけど」
「それよりどうするの? わたしと一緒に住む?」
「そ、それはだめだよっ」
16歳の女子高生と同棲なんてしたら殺人とは別件で逮捕されちゃう。やばいやばい。
「もしかしてここで同棲とか想像してる? 違うよ。コタローがうちに住むの」
「いやもっとだめでしょっ!」
社長の家に住むとか有り得ない。
ひとつ屋根の下で勤め先の社長と暮らすなんてストレスで死んでしまう。
「なんかわたしも眠くなってきちゃった。一緒に寝てあげる」
「えっ? い、いやいやダメだよそんなのっ!」
拒否するもアカネちゃんは聞かずにこちらへと歩いて来る。
「きゅう」
と、近づいて来たアカネに反応したのか、コタツが起き上がって首をそちらのほうへと向けた。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
「いや、俺と一緒にベッドでごろごろしてただけで寝てはいないよ」
俺はコタツを抱き上げて膝へと乗せる。
「この子があの地獄竜ゼルアブドなんていまだに信じられないよ」
「それはまあそうだろうね」
巨大な竜だったのが、今は猫くらいのサイズだ。
見た目もかわいらしい感じになっており、同一の生き物とは思えない。
「この子って、コタローが異世界で飼ってた竜なんだよね? なんでダンジョンにいたんだろう?」
「それが不思議なんだよねぇ」
異世界からこちらの世界に戻って来たのは俺だけだ。
コタツは置いてきたのに、なぜこの世界のダンジョンにいたのか?
考えられる可能性としては俺がこちらへ戻って来る際、なんらかの力で巻き込んでしまったのか? しかしだとしたら、なぜ俺と同じ場所ではなくダンジョンの深層に行ってしまったのか? それが謎だった。
「もしかしてダンジョンの深層がコタローのいた異世界に繋がってるとか?」
「え……」
確かにそういう考え方もあるが。
「けど深層に先があるとしたら地下の世界でしょ? 俺のいた世界は空も太陽もあったし違うと思うよ」
「あーじゃあ違うかなー?」
結局、考えても明確な答えは出なかった。
「きゅう」
「かわいいね」
コタツを抱き上げたアカネちゃんが胸に抱く。
羨ましい。
嬉しそうなコタツを見て、あいつ飼い主に似やがったなーと思う俺だった。
「この部屋ペット禁止だから少し困ってるんだよね」
大きな声で鳴くわけでもないし、迷惑はかけないと思うが、一応ペット禁止の規約があるのでバレたらどうしようと困っていた。
「あ、じゃあうちで預かろうか?」
「えっ? あー」
と、そこで俺は思いつく。
「そうしてくれたほうがいいかも。側に置いておけばアカネちゃんを守ってくれるから俺も安心できるし」
「ふーん。守ってくれるのはありがたいけど、元の姿に戻られたら嫌かも」
「俺が言わなければ元の姿には戻らないから大丈夫だよ」
「この見た目でも強いの?」
「本来の半分くらいかな。それでも十分に強いから」
ぬいぐるみみたいな外見だが、上級ハンターを凌ぐ強さはあるだろう。
コタツが側にいるなら俺も安心できる。
「あとついでにこれも」
周囲に浮かせていた光の玉をアカネちゃんに纏わせる。
「ありがとう。心配してくれて」
コタツを俺の膝へ戻してアカネちゃんはニコッと笑う。
「いや、アカネちゃんになにかあったら俺は……」
言いかけた俺の頭は柔らかい谷へと抱かれた。
「ア、アアアカネちゃんっ!?」
不意のことに俺の頭はパニックを起こす。
大きくふわふわな感触。
密着して鼻孔をくすぐる良い匂い。
首から上が幸福に包まれた俺の思考は蕩けていた。




