第69話 グレートチーム終了。優勝したチームは……
なんだ?
様子を見ている? どうして?
攻撃してくる様子を見せない地獄竜ゼルアブドに俺は違和感を覚える。
「ぐぎゅううう」
さっきまでの咆哮とは違い、なにか甘えるような声で鳴く。
「この鳴き声……どこかで……」
確かあれはまだ俺が異世界にいたころ、魔王城の庭で飼っていた……。
「きゅううん」
地獄竜ゼルアブドが首を垂らして顔を近づけてくる。
次第に視力が回復してきたのか、その顔が先ほどまでよりよく見えた。
「ま、まさかお前……」
「きゅうう」
身体が大きくて凶暴な見た目のくせにやたらかわいい声で鳴く竜。
こんな鳴き声の竜を、俺は1匹だけ知っていた。
「コタツ……か?」
「きゅう」
地獄竜ゼルアブドは大きな顔を俺へと寄せてくる。
その頭をそっと撫でると、嬉しそうに鳴いた。
「や、やっぱり」
こいつは俺が異世界で飼っていた竜、コタツだ。
凶暴そうだがおとなしく、決して自分から誰かを襲ったりはしないやさしい奴だったと覚えている。
「は、白面の君、どういうことだ?」
「どういうことって……」
俺にもわけがわからない。
異世界にいるはずのコタツがどうしてここにいるのか?
なにがなんだかさっぱりわからなかった。
「な、なんかわからないけど、助かったってこと?」
「それは……うん」
それは間違い無い。
「白面君っ! 大丈夫かっ!」
うしろからエレメンタルナイツがやってくる。
「日生さん。ええ、大丈夫です」
「こ、これは……どういう状況だ?」
地獄竜ゼルアブド……コタツの頭を俺が撫でている光景に日生は驚いていた。
「えっ? えーっと……」
異世界で飼っていた竜。
……などと言っても信じないだろう。
「あのその……俺に懐いたみたいで」
「な、懐いた……? そんなことあり得るのか?」
「まあ見ていただいている状況がすべてということで」
俺はコタツの頭を撫でながら言った。
「そうか。君がそう言うならばそうなのだろう。では……どうする? 大会はまだ続いているようだが……」
「外へ出ましょう。もう大会どころじゃありませんよ」
レイカーズも戸塚我琉真も倒した。
脅威は無くなったが、俺の身体は魔眼の影響で限界に近いし、満足にアカネちゃんを守れないならここにいるべきじゃなかった。
「帰ろう」
そう言った俺の身体へコタツが顔を擦りつけてくる。
「その……コタツだっけ? その子はどうするの?」
「どうするって……」
ついて来たいようだが、このまま連れて行くわけにはいくまい。
「コタツ、あれできるか?」
「きゅう」
そう小さく鳴いたコタツの身体が輝いた。
それから俺はドローンカメラへ向かって状況を説明する。
レイカーズに襲われたこと、エレメンタルナイツがスキルに操られていたことなどを話し、大会中にトラブルがあったことを全世界へ向けて説明した。
亡くなったエレメンタルナイツのメンバーを蘇らすことはできない。
しかしせめて彼らの名誉が失われるようなことは避けようと、彼らが操られていただけで、決してテロリストに協力したわけでないことを伝えておきたかった。
「ありがとう白面君。我々のために」
「いえ、当然のことですよ……」
レイカーズが狙っていたのは俺とアカネちゃんだ。
それに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない気持ちでたくさんだった。
……そして俺たちはリターン板でダンジョンの入り口へ戻り、会場へ入ると大きな歓声と拍手で迎えられた。
「すごかったぞ白面っ!」
「女王様もさすがですっ!」
「あんなにたくさんの異形種を倒しちゃうなんてすげーぜっ!」
多くの賞賛が俺たちへ与えらえる。
大会自体はどうなったのか?
魔眼の影響で今だ身体が重く、視力がぼんやりしている俺は日生さんに支えられながら会場を見渡す。
そこには大会の始まりよりは減っているものの、多くの探索者がいた。
「さあ、大会中は大変なトラブルが発生したようですが、アカツキさんとエレメンタルナイツのチームが戻ったことで生存している参加者はすべてがこちらの会場へ戻ったということになります」
アナウンサーの声を聞き、どうやら大会参加者の中で最後に戻って来たのは俺たちとエレメンタルナイツだったこと知る。
「さて今大会の優勝チームですが……」
どこのチームが優勝したのだろう?
俺たちは素材を集めるどころではなかったので、優勝できるかもなどとはまったく考えていなかった。
「先ほども申し上げました通り、今大会は大変なトラブルが発生致しました。それゆえに今大会は中止扱いとなり優勝チームは無し……」
大会は中止。
戸塚我琉真やレイカーズたちのせいでまともな大会にはならなかったので、中止の判断もやむ負えないか……。
「と、一度はそのように大会運営は判断したのですが、今大会ではものすごい素材……というより、魔物そのものを捕獲したチームがあります」
「あ……」
それを聞いて俺はアカネちゃんが両手に抱えている生き物へ視線を向ける。
「特定異形種地獄竜ゼルアブドをなんと捕獲してしまったチーム、大人気VTuberアカツキさんのチームが今回のグレートチーム優勝とさせていただきますっ!」
アナウンサーがそう宣言した瞬間、会場中が大歓声に包まれる。
「お、俺たちが優勝……」
まさかの結果であった。
「やった優勝したよ白面さんっ!」
「あ、う、うん」
優勝になど興味はなかったので、俺にそれほどの喜びは無い。しかし喜んでいるアカネちゃんを見ていたら自然と表情が綻んだ。
「みんなー☆優勝したよ☆……って、カメラのバッテリー切れてるっ! 嘘っ! どこから配信できてなかったのっ! あ、コメントで映像が途切れたって出てるっ! 音声だけ? ああもうっ!」
うまく配信できてなかったようで、喜びの表情から一転してアカネちゃんはがっかりした表情になっていた。
「ふふん。やったな白面の君」
「う、うん」
漆黒の女王らしく冷静な様子で優勝の喜びを口にする無未ちゃん。その心中はきっと子供みたいに無邪気な喜びに満ちているのだと思った。
「おめでとう白面君」
俺の身体を支えてくれている日生さんが優勝を称えてくれる。
それに続いてエレメンタルナイツのチームメンバーも俺たちへ称賛をくれた。
「ありがとうございます。けど、日生さんたちには辛い大会になってしまって、素直には喜べないと言うか……」
「我々に起こった辛い出来事と君たちの優勝は関係無いよ。だから素直に喜んでほしい。君たちは我々の恩人だ。我々のことで君たちが心を痛めるのは心苦しいからね。気にせず存分に喜んでくれ」
「日生さん……」
笑顔でそう言ってくれた日生さんに俺は頭を下げる。
我々に起こった辛い出来事と君たちの優勝は関係無い。
その言葉にはグサリと刺さるものがあった。
「さあ、それでは優勝したアカツキさんのチームには壇上へ上がっていただきましょう」
「だ、壇上へ……」
嫌な予感を感じつつ、俺はアカネちゃん無未ちゃんに支えられながらアナウンサーの立っている壇上へと上がる。
「では改めてご紹介します。今大会で見事優勝を果たしましたVTuberアカツキさんのチームです」
「わあああああっ!!!」
盛大な拍手と歓声で称えられる。
「ありがとう☆みんなありがとー☆」
「当然の結果だ」
観客に手を振って答える2人のあいだで俺も軽く手を上げた。
「はい。それではまずチームリーダーのアカツキさんにコメントをいただきたいと思います」
きた。
コメントをいただくと聞いて、重い体にげっそりした心地が加わる。
「えっと、亡くなった方もたくさんいるのでこれ以上は喜びのコメントを控えようと思います。応援していただいてありがとうございました」
喜びの様子から一転、しんみりした様子でそうコメントするアカネちゃん。大人なそのコメントに俺は感心した。
「では続いてディアーさん」
拍手と共にマイクは無未ちゃんへ。
「うむ。まずは亡くなった参加者に哀悼の意を示そう。加えて応援をしてくれた多くの人には礼を述べたい。ありがとう」
無未ちゃんも立派なコメントだ。
2人のコメントを褒め称えるような拍手が起こり、そしてマイクは俺に渡される。
「あーえー……俺はその、不器用なんで2人みたいに立派なことは言えないです。優勝して嬉しいとか、大勢が亡くなって痛ましいとか、そういう気持ちはあります。ただ、一番に強い気持ちはトラブルに見舞われながら仲間の2人が無事だったことです。仲間を失った方もいる前でこんなことを言うのは無神経かもしれませんが、俺は2人と無事にここへ戻って来れて本当に嬉しいです。優勝したことよりも、それが一番に喜ばしくて安心しています」
「白面……さん」
「白面の君……」
左右の2人に見つめられながら俺はコメントを終える。
気の利いたコメントは思いつかず本音をそのまま口にした。
つまらないコメントだと皆はがっかりしただろうと、俺は密かに苦笑うが、
「いいぞーっ!」
「仲間思いの白面さん素敵ーっ!」
パチパチと大きな拍手が起こる。
「アカツキさん、ディアーさん、白面さんから素敵なコメントをいただきました。それでは最後に優勝の決め手となった地獄竜ゼルアブドを、会場の皆様からよく見えるように掲げていただけますでしょうか?」
「あ、はい」
アナウンサーの言葉を聞いたアカネちゃんは片手に抱えている猫ほどに小さな生き物、小型化した地獄竜ゼルアブドことコタツを俺に渡す。
「きゅうう」
小さく鳴くコタツを俺は両手に持って掲げる。
そして拍手とともに大会は幕を閉じた。
……しかし俺にとってはまだ終わっていない。
最後にやるべきことが残っていた。




