第59話 エレメンタルナイツに訪れた悲劇2
「これはこれはエレメンタルナイツの皆さん、彼女になにか用ですか?」
集団から身体の大きなホッケーマスクの男が出て来て言う。
「お前がチームリーダーか?」
そう聞くと大男は思わせぶりに肩をすくめた。
囲んでいる連中の数は20人どころではない。
50人……いや、もっと多くいるように見えた。
「複数のチームで連合を組んでいるのか」
「さあ? ご想像にお任せしましょう」
「ふん。ならばあの女性なんだ? お前たちがここへ連れて来たのか?」
流星は白髪の女へ目をやる。
「我々のお友達ですよ」」
「ち、違いますっ!」
「だそうだ。貴様らは上層で彼女を攫ってきたのだろう。魔物を誘き出す囮とするために」
「さて……」
ホッケーマスクの大男ははっきりしないふざけた態度をとる。
状況は明らかだ。
奴らを見る彼女の怯えた様子が、答えだった。
「この件は大会運営に報告させてもらう。お前たちはここで失格だ」
「ふふん。さてそれはどうでしょうねぇ」
不気味な余裕を見せる大男の前で、流星はスマホを使って大会運営に連絡しようとする。……が、
「うん? 電波が入らないな?」
「えっ? あ、俺のも入りません」
自分のスマホもメンバーのスマホもなぜか電波が入らない。
ならばと中継用のドローンを探すも見当たらなかった。
「どうしました? 早く大会運営に連絡をしたらいかがです?」
「むう……」
なぜ急に電波が入らなくなったのか? 中継用のドローンもついさっきまでエレメンタルナイツにぴったり張り付いていたのに姿を消していた。
「お前たちがなにかしたのか?」
「……」
答える気は無い。
そんな様子で大男は佇んでいた。
「エレメンタルナイツの皆さん、おとなしくこの場から去るのならば、見逃してあげましょう。どうしますか?」
「彼女を解放するならばおとなしく去ろう」
「それはできませんね。彼女は目標を倒すのに必要ですから」
「いやっ!」
走り寄って来た女が流星の手を掴む。
「助けてっ! わたしを助けてくださいっ! お願いしますっ!」
「あ、ああ……」
彼女に助けを求められた流星は心に異様な昂りを感じる。
彼女を助けなくては。助けたい。この美しい女性は助けなければダメだ。彼女が不幸になるなどあってはならない。彼女のためならばなんでもしよう。彼女が命じるならば……なんでも。
「あなたのためならば……もちろんです」
「……そう。ありがとう」
大声で助けを求めていた様子から一転、冷たく囁いた女が流星たちの側から離れて行く。
「日生さん?」
異変を感じたのだろう。高雄が流星に声をかける。
しかし流星は白い髪の女を見つめるばかりで反応は無い。
「わたしのためになんでもしてくれる?」
「はい……」
「じゃあまずはその女を殺せ」
口調を変えた女が志貴緒を指差す。
「な、なにを言って……流星この人なんか変だよ?」
志貴緒の声にも反応しない。
そして、
「わかりました」
そう言った流星の手から激しい炎が放たれ、
「きゃあああああああっ!!!」
志貴緒の身体を燃やす。
一瞬で焼失した志貴緒を目にしたエレメンタルナイツのメンバーは絶句していた。
「よくできました」
パチパチと女は手を叩く。
「な……なんで」
ポツリと高雄は呟き、
「なんでだ流星さんっ!」
その叫びに対し、流星はただただ虚ろに白髪の女を見ていた。
「あはは。そいつはあたしに惚れちまったのさ。良い女ってのは罪だねぇ」
「馬鹿なことを言うなっ! 流星さんは……流星さんは志貴緒さんと結婚する予定だったんだっ! 子供もお腹にいて……それなのになんでこんなことをっ!」
「そうかい。それじゃあネタばらしだ」
と、その瞬間、虚ろだった流星の目に光が戻る。
「な、なんだ? 今まで俺はなにを……? 高雄?」
高雄の自分を睨む目。チームメンバーの怪訝な様子に流星は困惑する。
「なにが……うん? 志貴緒はどうした?」
姿の見えない婚約者を探して流星は周囲に首を巡らす。
「どうしたって……あ、あんたが今さっき殺したんだろうっ!」
「なにを馬鹿なことを……」
「志貴緒さんはそこだっ!」
「えっ?」
地面にある黒い汚れ。
そこには光るものがあった。
「こ……れは」
指輪。
志貴緒が指に嵌めているはずの婚約指輪だった。
「ど、どうしてこれがここにあるんだっ?」
「その消し炭が志貴緒さんだからだよっ!」
「馬鹿なっ! ふざけた冗談はやめろ高雄っ!」
「なんなんだあんたはっ! だったらみんなに聞いてみろっ!」
「みんな……」
チーム全員の冷たい視線が流星を刺す。
「流星さんどうして……」
「どうして志貴緒さんを……」
メンバーの言葉を聞いて流星は戸惑う。
「ど、どういうことだ……? なにがあった? 一体……?」
「どういうこともなにもねえだろっ! あんたが志貴緒さんを殺したくせにっ!」
「そんなことをするはずがないだろうっ! お前たちはどうかしているっ! 志貴緒はどこに行ったんだっ!」
「まだそんなことを……」
パン。
と、手を叩く音に皆がそちらに注目する。
「仲間割れはよせ。いいだろう。あたしがお前たちを仲直りさせてやるよ」
「なんだと? 君もなにを言って……」
「日生流星だったか? 女を殺したのはお前だよ。あたしのスキル『魅了惑の瞳』であたしに惚れて言うがままに殺したのさ」
「な、にを……?」
「このスキルは男があたしへ微塵でも好意を持てば、それを無限に増幅させて惚れさせちまう。惚れさせちまえば言いなりだ。親兄弟でも家族でもあたしが言えば迷うことなく殺す。わかったか? あたしの言いなりに、お前は恋人を殺した」
「嘘だ……」
流星は焦げ跡の前で膝をつく。
「お、俺がそんな……うわああああああっ!!!」
叫びがダンジョンの階層に木霊した。
「いいねえ」
喚く流星を白髪の女はうっとりした様子で眺める。
「あたしは他人の幸福が大好きだよ。こうして破壊したときの愉悦を得られるからね。今までしあわせでいてくれてありがとうと言いたい。あたしに愉悦を与えるために今まで大事に一生懸命、必死になって幸せを手に入れて守ってきてくれてありがとうとね」
「ぐううううっ!!! 貴様ぁぁぁっ!!!」
流星の右手が白い髪の女へ向く。
「無駄だ」
「うう……っ」
しかし流星の手から炎が出ることはない。
「日生……さん?」
立ち上がった流星の目はふたたび虚ろとなっていた。
「ど、どうして? 志貴緒さんを殺したこんな女に好意なんて微塵も無いはず……」
「本能というやつさ」
白い髪の女が嘲笑うように言う。
「どんなに憎くても、嫌っていても、美しいメスを前にすればオスの本能でわずかに好意を持ってしまう。男であるならばこのスキルから逃れるのは不可能」
「くっ……男はみんな目を瞑れっ! あの女の目を見るなっ!」
「瞳というスキル名に勘違いしたか? 違うぞ。あたしの瞳をお前らが見る必要は無い。一度でもあたしを瞳に映せば『魅了惑の瞳』は発動できる」
「あ、うう……」
エレメンタルナイツの男性メンバーの目が虚ろに染まっていく。
……その後は悲惨であった。




