第58話 エレメンタルナイツに訪れた悲劇(日生流星視点)
チームメンバーを連れて中層のなかほどに到達したエレメンタルナイツのリーダー日生流星は、魔物を倒しつつダンジョンを歩き回る。
メンバーと連携をして魔物を倒し、素材はだいぶ集まった。
このまま深層へ行って順調に素材を集めていけば、今大会も優勝を狙えるだろう。
スマホで大会の中継を見るが、自分たちがもっとも先へ進んでいて素材も多く集めているようで、他チームのほとんどがまだ中層に入ったところだった。
「日生さん、今回の大会も余裕で優勝ができそうですね」
サブリーダーの月胸高雄がはつらつとした声でそう言う。
「他のチームもまあまあ順調そうですけど、俺たちが一番ですよ」
「はあ……」
自信満々な高雄の背後で女がため息を吐いた。
「高雄、そういう自信過剰なところはあんたの悪いところだからね」
「し、志貴緒さん……」
跡間志貴緒。
エレメンタルナイツの女性メンバーで流星の恋人でもある。
「女王様のチームはまだ来てないみたいだし、来れば一気に逆転される可能性もあるんだよ? 油断大敵」
楽観的な高雄に対して、志貴緒は冷静に状況を見ていた。
今大会も参加しているのは大手のチームばかりだ。前大会では強力なライバルだったチームも多く参加しており、まだまだ油断はできない。
もっとも警戒すべきはやはりブラック級の女王様を擁するアカツキのチームだろう。今はリードしていても、気を抜けば一気に逆転されるのは想像に難くない。
「そうだぞ高雄。他のチームも前回よりメンバーの強化をして、優勝を目指している。気を抜いていれば足をすくわれるぞ」
「は、はい。そうですね」
「うん。この大会が終わったらお前がエレメンタルナイツのリーダーだ。リーダーは状況を冷静に判断してメンバーを率いらなければならない。有利に思っても、楽観的には考えず最後まで気を引き締めるんだ」
「わかりました。けど俺に日生さんの代わりが務まりますか? やっぱりこのまま日生さんがリーダーを続けてくれたほうが……」
「俺はもう十分にこのチームでリーダーをやった。これからは自分のやりたいことをしながら探索者を続けるつもりだ」
「異形種を退治とか、ダンジョン内で起こる事件の解決ですか? そんなの女王様とか他の探索者に任せておけばいいじゃないですか。日生さんがやらなくても」
「そうかもしれない」
女王様や他の探索者、国家ハンターにでも任せておけばダンジョンの平和はそれなりに保たれるだろう。しかし、
「俺は今まで自分のためチームのために探索者をやってきた。これからは誰かのため、ダンジョンの平和を守るために探索者をやりたい」
流星の意志は固い。
考えを変える気は毛頭なかった。
「それに、ね」
志貴緒が流星の腕を取って組む。
「あ、もしかして日生さん……」
「ああ、婚約してな」
お互いに手を上げて婚約指輪を見せる。
「レア素材で作ったすごい頑丈な指輪なの」
「へえ」
「わたしたちの愛ほどじゃないけどね」
そう嬉しそうに言う志貴緒に高雄は笑顔を返す。
「じゃあ結婚もあってってことで?」
「いや、それとな……」
「お父さんになるんだし、忙しいチームのリーダーなんてやってられないよね」
「お、お父さん? って……」
志貴緒の言葉を聞いた高雄は一瞬きょとんとなるが、
「ああ。生まれるのは結婚したあとになるな」
「お、おめでとうございますっ!」
高雄が祝福の言葉を述べると、続いてチームメンバーも拍手と祝福の声をあげた。
「ありがとうみんな」
「はははっ、全世界のみんなも祝福してくれてますよ」
中継用のドローンへ向かって高雄が言う。
「そうかもな。結婚式にはみんな招待するからぜひ出席してくれよ」
「もちろんですよっ。みんなで盛り上げるんで、広いとこでやってくださいよっ。料理も超豪華でよろしくお願いしますっ」
「ははは、わかったわかった」
仲間の温かい声に流星の頬は緩むが、すぐに表情を引き締める。
「リーダーを任せることでお前には負担をかけてしまうが、エレメンタルナイツを頼んだぞ。月胸リーダー」
「はいっ! って、今は日生さんがリーダーですよ。まだ早いですって」
「ふふ、そうだな」
高雄はまだ若く、やや迂闊なところもある。しかしチームメンバーからの信頼は篤いし、いずれは自分を超える立派なリーダーになってくれると流星は信じていた。
「引き止めるようなことを言ってすいませんでした。日生さんがチームを去っても、俺が立派にエレメンタルナイツを率いていくので安心してください」
「ああ、頼んだぞ」
力強い高雄の言葉を聞いて、流星は微笑みつつ頷いた。
「さあ、どんどん魔物を倒して素材を集めるぞ。圧倒的大差で優勝して、エレメンタルナイツが国内最強のチームであることを知らしめてやろう」
「おーっ!!!」
チームメンバーの上げた声を聞いた日生は前へと向き直り、魔物討伐を続けた。
それからしばらく進むと、
「……うん? 流星」
「どうした?」
志貴緒の呼び掛けに流星は足を止める。
「あそこに誰か……」
「なに?」
志貴緒の指差す方向へ目を向ける。
そこには長く白い髪の女が彷徨うように歩いていた。
「あれは……」
探索者らしい装備も纏っていない。
一般的な服装をした若く美しい女がそこにいた。
ここがダンジョンの外ならばなにも変に思うことは無い。しかしここはダンジョンの中だ。普通の少女がいるなどあり得ることではない。
「あ……」
流星たちに気付いたのか、女の目がこちらを向く。
「あ、あのっ! た、助けてっ!」
「助けてって……君はなぜこんなところにいるんだ?」
「わたしは上層で魔物を狩っていた探索者なんですっ! 魔物を誘き寄せるためにと、グレートチームの参加チームにここへ連れて来られてしまって……」
「連れて来られた?」
「はい。魔物を誘き寄せる囮にするとかで……けど逃げて来たんです。だけどわたしは上層の魔物しか倒せないので、ここから帰れなくてどうしたらいいか困っていて……」
「なるほどな」
強い魔物ほど賢く、上級の探索者を警戒する。弱い者を囮として使えばレア素材を持った強力な魔物を誘き出せると考えたのだろう。
ルール違反以前に、なんとも卑劣で悪質な行為をするチームが大会に参加していることに流星は憤りを覚える。
「……へっへっへ」
そのとき周囲から下衆な笑い声が響く。
エレメンタルナイツのメンバーを囲むように、覆面を被った集団が現れた。




