第47話 迫るアカネちゃん
「なんだろう?」
休日に今すぐ来いなんてのは小田原がいたころに何度かあったが、そうだったら嫌だなと思いつつ俺は電話に出る。
「はい」
「あ、先輩ですかー?」
声の主は後輩の相良早矢菜だった。
「お休みの日にごめんなさーい。ちょっと聞きたいことがあって」
「あ、そうなの」
呼び出しではなくホッとする。
「はい。で、あの、酒井間工業さんの担当者さんが変わったじゃないですか。それでその担当者さんと連絡を取りたいんですけど、電話番号ってわかりますか?」
「ああそれだったら……」
「コタロー誰なの?」
と、アカネちゃんが唐突に声を出す。
「あれ? 女の子の声? もしかして先輩今、女性と一緒なんですか?」
「あ、いやその……」
「なんか聞いたことのある声だったような……もしかして社長の娘さんと一緒なんですか?」
「そ、それはそのあの……」
「陰キャの先輩が休日に出掛けるわけないですし、もしかして自宅ですかっ? 自宅に女子高生を連れ込んでるんですかっ! まずいですよ先輩っ! おっぱい揉んじゃいましたかっ! もうやっちゃったんですかっ! 出しちゃったんですかーっ! あーっ! 職場から2人目の逮捕者がーっ!」
「酒井間工業の新しい担当者さんの電話番号は俺の机の一番上の引き出しに名刺が入ってるからそれ見てっ!」
「あ、はーいわかりましたー。誰にも言いませんのでごゆっくりー」
そこで電話は切れた。
うーん、とんでもない弱味を握られてしまったような気がする。
おっぱいの大きいかわいい女の子が俺を脅したりするわけないと信じよう。
「仕事の話?」
「うん。まあね、って、うおおっ!?」
アカネちゃんはいつの間にか移動してきて、俺の脚のあいだに座っていた。
「ア、アカネちゃん……」
「また近いって言う? いいでしょ別に」
そう言ってアカネちゃんは俺の胸へと背を預ける。
温かい。
アカネちゃんの背中から俺の胸へと温もりが伝わってくる。
こ、これはまずい……。
このままうしろから抱き締めろという欲望からの命令を必死で無視し続けるも、両の手が俺の理性に造反をして動き始めていた。
いかんいかんいかんっ!
消えかけている理性で必死に欲望を抑え込む。
異世界で魔王をやっていた頃だって女に誘惑されたことは何度もある。
しかし耐えてきた。一度だって女の誘惑に敗北したことはない。だが……。
アカネちゃんは魅惑的過ぎる。
こうして身体が触れ合っているだけで理性という城が陥落しそうだった。
「うん? コタローって結構良いパソコン持ってるんだね。見てもいい?」
「ああうん……」
立ち上がって俺から離れるアカネちゃん。
ホッとしたような残念なような、複雑な気持ちで俺は一息つく。
……ん? パソコン?
アカネちゃんが来る前まで、俺はパソコンでなにかを見ていたような……。
「あ」
と、アカネちゃんが小さく声を上げる。
瞬間、俺はパソコンでエロ動画を見ていたことを思い出す。
「ア、アア、アカネちゃんっ!」
慌てて立ち上がった俺だがもう遅い。
パソコンのモニターには俺がさっきまで見ていた巨乳もののエロ動画が画面いっぱいに流されていた。
「……」
それをじっと眺めるアカネちゃん。
その背後で俺は声にならない声を出していた。そして、
「ごめん……」
俺は良くても。女の子が見て楽しいものでもない。
見られて恥ずかしいという感情よりもそっちが優先されて俺は謝った。
「なんで謝るの?」
「えっ? だ、だって女の子はそういうの見たくはないだろうし……」
「好んでは見ないけど、見たからって嫌な気分になったりはしないよ」
「そ、そう?」
俺のイメージではこういうものを見た女の子は「きゃーっ! 最低っ!」と叫んで、男をビンタするものだと思っていたが。
「コタローは女の子に幻想を持ち過ぎじゃない? 女の子だってエッチなことには興味あるし、そういう知識はいっぱいあるよ」
「そ、そうなんだ」
確かに今はネットも普及してエッチな知識も得やすい。俺が考える10代の女の子は古いイメージなのかもしれなかった。
「コタローはこういうの好きなんだ?」
「えっ いやまあその……」
「恥ずかしがることないんじゃない? 男なら普通だし」
「それはまあ……そうだけど」
パソコンから離れたアカネちゃんが俺の前へと座る。
「わたしにああいうことしたいって思う?」
「そ、そそそそそんなこと……」
あります。
さすがにそんなこと言ったら引かれ……。
と、アカネちゃんがぎゅっと俺の身体に抱きつく。
「ア、アアカネちゃんっ?」
「したいって思うの?」
グイっと豊満な胸を押し付けられる。
「ぬほぉぉぉっ! したいですーっ!」
言っちゃダメな言葉が口から飛び出てしまう。
「したいんだ」
「いいいいいやあのそのっ!」
「いいよ。別に」
「え、ええっ!?」
いいとはつまりそういうことなわけで、あのエッチ動画でしているようにアカネちゃんの魅力的な身体を俺が……。
「わたしだって小さな子供じゃないんだし、ひとり暮らしの男の人の家に来るってのがどういう意味かはわかるよ。だから……」
アカネちゃんは俺から少し離れて、豊満な自分の胸へと両手を置く。
「その……エッチなことしたければしてもいいよ。したいんでしょ?」
したいです。
俺の目はアカネちゃんのおっぱいに釘付けだった。
「でも勘違いしないで。わたし誰にでもエッチなことさせたりするような女じゃないから。こういうこと……初めてなんだからね」
「あ……」
それはつまりアカネちゃんは俺のことを……。
そうだとしたらそれはとても嬉しいことだ。しかし、
「……いや、ダメだって。エッチなことなんてそんな」
淫行で捕まるのが怖いとか、そういうことではない。アカネちゃんを大切に思うからこそ、俺は欲望を締め上げて自分を抑え込まなければならなかった。
「わたしがまだ16歳だから? でもそんなの黙ってればわからないじゃない?」
「そうだけど、アカネちゃんはまだ若いんだ。これからもっと素敵な男性に出会ったとき、俺みたいなおっさんに身体を触られたことを後悔するかもしれないだろう? もっと自分を大切にするべきだよ」
大人の男としてもっともなことを言った。
欲望を押し殺し、理性を立たせることができた自分を俺は少し褒める。
アカネちゃんもこれで冷静になり、もっと自分を大切に考えてくれるはず。
俺はそう思った。
「なにそれ?」
「えっ?」
しかし予想に反し、アカネちゃんはムッとした表情で俺を見上げていた。
「わたしは自分のことを大切に思ってるよ。簡単に男を好きになるような馬鹿じゃないし、コタローの部屋に入るのだってたくさん考えて覚悟もしたの。コタローに抱かれたって後悔したりしない」
「いやでも俺みたいなおっさんより良い男なんて世の中にはいくらでもいるのに、アカネちゃんみたいな素敵な女の子が俺に身体を許すなんて……」
「コタローを好きになったわたしの目を疑うの?」
「い、いや俺なんてアカネちゃんから好きになってもらうようなたいした男じゃないんだよ本当に。だから……」
「コタローはわたしのこと好きなの?」
「えっ? そ、それは……」
「嘘を言ってもダメ。また抱きついて本当のこと言わせるから」
「うう……」
ここで好きと言ってしまえばどうなるんだろう?
しかしどうなろうと、アカネちゃんと男女の関係になるわけには……。
「言わないならおっぱい押し付けて……」
アカネちゃんが近付いて来たそのとき、
ピンポーン
インターホンが鳴る。
「あ、だ、誰か来たみたい。宅急便屋さんかなー?」
天の助けかそれとも。
そんなことを考えながら俺はインターホンのカメラで訪問者を確認する。
外のカメラに映っていたのは、無未ちゃんだった。