第38話 大物VTuberとのコラボに賛成するが……
……あのあと、アカネちゃんは俺と一言も口を利かずに帰ってしまった。
あれから連絡も無い。
どうしたんだろうとちょっと不安であった。
そもそもなぜあんなに怒っていたんだろう?
護衛を離れたから? いや、そのことはそんなに怒っている感じじゃなかったか。
じゃあどうして……?
取り引き先との営業を終えて帰る道すがら、俺はそんなことを考えていた。
なにか怒らせるようなことをしたなら謝らないと。
しかし理由がわからないと謝りようも無い。
とはいえ、怒っている理由を本人に聞くのも無粋か。
「白面って格好良いよね」
道を歩いているとそんな声が聞こえてくる。
「うん。余裕で悪い奴らやっつけちゃうんだもんね」
「あんなに強いのにぜんぜんイキった感じしないのもいいよねー」
アカネと同じくらいの女子高生3人がそんな話をしていた。
白面ってもしかして俺のことか?
いや、俺は別に強くないし他の話かな……。
「VTuberのアカツキって、白面が出るようになってから人気上がったよね」
俺のことだった。
「あたし白面様のファンになっちゃった」
「わたしも。でもどんな顔してるかわからないよー。すごい不細工かも」
「いや、あの感じはイケメンだってー」
いや全然イケメンじゃないです。
普通のおじさんです。
「あれだけ強ければちょっとくらいブサでもよくない?」
「まあねー。あ、イケメンって言えば、大物ダンジョン探索系VTuberの桜ノーマンって、中の人がイケメンの大学生って噂あるよね」
「あーあるねー。もしかして白面の正体が桜ノーマンかも?」
「ないない。桜ノーマンってシルバー級だもん。あんなに強くないから」
他にもいろんなVTuberがいるんだな。
まあ当然だけど。
「ああー白面様ってどんなお顔なんだろー? 気になる―」
「わたしも。アカツキはどうでもいいけど、白面が好きだから配信見てる」
「わたしもー」
そういうファンもいるんだな。
俺なんか見てなにが楽しいのかさっぱりわからない。
「ねえ……なんか変なおじさんがこっち見てるよ。行こ」
「あ、うん」
こちらをチラと見た女の子たちは足早に行ってしまう。
「ははは……変なおじさんか」
まあそれが俺に対する真っ当な評価だろう。
白面の正体がこんな冴えないおっさんだと知ったらあの子たちもきっとがっかりするはずだ。
「ん? もしかして……」
あの子たちの話を聞いて、俺はふと思い当たる。
アカネが怒っていたのは、配信で白面が目立ち過ぎているからかもしれない。
確かにニュースとかでVTuberアカツキが話題にはなっているけど、アカツキ自身よりも白面について言及されていることが多い気がする。
悪いことしたなぁ。
俺はただの護衛なのだ。
それなのに配信で目立ち過ぎていたんじゃないかと反省する。
アカツキちゃンネルはアカツキが主役なのだ。
護衛のほうが話題になってはおもしろくなくて当然だ。
ちゃんと謝らないと。
あとで電話をして謝ろう。そう考えていると、
「うん?」
スマホが震える。
アカネからの着信だった。
「ア、アカネちゃん?」
俺は慌てて電話に出る。
「コタロー? ちょっと話があるんだけどいい?」
「あ、うん。俺も電話をしようと思ってたから」
「そう」
特に怒っている様子ではない。
しかしちょっと元気が無いような、そんな気がした。
「それで、話って?」
「うん。コタロー、桜ノーマンって知ってる?」
「あ、えっと、まあ」
さっきの女子高生たちが話しているのを聞いて初めて知った程度だが。
「そう。その桜ノーマンがアカツキとコラボしたいって話が来たんだよね」
「あ、そうなんだ」
人気のVTuber同士がコラボして話題、なんてニュースを見たことある気がする。桜ノーマンというVTuberも今話題のアカツキとコラボしたいと考えたのだろうと思った。
「どうしようか迷ってるんだけど」
「そうなの?」
「うん。一応、ビデオ通話で顔見て話したんだけどさ、その、結構イケメンで1流大学の学生らしいんだよね」
「そ、そう」
それを聞いて心が少しもやっとして不愉快な感情が心の底から湧いてくる。
しかしそれが声には出ないように努めた。
「それで、なんか2人でダンジョン探索の配信したいって」
「あ、俺はいないほうがいいってこと?」
「向こうはそうしてほしいみたい。それで迷ってて」
「そっか……」
俺がついて行けないのは心配だ。
だけど桜ノーマンは大物VTuberらしいし、コラボをすればアカツキの人気は今よりも上がる。それに俺が一緒だとまた俺のほうが目立ってしまうかもしれない。そんなことになったらせっかく大物VTuberとコラボしたのに、アカツキちゃンネルとしては台無しである。
「うん。じゃあ2人で行って来なよ。桜ノーマンって人はシルバー級らしいし、浅い階層なら大丈夫だよ」
「男と2人で行くんだけど? いいの?」
「だって向こうが2人で配信やりたいって言ってるんだし、そうしたほうがいいよ。大物とコラボすればアカツキちゃンネルも今より人気出るし……」
「もういいっ! コタローの馬鹿っ!」
「えっ? ちょ、アカネちゃんっ?」
通話を切られてしまう。
なにかむちゃくちゃ怒っていた。
やっぱり俺ばかり目立つことをまだ怒ってるのかな。
謝れなかったなと後悔しながら、俺は会社へと戻った。




