第35話 ずっと想っていたのに(鹿田無未視点)
「な、なにかの間違いだっ! きっと……きっと女王が俺の目に見えないように手を貸したんだっ! ふざけやがってっ!」
無未はなにもしていない。
それは本人が一番にわかっていることだった。
「おい女王様よっ! 抵抗したらどうなるかわかってんだよなっ!」
周囲にいる正気を失ったハンターたちが距離を詰めてくる。
「俺が頭の中で命令すればこいつらはすぐに自殺するんだぜっ! そうされたくなかったらてめえはおとなしくしてやがれっ!」
「くっ……」
蜘蛛糸から解放されても、彼らを人質にされていてはなにもできない。
「なるほど。ブラック級の彼女が捕らわれていたのはそれが理由か」
「そうだぜ。てめえもおとなしく……」
「黙れ」
そう言って小太郎が左右へ両手を広げる。すると、
「ぐあっ!?」
「うあっ!?」
周囲に迫っていたハンターたち全員が思い切り吹き飛んだ。
「な、なにっ!?」
「殺したければそうすればいい」
小太郎は冷たく言い放つ。
「俺にとっては彼女のほうが大切だ。彼らの命を守ることで彼女が傷つけられるのだったら、悪いが彼らには死んでもらう」
「お……仮面の君……」
無未はなにも言えなくなる。
本当は小太郎を止めなければいけないのかもしれない。しかし自分をこんなにも大切に思ってくれる彼の言葉が嬉しく、無未は止めることができなかった。
「て、てめえ……っ」
「彼らを殺すんじゃないのか? いや、殺せないよな。殺せば人質を失って不利になるのはお前のほうだからな」
「うるせえっ!」
怒声を上げた寺平の両手5指から蜘蛛糸が伸びて小太郎に絡んで捕らえる。
「てめえはうるせえんだ。ストーン級の雑魚がごちゃごちゃよぉ。どうせてめえも女王様に助けてもらって深層でレア素材をを手に入れようって考えてるんだろう? それで強くなる雑魚が俺は気に食わねえ。だから殺す」
そう言った寺平の右手が紫色に変色していく
「スキル『毒手』だ。これで触れたらてめえは跡形もなく消えて無くなるぜ」
「あ、ダ、ダメっ!」
小太郎を守るため自分のスキルを発動させようとするも、寺平を殺せば正気を失っている人たちの命が失われる。
それを考えてしまった無未の行動は遅れ、寺平の手が蜘蛛糸を掴む。毒手を通じて蜘蛛糸は紫色へと変色する。
「がははっ! これでてめえは死んだぜっ!」
「……」
しまったと、後悔する無未。
絶望に全身が冷える感覚を覚えるが……。
「これが毒か?」
「な……えっ?」
小太郎にはなんの変哲も無い。
平然と言葉を発していた。
「な、なんで俺の毒が効かねえんだっ!」
「毒なんて俺の身体には効かないだけだ」
「そ、そんなはずっ!」
「俺も毒は使えるぞ。試してみるか?」
「えっ? ぐあっ!? なんだっ!?」
紫色の蜘蛛糸が小太郎を通じて、今度は赤く変色する。
その赤味は蜘蛛糸を掴んでいる寺平の右手に移り……。
「ぐぎゃあああああっ!!!」
大声でわめき出す。
肌はペンキでも被ったようにすべて真っ赤になった寺平は、蜘蛛糸から手を離して地面を転げ回る。
「ぎゃあああっ!!! いだいいだいいだいいだいっ!!!」
「そりゃ痛いさ」
あっさりと蜘蛛糸を引きちぎった小太郎は、喚き散らしながら転げ回る寺平の側へ屈む。
「たいした毒じゃないから死にはしないよ。けど痛いだろう? それはそうだ。身体の中をライターであぶられているような痛みだろうからな」
「いだいぃぃぃっ!!! たずげでぐでーっ!!!」
「毒の効果は1年くらいかな」
「い、いぢねんっ!!! ぐぎゃあああっ!!!」
「まあこの毒を使われた奴は数分以内に自殺するけどな」
「いやだああああっ!!! じにだぐないぃぃぃっ!!!」
「だったらお前のスキルで正気を失った人たちを元に戻せ」
「わ、わがっだぁぁぁっ!!! わがっだがらごのいだみをなんどがじでーっ!!!」
「元に戻すのが先だ」
「うがああああっ!!!」
一層に大きく叫ぶ寺平。
やがて周囲の倒れているハンターたちの身体から寄生虫が姿を現し、寺平のもとへと集まって来る。
「も、もどにもどじだぁぁぁっ!!! は、はやぐたずげでぇぇぇっ!!!」
「いいだろう」
転げ回る寺平に小太郎が触れると、肌の赤味が消える。
「う……が……」
痛みが無くなったらしい寺平はその場にぐったりと仰向けになる。
「寄生虫のスキルはどの装備だ?」
「う……」
「もう一度、同じ痛みを味わいたいか?」
「うう……」
観念したように寺平は耳にぶら下がっているピアスを指差す。
「これか」
「いっ……」
躊躇など見せず、小太郎はそれを寺平の耳から引きちぎると即座に握り潰す。
すると寺平の周囲で蠢いていた寄生虫は砂のように消え去る。
装備を破壊すればやはり寄生虫は消えるか。
寺平の言葉に惑わされ、もしもを恐れて攻撃できなかった自分はまだ未熟だと無未は反省した。
「が……はっ」
それから寺平は白目を剥いて気を失った。
「小太郎おにいちゃん……」
声をかけると、振り返った小太郎は仮面をとって無未へ微笑みかけた。
「無事でよかった」
小太郎の手がポンと無未の頭に触れる。
その瞬間、無未の目に涙が溢れてきてしまう。
「な、無未ちゃん?」
「うええええーんっ!」
涙が止まらない。
悲しいのではない。痛いのでもない。もう大人なのに、無未は子供のように大声で泣き続ける。
無未の心は不思議な満足感に満ちていた。
どんなに強くなっても、どんなに強い魔物を倒しても得られなかった満足感を、無未は今この瞬間に得ている。
そして気付く。
魔物を倒すのが楽しかったんじゃない。強い魔物と戦うことで危機に陥り、そこへ小太郎が助けに来てくれる。それを無意識に期待していたことを。
だから魔物を倒してしまうとひどくがっかりした。こんな程度の敵では小太郎が助けに来てはくれない。もっと強い魔物と戦って危機に陥らなければ……。
強い魔物に襲われ、いつかのように小太郎が助けに来る。そして泣いている自分の頭をやさしく撫でてくれる。それをずっと……期待していたのだ。
「小太郎おにいちゃんごめんなさぁぁいっ! うあぁぁぁ~んっ!」
「ど、どうして謝るの?」
「だって……わたし、素直じゃなくて……ひっく、小太郎おにいちゃんのこと忘れてなんかいないのに……うう……再会したとき泣けなくて……」
きっともう会えないと思っていた。そんな小太郎が目の前に現れ、嬉しさで泣くよりも戸惑いでどうしていいかわからなかった。だから普通を演じてしまった。
忘れてなんかいない。本当はずっと想っていたのに……。
「再会して泣くだなんてそんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないよっ。行方不明になって……17年も会ってなかったんだからっ。もう会えないって……諦めてたんだから……」
涙声でそう言うと、小太郎は悲しそうに眉尻を下げて無未を見つめた。
「……そうだね。ごめん。無未ちゃんがそんなに俺のことを心配していてくれたなんて知らなくて……本当にごめん」
「ううん。いいの。小太郎おにいちゃんが無事に戻って来てくれたんだから……。うう……。うわぁぁぁんっ!」
「泣き止んでよ無未ちゃん。もう子供のころみたいに泣き虫じゃないだろう?」
「だってだって、うわぁぁぁん……」
頭を撫でてくれる小太郎の前で無未はわんわん泣き続ける。
子供のころ小太郎に助けてもらったあのときのように……。
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