第282話 戸塚の解決案を拒否
神に会ったら俺の勃起不全を治せと言うつもりだった。
だが今はもっと重要なことがある。
「お前が奴に力を与えたのか?」
「ええ」
女神はニッコリと微笑んでそう答える。
「あんな危険な奴にあれほどの力を与えるなんて……。一体なにを考えているんだ? 世界を滅ぼす気か?」
「あなたが彼という災難を倒すことができなければそうなるでしょうね」
そう答える女神は慈愛に満ちたような表情だ。
女神は世界を滅ぼす気でこんなことを?
いや、それならば自らの力で滅ぼせばいい。小田原に力を与える必要などないはず……。
俺を勃起不全にしたり、小田原に力を与えたり、女神の目的がわからなかった。
「これがあなたに与える最後の災難になります。災難を乗り越えたとき、あなたは最高の栄誉を得ることになるでしょう」
「ま、待てっ!」
止める言葉も虚しく神はその場から姿を消す。
女神がなにを考えているのかはわからない。
しかしそれを知る前にまずは小田原という災難をどうにかしなければならなかった。
……
それから小田原に扇動された多くの人間たちが世界各地で反魔王の旗を掲げ始めた。国単位で反魔王に傾く地域もあり、事態は想像を超えて大きくなっていった。
「はあ……」
俺は各地へと赴き、転移魔法で反乱軍を鎮圧している。反乱を起こしている人間たちは小田原に扇動されて行動を起こしているだけだ。魔王軍に攻撃させるわけにもいかず、俺の転移ゲートで家に帰すしかなった。
しかしキリが無い。人間が魔物に変えられる事態も相変わらず起こっているしで、世界はむちゃくちゃな状態であった。
小田原の消息も依然として掴めていない。
事態の収束がまったく見えず、俺はかなり焦っていた。
……そんな折、俺に会いたいという人物が謁見を求めてくる。なんの目的で会いに来るのかはわからないが、断ると面倒そうなので会うことにした。
「それで、どのようなご用件でいらしたのですか?」
背後にマスコミ連中をゾロゾロ連れている女に俺は尋ねる。
謁見を求めてきた相手は崇神教の教皇である女だ。創世の神……つまり俺を勃起不全にしたあの女を崇拝している宗教の教皇である。
「はい。今日は魔王陛下に重大なお願いをしに参りました」
「マスコミを連れて来るなど聞いておりませんが?」
「全世界の人に知ってほしいのです。それとも知られて困ることがなにか?」
「……」
あの神を信仰している宗教の教皇だ。
なにか妙な思惑があるのではと疑ってしまう。
「重大なお願いとは?」
「率直に申し上げます。魔王陛下。罪を受け入れて潔く自害をなさってください」
「……」
想像以上におかしなお願いに俺は言葉を失う。
「そのつもりはありません」
「罪を認めないと?」
「そもそも罪などありません。例の魔王軍が人を殺した動画のことをおっしゃっているのでしたら、あれはフェイクです。事実ではありません」
「しかし多くの人があなたを悪として非難しております。胸の大きな美しい女性を優遇するなどおかしなこともしていますし……」
「おかしなことじゃありません。巨乳美女は正義」
「……ともかく、あなたに正義はありません。死ぬべきです」
「その気はありません」
「ふっ……」
教皇の女は小さく笑い、そして振り返ってマスコミ連中のほうへ向く。
「魔王は罪を認めず、この愚かな争いを続けようとしています。みなさま、これが彼の本性です。彼を許してはなりません。悪として断じ続けようではありませんか」
カメラを前に声高く教皇はそう言う。
「お話は終わりですか?」
「ええ。それでは魔王陛下。会うのはこれで最後になるでしょう」
「そう望みたいですね」
大袈裟に礼をした教皇はマスコミ連中を連れて帰って行く。
それを見送った俺は大きくため息を吐く。
「だいぶ疲れているようだね」
「うん?」
玉座に座ってぐったりとうな垂れる俺の前へ戸塚が姿を現す。
ゴーレムとは言え、こいつが幼女の姿なのは今だに慣れない。
「解決する方法があるよ」
「本当か?」
こいつは今までにも難しい事態を解決に導いてくれた。
今回もなにか良い案を思いついたのだろうか?
「ああ。簡単だよ。君に逆らう人間たちをすべて皆殺しにしてしまえばいい」
「は?」
こいつはなにを言って……いや、こういう奴だったか。
別に驚くことでもなかった。
「君に逆らう人間すべてを殺して恐怖で世界を支配するんだ。君ほどの力があればそれは可能だろう? むしろなぜそうしない? なぜ数が多いだけの弱者に君が怯える必要がある? 逆らう者を皆殺しにして力で支配すれば世界は平和に纏まるじゃないか。そうしない理由がない」
「俺はそういう類の人間じゃない」
確かにこいつの言う通り逆らう人間をすべて殺して恐怖で支配してしまえばこの事態は収まるかもしれない。しかし俺は普通に育った平和的な考えの男だ。そんな非道なことはできない。
「決断をするんだ。あの小田原という男は君の甘さにつけ込んでこんなことをしてきている。君が甘さを捨てれば、奴もやり方を変えてくるはずさ」
「小田原に扇動されてる人たちを殺せば俺は本当に世界の敵になってしまう。それこそ小田原の思惑通りだ。奴は俺がしびれを切らせて非情になるのを待っている。俺はそう思う」
邪悪なあの男のことだ。
本当の意味で俺を魔王にして、さらに世界を反魔王で煽るつもりだろう。そんなことをさせるわけにはいかない。
「ならこのまま好きにやらせるのかい?」
「全世界に指名手配をして小田原を探している。奴を見つけて始末すれば終わることだ」
「けれど奴を始末しても奴が煽った反魔王の機運は無くならない。反魔王の機運を収めるには、人間を魔物化した事態の首謀者が奴だと暴かなければならない」
「それは……奴を始末したあとにでも考えるさ」
「ふむ……」
なにやら戸塚はやれやれとでも言いたげに鼻を鳴らし、それからため息を吐く。
「君は世界を支配できるだけの強さを持っている。けれど理想主義者だ。そしてその理想を実現できるほどかしこくもない」
「わかっている。けど、俺に非情なことはできない」
「それが君の弱さだよ」
そう言って戸塚は俺に背を向けて部屋から出て行く。
なにを考えているのか?
最後に冷たく笑った戸塚の顔に、なにか不穏なものを感じた。




