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第270話 想いを遂げられなかったイレイア

 踊り場の先にある階段を上り、先へと進む。

 と、やがて正面に大きな扉が見えた。


「ここにイレイアがいるの?」

「たぶんね」


 ジグドラスの言う通りまっすぐに来てこの扉に突き当たった。

 ならば恐らくここが魔王の間だろう。


「行くよ」

「うん」


 アカネちゃんの手を取り、俺は扉を押して中へと入る。


 中には広い空間が広がっており、奥には玉座が見えた。


「ようこそ。先代魔王」

「イレイア……」


 その玉座には尊大な態度でイレイアが座っていた。


 外見はかつて会ったときと変わっていない。

 しかし以前にあったような真面目で正義感溢れるような雰囲気は消えており、すべてを見下すような支配者の空気を纏わせていた。


「変わったな」

「ふっ、あなたはなにも変わっていないようですね。今だにそのような女を愛しているとは……。少しの成長も無い愚か者のままです」

「成長とか関係無い。俺は正しく生きているだけだ」

「それが間違いであると気付けないのが愚かなのですよ」


 眉間に皺を寄せたイレイアの目が鋭く俺を睨みつける。


「ここへ来たのならば覚悟があるということでしょう。あなたを始末して、私は私のやるべきことをします」

「巨乳美女を迫害することや、世界吸収で世界を混沌に陥れることがお前のやるべきことか? そんなことになんの意味がある? なんでそんなことをするんだ?」

「すべての世界を吸収して、私の考えをすべての世界に守らせる。そこにいるような女や、それを持て囃す人間などすべての世界から駆逐するのが私の目的ですよ」

「なぜお前はそこまで巨乳美女を憎むんだ?」

「そんなこと……あなたには……」


 イレイアは表情を歪めて俺から視線を逸らす。


 俺には言えないことなのか? それは一体……?


「……あなたをここで始末する。あなたを始末することが、私にとってひとつの決着となる。私の中にある邪魔なものを完全に消し去ることができる」

「どういう意味だ?」

「知る必要は無い。永遠に」


 イレイアの右手に力が溜まっていく。

 小さい光だが、それには世界を破壊できるだけの力が込められていた。


「貴様が力の集合装置に施した封印は解いた。全力で貴様を葬ってくれる」

「まてっ! お前は天使に唆されているだけだっ! 目を覚ませっ!」

「天使……。そうか。グラディエが天使ということはすでに知っていたか」

「ああ。奴になにを吹き込まれたかは知らないけど、お前は奴に利用されているだけだ。かつてのお前に戻れ。正義を愛したかつてのお前に……」

「グラディエは神の意向で動いている。ならば奴の言葉は正義だ」

「巨乳美女を迫害することや、世界吸収をして世界を混沌に陥れることが正義だと言うのか? そんなわけはない。やっていることはお前の身勝手じゃないか」

「黙れ。神が正しいと言えば黒い物も白だ。神に逆らうお前こそが悪。正義の名のもとに今ここで貴様を排除してやる」

「くっ……」


 説得は無理か。

 ジグドラスには悪いが、やはりイレイアを始末するしか……。


「ああ、つまりあんたはコタローが好きだったってわけね」

「えっ?」


 いきなりなにを言い出すのか?


 アカネちゃんの言葉に俺は困惑する。


「な、なんだと?」


 イレイアはなにを思ったか、表情をしかめている。


「な、なにを言っている下賤な女め。わけのわからないことを……」

「あんたは巨乳じゃないからコタローから女として見られなかった。そのことが憎くて堪らない。だからコタローを逆恨みして、コタローの好きな巨乳美女を迫害したりしてるんでしょ?」

「なにを馬鹿なことをっ!」


 尊大な態度で玉座に座っていたイレイアが声を荒げて立ち上がる。


「私がこの男に好意を持っていただとっ? ふざけたことをぬかすな下賤な乳腫れ女めがっ! 私は美しく気高く、知性のある女なのだっ! 女の良し悪しを乳のあるなしで判断するような、こんなスケベが服を着たような男にこの私が惚れて、フラれるなどあるはずがないだろうっ!」

「スケベが服を着たような男……」


 否定はできないので黙り込むしかなかった。


「コタローは確かにスケベだし、わたしも最初はスケベが服着たようないやらしいおっさんだと思ってた」

「そうなんだ……」


 けどまあ出会いを思い出せばそれもそうかと納得するしかなかった。


「だけど一緒にいたらいつの間にかすごく惹かれてて、もっとコタローのことを知りたいと思った。知ってそれで大好きになった。強いだけじゃなくて、実は弱くて格好悪いところもあって、そこがかわいくも思えたりしてね」

「ふん。貴様がこの男に好かれているのは外見だけだ。その外見が無ければ、この男は貴様に見向きもしないだろう」

「出会ったころならそうだったかも」


 と、アカネちゃんは俺の腕を抱く。


「ねえ、コタローはわたしのおっぱいが無くなっちゃったら嫌いになる」

「そんなことはあり得ない」


 自然に口から言葉が出て、俺は少し驚く。


 巨乳美女しか女とは見做さない。

 そんな俺の口から出た言葉とは思えなかった。


「コタローとわたしはもうすごくお互いを大切にし合っているの。最初、わたしは強いからコタローが好きだったけど、今はもうそんなことどうでもいい。コタローが世界で一番に弱くなっても好きって気持ちは変わらない」

「アカネちゃん……」


 アカネちゃんの強い想いを聞かされて俺は心が熱くなる。


 俺にとってアカネちゃんはもうなくてならない存在なのだ。

 巨乳美女だからとか関係無い。アカネちゃんという女性が、俺は好きなんだ。


「あんただって、心の底から想えばわたしたちみたいに愛し合う関係になれたかもしれない。けどあんたはコタローを知ろうとしなかった。強くて巨乳美女好き。それしか知らないから、コタローと愛し合う関係にはなれなかった」

「だ、黙れ黙れっ! 口ではなんとでも言えることだっ!」

「わたしたちは愛し合ってるからわかるの。言葉が嘘かどうか。ね?」

「う、うん」


 そもそも俺はアカネちゃんを傷つけるような嘘は言わない。

 それはアカネちゃんも同じだと思う。


「神の意向とか言ってるけど、あんたはコタローと恋仲になれなかったことが悔しくてむちゃくちゃやってるだけでしょ? 神の意向ってことにして」

「黙れっ!!!」


 イレイアは怒鳴り声を発してアカネちゃんを睨む。

 そして力を失ったようにうな垂れた。


「わ、私は……っ! うう……。なにをやっているんだ私は……? こんな……こんなことをして一体なにになる? なにが満たされる? あまりに惨めだ……」

「イレイア……」


 イレイアには俺への想いがあったというのか? それに気付かず、知らぬうちに俺は彼女を傷つけてしまった。そうだとすれば、今回のことでイレイアだけを攻めることはできない。巨乳美女ばかりを見ていた俺にも責任はあるように思う。


「すまないイレイア。知らなかったこととは言え、俺はお前をひどく傷つけてしまっていたようだ」

「ま、魔王様……」


 イレイアの目が、かつての正義感あるものに戻ったように見えた。……そのとき、


「心変わりしてもらっては困りますよ」


 玉座のうしろに転移ゲートが現れ、そこから天使グラディエが姿を現した。

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