第251話 白面の正体を知るイレイア(イレイア視点)
セルバスの敗北を奴の部下から報告されたイレイアはイラついていた。
2人の大陸魔王が奴に殺された。
これは由々しき事態だ。
「それで、例の施設に潜入させている機甲警察の捜査官は白面の素顔を見たのだな? どんな奴だと報告してきた?」
「は、はい。年齢は30代ほどで、名前は小太郎と呼ばれていたそうです」
「こ、小太郎……」
玉座に座るイレイアは前屈みになって頭を大きく垂れさせる。
やはり白面の正体はあの男だった。
あの男だったならば、大陸魔王が殺されたのも納得できた。
「い、いかがいたしましょう? すでに全世界へ討伐命令は出されていますが、大陸魔王を超える者が相手では討伐は困難を極めるかと……」
「貴様に言われなくてもわかっている! 失せろ!」
「は、はいっ! 失礼いたしましたっ!」
セルバスの配下を追い払ったイレイアは、怒りを落ち着けるようにため息を吐く。
力のほとんどを失っていても元魔王だ。
自分以外の誰かでは討伐などできないだろう。
「やはり奴の討伐へは私が直々に……」
「お待ちください」
と、そのときグラディエが声を上げる。
「報告に依りますと、奴は試作品の集合装置を手に入れております。イレイア様でもそう簡単に討伐することはできないでしょう」
「ではどうしたらいいのだ?」
「集合装置は他者の身体にあり、そこから力を譲渡されているようです。なので集合装置の持ち主を殺害したのち、装置を取り出して力を逆流させて奴を弱体化させるのがよろしいかと」
「そんなことが可能なのか?」
「そもそも力は装置に集まるものです。体外にある場合は装置のほうへ力を戻すことは可能です」
「だが、その装置を持っている奴の側にはあの男もいるだろう。簡単にはいくまい」
「あの男の側から装置の持ち主を引き離す方法は私にお任せください。弱体化に成功したのち、イレイア様のお力で討伐されるのがもっとも安全な討伐方法です」
「ふむ……。しかしまだ奴の身体にはそれほど力は戻っていないだろう。そんな面倒なことをしなくても、早々に始末しても私は良いと思うが?」
「それでも奴と戦えばイレイア様の力は大きく消耗されるでしょう。それでは世界統一計画が大幅に遅れてしまいます」
「むう……」
すべての異世界やパラレルワールドを統一する。そうすればより多くの力が手に入り、今よりもずっと強くなれる。そして世界のすべてをひとつに統一することで、わたしの考えを広めることができる。
……しかしそんなことしてどうする? 世界吸収によって統一された世界を作り、容姿の優れた胸の大きな女、それを好む者たちをすべて迫害する。だが、そんなことをした先に一体なにが……。
「イレイア、魔王様が戻られたのならばそのイスを返すべきだろう」
ジグドラスにそう言われてイレイアは眉をひそめる。
「馬鹿なことを。ありえないことだ」
「お前がそのイスに座ることを認めたのは、魔王様が不在となられたからだ。魔王様が戻って来られたのならば、魔王の座と力はお返しすべきだ」
「貴様……っ」
「ジグドラス殿」
怒りの声を上げようとしたわたしの言葉を遮ってグラディエが口を挟む。
「魔王の立場から自らの意志で退いた者を戻すなど愚かなことです。イレイア様は大魔王としてなんら問題無く世界を治められています。先代に立場と力をお返しする理由などどこにありましょうか?」
「イレイアの力は封印されていて不十分だ。魔王様にお戻りいただき、力の封印を解いて世界を治めていただいたほうがいい」
「先代の使用していた力は封印されていますが、その後も装置は残滓を集めています。いずれは先代の封印した力を解放できるほど力も溜まることでしょう」
「イレイアは大魔王の器ではないっ!」
「撤回していただきましょう。それは大魔王様に対する侮辱です。撤回をしないというのであれば、私がこの場であなたを……」
「もういいっ!」
わたしがそう叫ぶと、2人は表情を固めて黙り込んだ。
ジグドラスはあの男に忠誠……いや、信仰に近い信頼を置いていた。こうまで言うのも当然だ。しかしあの男を魔王に戻すなど、そんなことは絶対に認めるわけにはいかなかった。
「グラディエ、先代の討伐は貴様に任せる」
「はい。つきましては大陸魔王様のお力も借りたいと思いますが」
「好きにしろ」
「はい。それと……」
グラディエが右を向くと、そこへ何者かが転移をして来る。
ピッチリとした黒いライダースーツを着た黒仮面の女だ。
当たり前だが胸は平たく、顔の美醜は仮面に覆われてわからなかった。
「その者は?」
「大陸魔王候補として私が連れて来た者です。名はロゼッタと申します」
「……」
その女は口を利かず、ただ黙って俯いていた。
「無口な女です。お許しください」
「構わん。仕事を間違いなくこなせるのならばな」
「実力は私が保障いたします。いずれは大魔王様の眷属にもなれるかと」
「ふん。ならばあいさつくらいはできるように教育をしておくのだな」
「はい。では私はこれにて」
と、グラディエとロゼッタは転移魔法で消える。
「ジグドラス、貴様は謹慎だ」
「イレイア……」
怒りでも悲しみでも驚きでもない、ただ憐れむような視線でジグドラスは私をじっと見ていた。
「イレイア、お前はグラディエに唆されているだけだ。元のお前は世界支配などに興味は無い、正義感のあるやさしい女だったはず……」
「……失せろ。お前と話す気は無い」
「……」
そう言う私から視線をはずし、ジグドラスは部屋を出て行く。
奴の言葉が心をくすぐったような気はする。
しかしもう戻れない。世界吸収による統一はもう始まっているのだ。今さら戻ることなどできるはずもなかった。