第246話 装置を完成させることができた雪華の秘密
「な、なに? どうなったの?」
慌てた様子のアカネちゃんに、俺は下がるよう目配せで伝える。
「あれはもう真の意味で魔王だ。攻撃を魔王眷属で防ぐこともできない」
「そ、そんなにヤバい奴になっちゃったの? か、勝てる?」
「……」
勝てるとは言えない。
俺の中にあるのは魔王の力だが残滓に過ぎない。対して向こうは力に飲まれているとはいえ、魔王の力そのものだ。力の差は歴然か……。
「ああ……それじゃあまずはお前らを殺してしまうか」
「イレイアのためにか?」
「イレイア? そんな奴はもうどうでもいい。あたしはあたしのために力を使う。あたしこそが最強だ。誰もあたしの上に行くことはできない」
……もう主であるイレイアへの忠誠心も消え去っている。
いまのこいつはもはや力の奴隷だ。
「さあ死ねっ!」
「むっ……」
こうなったら魔王眼で集合装置を手に入れる前を攻撃して……。
「……うん?」
セルバスが攻撃をしてこない。
なぜか固まったように動きを止めていた。
「私が寿命を使ってセルバスの時間を一時的に止めました」
そう言って千年魔導士は金色の杖を下ろす。
「しかしそう長くは止めてはおけないでしょう。私の寿命にも限りがありますから」
千年魔導士は寿命を消費して魔王の力を行使できる。
一時的にならばセルバスの動きを封じることは可能だろう。
「あんた寿命なんか使って大丈夫なの?」
「100年ほど消費しますが、まだ大丈夫です」
「ひゃ、100年っ? こいつを一時的に止めるのに寿命を100年も使ったのっ?」
「それくらいはしなければ止められないほどの力です」
そうだ。今のこいつは魔王の力を持っている。
しかしまだ集合装置が力を集め始めた段階だ。もしも充足に力を集めた状態であったならば、千年魔導士の力で止めることはできなかっただろう。
「そんなことしなくても俺の魔王眼で過去を攻撃すれば……」
「死にますよ」
「えっ?」
死ぬ。そう千年魔導士から言われた俺は息を飲む。
「魔眼、魔王眼は魔王の力が十分にある状態だから使える奥義です。魔王の力が十分に無い状態では通常、使用はできません」
「けど今の状態でも使えたぞ?」
「それは使用するのに足りない分を、魔王様の生命力から削っていたからです。変に思いませんでしたか? 魔王の力が大幅に減っているのに、魔眼、魔王眼の効果が変わらないことに」
「そ、そういえば……」
残滓しか残っていないはずなのに、魔眼、魔王眼の効果に変化はなかった。よくよく考えてみればそれはおかしなことだ。
「だから魔王の力が戻るまでは使用を控えたほうがよろしいでしょう」
「け、けど止めてどうする? 魔王眼が使えないんじゃ勝てる手段が無い」
現状は不利だ。そして奴の持つ魔王の力はまだ充足に集まってはいないが、少しずつ増えていく。俺が勝てる見込みは低かった。
「勝つ方法はあります」
と、千年魔導士の目が雪華へと向く。
「不思議に思っていたのです。雪華様が力の集合装置を完成させられたことを」
「ああ」
装置を開発した研究者が、魔王の力を使って新たに同じ装置を作ることができなくした。それが事実なら雪華が完成させられた理由は確かに謎である。
「それでもしやと思って雪華様の体内を調べたところ……発見いたしました」
「発見って……なにをだ?」
「集合装置の試作品を」
「な……っ?」
なにを言っているんだ?
雪華の中にそれがあるという意味がさっぱりわからなかった。
「ど、どういうことだ?」
「はい。装置の開発者である研究者は試作品を世界のどこかに隠したのではありません。これは私の勘違いでした」
「じゃあ……」
「はい。研究者は自らの魂に融合させる形で集合装置の試作品を隠したのです。つまり雪華様はその研究者の生まれ変わりです」
「な、なんだって?」
神の行使した力の残滓を集合させ、魔王の力というものを作り出した研究者の生まれ変わりが雪華だって?
驚きの事実を知らされ、俺は言葉を失う。
「……なるほどのう。これで合点がいったわい」
「合点って?」
「わしのスキルじゃ。魔粒子とはそもそも魔王の力で、これはつまり元を辿れば神の行使した力の残滓じゃ。改変されたことでわしの身体から魔物要素が無くなっても、スキルが使用できたのはそれが理由じゃろう」
「な、なるほど」
魔粒子を吸収する能力は、研究者の生まれ変わりである雪華の魂に隠された集合装置によるものだったということか。
「雪華様の中にある装置を使えば魔王様は本来の力を取り戻せるでしょう」
「使うって……雪華の魂から装置だけを取り出せるのか?」
「いえ、装置は完全に魂と一体化してしまっています。取り出すことは不可能です」
「じゃあどうやって俺が装置を使うんだ?」
以前に魔法を使って雪華の中から魔粒子を吸収したことがあった。あれでいいのだろうか?
「まず雪華様は力を集めてください」
「魔粒子を集めるやり方でいいのかの?」
「少し違います。雪華様の中にある装置は完全な起動をしていません。中途半端な状態で稼働しているので、まずは完全に起動をさせます」
そう言って千年魔導士は雪華へ金の杖を向ける。
「お、おお……」
すると雪華の身体が淡い光で包まれる。
「な、なんか身体に力が湧いてくる感じじゃな」
「これで装置は完全に起動しました」
「じゃあこれでどんどん雪華の中に力が溜まっていくのか?」
「いえ、雪華様の中にあるのは試作品なので仕様が異なります」
「仕様が異なるって、どういう風に?」
「はい。本来の装置は神の行使した力の残滓を自動で集合させます。しかし試作品は装置を持つ所有者の意志によって集められるのです」
「へー。だったら試作品のほうが使い勝手は良さそうだな」
自動で集まるよりも、自分の意志で集められたほうが力の管理がしやすいように思えた。
「そうかもしれません。しかしこれは神の行使した力の残滓を集合させて、魔物の発生を抑えるという研究者の目的を遂げるには都合が悪いです。所有者の意志が必要ということは、誰かが力を所有していなければ効果を発揮しないということですから」
「確かに」
研究者はそもそも魔王という存在を作りたいわけではなかった。
それを考えると、所有者の意志で力を集めるというのは都合が悪いか。
「そしてこれは試作品というより、失敗作と言ったほうが正しいものなのです」
「失敗作?」
目的を考えれば仕様は都合が悪いとはいえ、力を集められるのだから失敗というほどのものではないと思うのだが……。




