第238話 大魔王イレイア(イレイア視点)
……大陸魔王のひとり、弐孤比佐女が倒されたという報告を聞いたイレイアは、魔法省の大臣である島倉を呼び出して事情を聞くことにした。
「それで、その男は何者なんだ?」
イレイアの座る玉座の前に跪く島倉へ問う。
「は、はい。それがその……ミュンヘルに突然、現れたということしか……。どこの何者かはまったくわかっていないことでして……」
「わからない? ならば貴様はなにをしにここへ来た?」
ギロリ睨みつけると、島倉の身体が震える。
呼ばれたから来た。そんな戯言は通じない。
この男もそんなことはわかっているだろう。
「い、いいえあのそのっ、我が国にある地方の農村で機甲警察が何者かに殲滅させられるという事件がありましたっ! その犯人と同一人物ではないかとっ!」
「ふん」
要するに何者かはわからないということか。使えない奴め。
「そ、それと……なにを考えてのことか奴め、自らを元大魔王だと……」
「なに?」
元大魔王? まさか……。
「……もういい失せろ。わたしがお前を首を刎ねる気にならないうちにな」
「は、はいぃぃっ!」
逃げるように島倉は玉座の間を出て行く。
「……白面の男か」
島倉からの報告によれば胸の大きな美しい女を連れており、その女への侮辱は許さないとか言い放ったそうな……。
「不愉快な男だ」
まるであの男……。
「元大魔王。まさか本当に……」
白面の正体はあの男なのでは?
魔法で目の前にモニターを出現させ、アカツキという女が投稿した動画を眺める。
「……背格好は似ている。しかしもしもあの男だったとしたら」
殺す。絶対に。
イレイアにとってあの男は邪悪なる存在だ。どこか別の世界へ行方を眩ませたと聞いたが、見つけたとあっては捨て置けない。
「うう……あの男……あの男めっ!」
名前を口にするのも悍ましい。
あの男が同じ世界にいるなど考えただけでも不愉快だ。
イレイアはモニターを鏡へと変えて自分の姿を見つめる。
大人びた切れ長の目に青い瞳。金色のような金髪。背が高く、スラリと引き締まった戦士の肉体。
決して醜くはない。むしろ美しい。
誰もが羨み見惚れる。ただひとりの男を除いては……。
「大魔王様」
と、そこへ全身を白いローブで覆った小柄な女が転移ゲートで現れる。
「グラディエか」
グラディエ。あの男がこの世界を去ってのち、イレイアの前に現れた高位の魔法使いだ。
「お話は窺いました。その男に対する討伐命令を全世界へ出しましょう」
「ふん。貴様に言われんでもそうするつもりだ」
白面の正体があの男かはともかく、大陸魔王を殺されているのだ。全世界へ指名手配をして討伐命令を出すのは当然であった。
「グラディエ、白面の正体に心当たりはあるか?」
「いいえ。しかしあれほどに高位の魔法を操る反逆者を野放しにしておくのは危険です。即刻の排除をすべきです」
「わかっている」
容姿が優れているだけなら構わない。胸がでかいだけなら構わない。しかしこの2つが合わさるのは絶対にダメだ。そんな女が自由に生きて持て囃されるなど、あってはならないことであった。
「ではすぐに討伐命令を……」
「待て」
側へ控えていた筋肉質の大柄な中年男が声を上げる。
「なんだジグドラス?」
ジグドラス。この男は前魔王に仕えていた将軍のひとりだ。イレイアにとってはかつての同僚であり、今は将軍として自分に仕えさせている。
「先に戦いを仕掛けたのは弐孤だと聞いた。その男は降りかかる火の粉を払っただけで、なにも悪くはない。討伐など正義に反する」
「白面の男はわたしの決めたルールに歯向かった。弐孤はその反逆者の討伐に行って殺された。正義に反することなどない」
「そのルールが間違っているというのだ。容姿が優れていて胸の大きな女は悪として迫害しろだと? そんなルールのどこに正義がある? お前は魔王の力を悪用して、身勝手に振舞っているだけだ」
「ジグドラス……」
イレイアは正面に立つジグドラスを睨む。
「かつての同僚だからと貴様の不敬には今まで目を瞑ってきたが、それ以上このわたしに意見するようならば容赦しないぞ」
「……以前のお前はそんなではなかった」
そう言ったジグドラスの表情が暗く落ち込む。
「正義を愛し、ともに魔王様へ忠誠を誓ったではないか? あのときのお前はどこへ行った?」
「正義はある。しかしあの男の掲げた正義とわたしの正義は違う。あの男がいなくなった以上、わたしの正義ですべての世界を支配するのだ」
「お前は狂った。その女が来てから……」
ジグドラスの目がグラディエを睨む。
「一体なにが目的だ? イレイアを唆して……」
「やめろ。グラディエは私に道を示しただけだ。真なる正義の道をな」
「なにを馬鹿なっ! こいつはお前を唆しているだけだっ! 魔王様がいなくなったあと、我らは協力して順調に世界を治めていたっ! それを壊したのがこいつだっ! こいつのせいでお前は狂ったっ! 世界を壊す狂人となったっ!」
「いいかげんにしろ。死にたいか?」
「俺が死んでお前が正気に戻るなら、この命はくれてやろう」
「……」
自分を見つめるジグドラスの目を前に、なにか心が揺れるような思いが湧く。
熱く、忠誠心の高い男だ。
イレイアにとっては盟友であり、信頼の厚い男。
この男がこうまで言うのならば、本当に自分は狂って……。
「イレイア様の考えは間違っておりません。ご命令をいただければ私めがこの不敬な男の始末を……」
「……いや、いい。貴様は全世界へ私の名で白面の討伐命令を出せ」
「イレイアっ!」
「黙れ。これ以上、貴様の言葉を聞くつもりはない」
これでいいのだ。自分は間違っていない。
そう自らへ言い聞かせ、イレイアは玉座へ深く背を預けた。




