第226話 魔王の裁き
なんだあれ?
自衛隊? ……には見えない。
頭のてっぺんからつま先までを黒い鎧で覆った妙な連中だった。
「おいお前っ!」
と、黒い鎧のひとりが俺に向かって乱暴に声をかけてくる。
「なんですか?」
「この家に容姿の優れた胸の大きな女がいるだろうっ!」
「はあ?」
なんだこいつ? 威勢の良い変態かなにかか?
「もしいたらなんなんですか?」
「その女には外出規制法違反の疑いがかけられているっ!」
「外出規制法違反? なんですかそれ?」
「貴様っ! 我ら機甲警察隊を舐めているのかっ!」
「いや別に舐めているわけじゃ……」
本当に意味がわからん。外出規制法? 機甲警察隊?
知らない言葉ばかりで会話が成り立たない。
「隠し立てするなら貴様も……」
「――落ち着きなさいよぉ」
と、装甲車から声がして、中からなにかが降りてくる。
「田舎者は無知なのよぉ。チンパンジーみたいなものなんだから、いちいち怒るなんて無駄よ無駄ぁ」
降りてきたのはすごいデブの醜い女だ。
特大のハムでも仕込んでるんじゃないかと思うほどに出た腹を揺らしながら、のっしのっしと歩いてこちらへ来る。
「はっ! 申し訳ありません長谷中上級巡査殿っ!」
なんだ上級巡査って? よくわからんけどこの不細工なおばさんは偉いらしい。
「くっくっくっ、あんた外出規制法も知らないの? これだから田舎者は」
「はあ」
まあ田舎者ではあるのだろう。少なくともこの辺りは都会じゃないし。
「容姿が優れている上に胸のでかい女は人心を惑わす悪よ。だから姿を隠して外出をする必要がある。それを法律化したものが外出規制法なの。わかった? 田舎者」
意味わからん。
巨乳美女はその美しさで世界にしあわせをもたらす存在だ。人心を惑わすから外出時は姿を隠せなど意味がわからなかった。
「あとここの女には巨乳美女税の滞納をしている疑いもあるねぇ。追徴課税はざっと1億円ってとこ」
「は? 1億円?」
なに言ってんだこのデブのおばさん?
「当然だろう。容姿の優れた巨乳女は悪。社会の悪。大魔王イレイア様がお決めになられた人類創世からの決まり事。生かされているだけありがたいと思うことだよ。そんな汚れた存在がさぁ。けっけっけっ」
「この……っ」
巨乳美女への愚弄。そんな邪悪な言葉を目の前で聞かされておとなしくしていられるほど、俺は大人ではない。
こいつどうしてくれよう? 丸焼きにして鶏のエサにでも……。
「き、機甲警察っ!」
と、そこへ父さんがやってきて叫び声を上げる。
「ううん? 貴様が家主かい? ここに外出規制法を違反した上に脱税をした女がいるだろう? ここへ連れて来な」
「い、いや、それは……」
「ここにそんな女はいません。なにかの間違いでは?」
そこへ兄さんが現れてそう言う。
「隠せばあんたたち全員、逮捕だよ。最悪、死刑にもなる」
「……っ」
女の言葉に兄さんは表情を硬くする。
ムチャクチャだ。
この世界は完全にイカレていると、俺の心は怒りに塗れた。
「ま、待ってくださいっ!」
と、家の中から千影さんが走り出てくる。
「わたしですっ! 違反をしたのはわたしなんですっ! だから家族には……」
「千影っ! 違いますこれは……」
「ようやく出てきたね。汚らわしい女め。さあ連れて行きな」
黒い鎧の警官たちが千影さんを連れて行こうとするが、その前に兄さんが立ちはだかる。
「まてっ! クソっ! 彼女はなにも悪くないじゃないかっ! それなのに姿を隠させたり、膨大な税金を取るだなんて間違っているっ!」
「正義は大魔王様にある。大魔王様こそが正義。大魔王様に逆らうならお前たちは世界への反逆者としてここで処分を……」
ガァンっ!
「なっ!?」
黒い鎧の警官を殴り飛ばす。
装甲車へと叩きつけられた警官はそのまま地面へ倒れた。
「き、貴様っ! 我ら機甲警察に……ごふぉっ!?」
残りの2人もぶん殴って倒す。そして上官であるデブ女を睨みつけた。
「帰れ。俺がまだ怒りで我を忘れないうちにな」
まだ冷静だ。しかし巨乳美女を愚弄された今の俺は爆発寸前だった。
「……機甲警官を一瞬で3人も。あんたただの田舎者じゃないね?」
「だったらなんだ?」
「おもしろい。あんたを機甲警察にスカウトしてやるよ」
「断る」
俺がそう言うとデブ女は眉をひそめる。
「機甲警察になれば農家で働くよりずっと稼ぎも良い。あたしの男にしてやってもいいよ。くっくっくっ、嬉しいだろう? こんな良い女の男になれるなんてさ」
「お前が良い女だって? 冗談でも笑えない」
「冗談? あたしは良い女だから高い役職についているのさ。上級巡査という役職についているのが良い女という証拠なのさ」
……なに言ってんだこいつ?
こういう世界にしたのもイレイアなのか? あいつの目的がさっぱりわからない。
「悪いが俺は巨乳美女が好きなんだ。というか、巨乳美女以外は女とすら思えない。つまり俺にとってお前は女ですらないんだよ」
「なっ……」
俺の言葉が気に障ったのか、デブ女の顔が真っ赤に染まっていく。
「そんなだから女性から支持されないんですよ」
「俺は正直なの。巨乳美女は正義」
ここだけは天地がひっくり返ってもぶれない。
「こ、ここまでの反逆者は初めてだよ。これは即刻の死刑が必要だね」
と、女の手に炎が浮かぶ。
「多少はできるようだけどね、あたしはD級の魔法使いだ。あんたみたいな力が強いだけの田舎者なんか一瞬……で……」
俺は右手に業火を立ち昇らせる。
「な、なんだその炎はぁっ!? き、貴様も魔法使いだとっ!? け、けけどそんな大魔法はS級だって……」
「お前さっき言ったな」
「えっ?」
「大魔王は正義。大魔王に逆らう反逆者はここで処分と」
「そ、それがなんだ?」
「お前の言う通り、大魔王に逆らう反逆者は処分だ」
「へ……? ぎゃっ!?」
そしてデブ女は苦しむ暇すらなく一瞬で燃え尽きた。




