第225話 イレイアの邪悪なる所業に怒る魔王
「と、父さん……」
俺の知っている穏やかでやさしい表情の父さんがそこにはいた。
「ん? なにジロジロ見てるんだ? 俺の顔になにかついてるか?」
「あ、いや……なんでもないよ」
苦笑いしながら俺も座る。
俺の知っているやさしい父さんと兄さんだの顔だ。まさかふたたび元の2人に再会できるとは思っていなかった。
「そうか?」
父さんは俺から視線を外して千年魔導士を見る。
「そちらは?」
「旅の魔法使いさんだ。腹が減ってるらしいからご馳走してあげようとね」
「なるほど。しかし魔法使いだなんてたいしたもんだ。たくさん勉強をなさって魔法学校を出られたんだろうね」
……魔法学校か。
異世界には魔法を教える学校があった。
魔法とは魔王の力を借りて使うものだ。複雑な呪文を覚えたり、魔力の扱いなどいろいろ学ばなければいけないことがあるので習得は困難らしい。魔王の力そのものを有している俺には関係無いものだったが。
「小太郎も昔は魔法使いになるなんて言っていたなぁ。けどお前は勉強嫌いだから魔法なんて全然使えなくて、結局はこうして家の仕事をしてるもんな」
「ははは……」
なんだかそういうことらしい。
「あ、母さんは……」
「うん? ああ、そういえばそろそろ母さんが亡くなって27年だな。時が経つのは早いものだよ」
「そ、そうだね」
やはり母さんは亡くなっていたか。
ダンジョンのある世界でも同じ時期に亡くなっていたので期待は薄かったが……。
そういえば雪華はどうなっただろう?
あいつは人工的に作られた人間だから、改変でどのようになっているのか……。
「あら? お客さんですか?」
と、そこへ料理の盛られた皿を持った女性が部屋へ入って来る。
たぶん年齢は俺と同じくらいで……いやまあそれはともかく巨乳美女であった。
「あ、あなたは……?」
「あなたはって、なに言ってんだ小太郎? 忠次の嫁さんの千影さんだろ? どうしたんだ一体?」
「に、兄さんの嫁……」
「こいつ日に当たり過ぎて少しぼーっとしてるんだ」
「そうなのか? 熱中症とかじゃないのか? 平気か?」
「あ、ああ。大丈夫。千影さん、だったね。うん。はは……」
兄さんの嫁。確かに年齢を考えれば嫁がいても不思議ではない。本来の世界でもきっとこの千影さんと結婚をしていたのだろう。……しかし血は争えないというか、兄さんもやっぱり俺と同じく巨乳好きのようだ。
「小太郎、お前も良い歳なんだからそろそろ嫁さんをもらって俺や死んだ母さんを安心させてくれよな」
「あ、ああうん……」
まさか父さんからこんなことを言われる日が来るとは。
褒められているわけでもないのに、なんとなく嬉しかった。
「魔法使いさん、もしよかったらこいつの嫁になってくれないかい? いや、魔法使いさん相手じゃ婿にもらってくれが正しいかな。親の俺が言うのもなんだが、人間は悪くないからよ」
「私は別に構いませんよ」
「なに言ってんだよ」
こいつ冗談なんて言うんだな。いや言わないんじゃなかったか? どっちなんだ一体?
「おお、構わないってよ。よかったな小太郎」
「冗談に決まってるだろ。真に受けるなよ」
「そうか? 胸も小さいし、この人なら安心なんだけどなぁ」
「は? なに言ってんだよ?」
胸が小さくて安心とかなに言ってんだ一体?
「いや、魔法使いさん美人だし、胸が大きかったら生きづらいだろう。結婚したらご近所さんにも……」
「父さんっ」
「あ、ああいや、千影さんを悪く言ってるつもりはないんだ。けどな……」
「なんの話だ? 胸が大きいと生きづらいって……?」
「なんのってお前、巨乳美女は悪って昔から決まってるだろ?」
「なっ……」
なんだと? 巨乳美女が悪? そんなことがあるわけない。巨乳美女は存在しているだけで偉大な正義の存在だ。悪であるはずはない。
「どういうことだよ父さんっ! 巨乳美女は悪って、そんなことありえないだろっ!」
「ど、どういうことってお前、やっぱり身体の具合が悪いんじゃないか? そんな当たり前のことを聞くなんて……」
「そうだぞ小太郎。ここは田舎だから千影もそれほど格好を気にせず出歩いたりできて普通の生活を送れているが、人の多い都会に行けばひどい迫害を受けていただろうな。本当にひどい話だ。巨乳で容姿が美しいというだけで迫害されるなんて」
「けど忠次さんはそれでもわたしと結婚をしてくれました。わたしと結婚をすれば、忠次さんも同じように迫害されてしまうというのに……」
「千影さんと結婚した兄さんも迫害? い、一体どうなってるんだこの世界は?」
「……どうやらイレイア将軍の仕業みたいですね」
と、千年魔導士はスマホを手に持って言う。
「ん? お前いつの間にスマホなんて……」
「魔王様のズボンのポケットからはみ出ていたので拝借いたしました。それで少し調べてみたところ、この世界では巨乳美女、及び巨乳美女を好む男性は世間から悪として迫害されるようです」
「な、なんでそんなことに……」
あってはならないことがこの世界では起こっている。世界が統一されて大混乱などどうでもよくなるほど、あってはならないことが……。
「うん? イレイア将軍? もしかして大魔王イレイア様のことか?」
そう言って父さんは居間にある神棚……いや、なにやら禍々しい神棚らしきなにかへと目をやった。
「世界創世のころより生きておられる偉大な支配者である大魔王イレイア様が巨乳美女を悪とし、巨乳美女を好む男も悪と世界創世のころに定められたのだ」
その神棚みたいななにかにはイレイアの像が祭られていた。
「イ、イレイアが……」
なぜそんなことを? 意味がわからなかった。
「さ、それじゃあ飯にしようか。忠次、小太郎、千影さん、魔法使いさん、食事前にイレイア様へ感謝のお祈りをして」
3人はイレイアの像へ向かって感謝の言葉を述べる。
そんなことを俺がするはずはなく、3人が感謝の言葉を述べ終わるのを待ってから飯を食べて外へと出た。
「ひどい世界だ」
この世界へ来て初めてそう思う。
かつてのやさしい父さんや兄さんがいて、最初はそんなに悪くないと思った。しかし巨乳美女や巨乳美女好きが迫害されているのは許せん。早々にイレイアをなんとかして、世界を正しい方向に定めなければ。
「魔王様が統治なさっていたときは逆に巨乳美女が優遇されていましたけどね」
「当然だ。巨乳美女は存在してるだけで偉大なんだから優遇されるべきだしな」
「そんなだから女性からの支持だけ異様に低かったんですよ」
「うるさいな。それよりも早くイレイアをなんとかしてこの世界の間違いを正さなければいけない。世界中の巨乳美女を救うために」
「さっきはとりあえず保留って言ってたじゃないですか? 今の魔王様ではどうにもならないからと」
「む……むう」
確かに今の俺ではどうすることもできない。とは言え集合装置の試作品とやらもどこにあるのか不明だし、ちゃんと使えるものなのかもわからない。しかし早くイレイアをなんとかしなければ巨乳美女たちが……。
「あ、そうだ。ダンジョンで魔粒子を吸収して強くなれたみたいに、魔物を倒しまくれば魔王の力を強化できるはずだ」
魔物のもともとは淀んだ神の力。つまりは魔王の力だ。倒して吸収をすれば俺の力も増える。
「魔物の持っている魔王の力など極々わずかです。それよりも集合装置を探し出すほうに注力したほうがよいでしょう」
「どこにあるか心当たりはないのか?」
「申し訳ありませんが、まったく……」
「そうか……」
なんとか早急に装置を探し出して手に入れなければならない。巨乳美女たちを救うために……。
「うん?」
なにやら家の前に真っ黒な装甲車みたいな車が止まる。
しばらくすると、その中から全身を黒い鎧で包んだ兵士みたいな連中がぞろぞろと出てきた。




