第224話 全世界の統一
……なんだ?
先ほどまで自宅にいたはずが、なぜか知らない場所で畑を耕していた。
「ど、どこだここは?」
周囲は田園風景だ。アカネちゃんたちの姿も見えない。
「い、意味がわからない。おい千年魔導士っ! どこだっ!」
「ここです」
「えっ? うおおっ!?」
畑から頭を出した千年魔導士に驚いて俺は声を上げる。
「な、なんでそんなところから……?」
「驚かして和んでいただこうと思いまして」
「余計な気遣いだよっ」
ただでさえ困惑しているのに、この上で驚きなど余計にもほどがある。
「それで、これはどういうことなんだ?」
「はい。イレイア将軍によって世界が吸収されたようです」
「えっ? 世界が吸収?」
「世界が世界に吸収されてひとつになったのです」
「え、ええ……」
想像以上に壮大なことが起こっていてふたたび驚かされる。
「なんでそんなことを……?」
「イレイア将軍の目的は無数に存在する異世界をすべて統一して、ひとつになった世界の支配者になることです。現在は元の世界をベースに数十億の世界が吸収されてひとつに集約しているようですね」
「す、数十億?」
なんかとんでもないことになっているようだ。
「その、すべての世界が統一ってのが実現したらどうなるんだ?」
「世界は大混乱を起こします」
「具体的には?」
「すべての異世界が吸収されてひとつになります」
「それはまあ……問題か」
しかし現状、吸収されても大混乱というほどのことは起こっていないが。
「そして異世界の他にパラレルワールドというものがあります。ひとつの選択をすることで枝分かれに世界は無数に増えていくのですが、それをすべて集約してしまえば世界は選択によって枝分かれすることなく、選んだ選択肢の2つが同じ世界に存在するようになってしまうでしょう」
「つ、つまりどうなるんだ?」
「例えばリンゴを食べるか食べないかで迷ったとき、食べる自分と食べない自分の2人が同じ世界に存在にしてしまうのです。つまり同じ人間が同じ世界に2人存在してしまうようになるということです。台風の進路などは北へ行った場合と南へ行った場合の2つに分かれて同時に存在するようになりますね」
「そ、そんなむちゃくちゃなことに……」
そんなことになれば千年魔導士の言う通り世界は大混乱だ。
「イレイア……あいつなんでそんなことをしようとしてるんだ?」
「もはや魔王の力に憑りつかれて自我はほとんど無いでしょう。ただただすべてを支配するという欲に駆られているのみの存在になり果てているようです」
「俺の知っているイレイアではなくなっているということか……」
正義感が強く、真面目な奴だった。俺がいなくなっても他の将軍たちと力を合わせて世界を統治してくれるだろうと考えていたのだが……。
「しかし選択肢で世界が増えるなら、一瞬でも無数に世界が増えるだろ? すべてを吸収できるのか?」
「現在は世界が増える速度のほうが早いようです。しかしいずれは吸収のほうが早くなり、止めなければ世界統一は実現されてしまうでしょう」
「けど今の俺じゃ魔王の力を持ってるイレイアは止められないだろう?」
封印されているとは言え、イレイアは魔王の力本体を持っている。俺が持っている残滓程度の力では戦いにすらならないと思うが……。
「魔王様が施された封印はやれる限りで最高の封印と言えるでしょう。そこから漏れ出た力は個人が持つ力としては膨大と言えますが、恐らく今の魔王様とほぼ互角かと。しかし……」
「しかし?」
「神が行使した力の残滓を集合させる装置はイレイア将軍が所持しています。神がこの世界を中心にして、あらゆる異世界に創造をもたらし続ける限り魔王の力は作られ、新たにその力を集合させれば魔王様よりも強くなってしまうでしょう」
「まだ神は俺のいた異世界……この世界を中心に活動しているのか?」
「そのようです」
会ったことはないが、すべての世界を創造した神は俺のいた異世界に存在しており、そこで力を行使して他の世界に創造をもたらしている。ゆえに神のいる世界では神の行使した力の残滓で溢れ、魔物だらけになるというわけらしい。
神もイレイアの所業は知っているだろう。知っていてそれを放置している理由はわからないが、神が動かない以上、俺のほうでなんとかしなくてはならないのだが。
「力の集合装置をイレイアが持っているんじゃ、俺が勝てる見込みは薄いんじゃないか?」
「力の集合装置は2つ存在します。ひとつはイレイア将軍の持つ完成品。もうひとつは世界のどこかにある試作品です」
「試作品? それがあったとして、ちゃんと使えるのか?」
「それは手に入れてみなければなんとも言えませんね」
「ううん……」
試作品が完成品に勝るとも思えない。とは言え、それを手に入れることくらいしかイレイアを止める方法が無いのならばダメもとでも期待するしかないか。世界が混沌化するのを放置するわけにもいかないし……。
「それはともかくとして、なんで俺は農家の人になっているんだ?」
姿恰好が完全に農業の人である。
「先ほどまでいた世界が吸収されて消えたことにより、魔王様の人生は改変されてこの統一された世界で生まれたということになっております。魔王様は農家の子として生まれ、普通に農家の仕事をなさっているようです」
「あ、そう……」
つまりダンジョンが発生して改変された世界のように、ここもまた改変された世界ということか。
「あ、アカネちゃんたちは?」
「彼女たちも魔王様と同じく、改変された人生をどこかで生きているのでしょう。恐らく改変前の記憶もありません」
「えっ? でも俺はちゃんと記憶あるぞ」
むしろ農家の人間として育った記憶は無い
「残滓でも魔王様は魔王の力を有している特別な存在です。世界の吸収という強力な魔法を受けても記憶までは影響を受けなかったのでしょう」
「な、なるほど。あ、だったら魔王眷属の力を受けているアカネちゃんたちも、記憶には影響ないんじゃないか?」
「魔王眷属は魔王様との信頼関係で力を貸し与えているだけに過ぎません。所持とは違う状態なので、魔王様と同じように記憶がそのままな可能性は低いでしょう」
「そ、そうか……あ、けど、前に雪華が言っていた。世界が変わって改変されても、記憶が消えるわけじゃない。眠っているだけで頭の中にはあるって」
もし消えていてもその記憶を俺の魔法で起こせばいい。この世界のどこでなにをしているかはわからないが、早く見つけて記憶を蘇らせてあげなければ。
「とりあえずアカネちゃんたちを探そうかな」
「イレイア将軍はどうされますか?」
「ほぼ互角か、向こうのほうが多少強いんじゃどうにもならない。ひとまずイレイアをどうするかは保留だ」
「わかりました」
……しかしアカネちゃんたちを探すと言っても、どこからどう探したらいいか? 転移ゲートで移動は簡単にできても、どこにいるのかわからないのでは意味がない。
あ、いや……。
アカネちゃんだけなら光の玉をつけているので居場所はわかる。まずはアカネちゃんを探しに……。
ぐうう
「お腹がすきました」
「お前、腹減るんだ……」
異世界でずいぶん一緒にいたような気がするけど初めて知った。
「まずはなにか食べるか」
たぶんこの辺に俺の家があるはずだ。そこへ行けばなにかあるだろう。けどやっぱり先にアカネちゃんを……。
「おーい」
「えっ?」
離れた場所から声が聞こえてそちらを向く。そこにいたのは……
「に、兄さんっ!?」
間違いない。雪華の話によれば父さんと一緒にイタリアへ行ったはずの兄さんが、手を振りながらこちらへ歩いて来ていた。
「そろそろ昼だぞ。飯にしよう」
「に、兄さん、どうして……?」
「うん? なにがだ?」
兄さんはきょとんとした表情で俺を見つめている。
これは俺が知っているやさしい兄さんの表情だ。俺がずっと会いたかった兄さんの……。
「なんだ俺の顔をじろじろ見て? 日に当たり過ぎてぼーっとしてるのか? ほら、とりあえず飯食って休め。ん? こっちの子は旅の魔法使いかなにかか?」
「えっ? あ、うん。まあ……腹が減ってるみたいで」
「そうか。じゃあうちで少し食べて行くといい」
「ありがとうございます」
「うん。じゃあ家はこっちだ」
兄さんが歩いて行き、俺たちはそれについて行く。
「なんで兄さんがいるんだ?」
「世界の吸収で人生が改変されても家族は変わらないようです」
「な、なるほど」
ということはもしかして……。
やがて普通の一軒家にやって来る。
現代風な普通の2階建て一軒家だ。
「異世界なのに家が現代風だ」
「文化や技術ごと他の世界を吸収しているので、魔王様がいたころの世界とはずいぶん変わっています」
「そうなんだ」
よく見れば自動車なんかもあった。
俺たちに先んじて兄さんが家へ入る。
兄さんに続いて家へ入って奥へ進むと、居間には父さんが座っていた。




