第222話 魔王の力を管理する者
金色の杖を右手に持ち、転移ゲートから姿を現した銀髪の若い女は部屋をぐるりと見回す。と、
「ここは……お城の靴箱かなにかですか?」
部屋を見てその女はそう言った。
「靴箱じゃない。ここは俺が住んでる部屋だ」
「魔王様がこのようなところへお住みに? ご冗談を」
「冗談じゃない。と言うかお前……」
「ちょっとコタロー、誰この女?」
当然の如く3人は突如として現れた奇妙な女に注目していた。
「もしかしてどこかで別の女に手を出してたんじゃ……」
「ち、違う違う。見ればわかるでしょ?」
「ん?」
と、アカネちゃんの視線が女の首から下へ向く。
「……そうだね」
女の胸にほとんど膨らみは無い。つまり俺にとって恋愛の対象ではないということだが、こんな理由で信用されていいのか複雑であった。
「じゃあ誰なんじゃ?」
「千年魔導士だよ」
「千年魔導士じゃと?」
まあそう言っても何者かはわからないだろう。
「あ、もしかして小太郎おにいちゃんが異世界で知り合った人とか?」
「あー……半分は正解かな」
「半分?」
「こいつは人じゃないんだ」
「人じゃないって……えっ?」
見た目は少女のようだがこいつは人間ではない。
「どう説明したらいいかな……?」
こいつの存在を簡単に説明するのは難しい……。
「私は魔王から産まれた存在です」
「は?」
千年魔導士の言葉を聞いた3人の視線が俺を刺す。
「い、いや、確かにそれも間違いではないけど……」
「ちょっとどういうことっ!」
「あのいやだから……」
アカネちゃんに胸ぐらを掴まれながらなんとか説明しようとする。
「この女が15歳くらいだとすれば、ありえなくはないのう。なんじゃ女に慣れていない振りをして異世界でやることはやっておったんじゃな」
「こ、小太郎おにいちゃんの子供……わたしがママだよっ!」
「違うっ! ママはわたしっ!」
「ママと言えばわしじゃろう。うん? 祖母にもなるのかのう」
なんか話がとんでもない方向へ行ってしまっている。
俺は正真正銘間違い無く童貞だ。経験すらないのに子供などいるわけはない。
「違う違うっ! 俺の子供とかそういう意味じゃないよっ!」
「だって魔王ってコタローでしょ? 魔王から産まれた存在ってことは、コタローの子供って意味じゃない?」
「確かに魔王は俺だけど、魔王そのものは俺じゃないって言うか……」
「どういう意味?」
「んーつまりね……」
「魔王に関しては私が説明いたしましょう」
と、勘違いを起こした原因が声を上げる。
「そ、そうだな。お前のほうが俺より詳しく説明できるだろうしな」
「はい。その前に」
「ん?」
千年魔導士が俺たちを端から見回す。
「服を着られたらいかがですか?」
「あ……うん」
確かに落ち着いて話を聞くような格好じゃなかった。
……服を着た俺たちは千年魔導士を前にして座る。
「それでは説明をいたします」
「その前にあんたの名前を聞いていい?」
「私は千年魔導士。名前はありません」
「その千年魔導士ってなんなの?」
「それを説明する前に、まずは魔王の力についてお教えいたします」
と、千年魔導士の視線が俺へと向く。
「魔王様がこの御方なのは間違いありません。しかし正確に言えば魔王とは力そのものことであり、人物を指すものではないのです」
「それってどういうことなの?」
「この御方は魔王の力を肉体へ宿すことができる適合者なのです。魔王の力を宿したがゆえ、人物としての魔王になられたということですね」
「適合者って……コタローはなにか特別なの? 魔王の力はコタローにしか使うことができないみたいな」
「いいえ。宿すことは誰にでもできます。しかし魔王の力は膨大です。大抵の者は強過ぎる力に支配をされて自我を保つことができず、欲望の赴くままに力を振るって最終的には世界を混乱に陥れてしまうでしょう」
異世界に行ったときもこいつから同じ話を聞いた。今までにも何度か魔王の力を宿した者はいたらしいが、誰しもが力に支配されて世界をめちゃくちゃにしてしまったらしい。
「しかしこの御方は魔王の力に支配されず、膨大な力を自分のものすることができた。それができたのは長い歴史な中でこの御方だけなのです。異なる世界にこの御方を見つけた私は寿命の半分を力として使い、この御方を我が世界へ召喚したのです」
勝手に召喚されて迷惑な話ではあったが……。
「へーじゃあコタローってやっぱなんか特別なんだ」
「いやその……そういうわけじゃ……」
「この御方には巨乳美女がしあわせならそれでよい、巨乳美女最高、巨乳美女大好きという欲しかありません。膨大な力を手に入れても、それが変わることがなかったというだけです」
「えっ? なにそれは……? 本当にそんな理由なの? 冗談じゃなくて?」
「私は冗談を言いません」
「……」
要は度を超えた巨乳美女好きで、それ以外の欲は微塵ほどしかなかったというだけである。
「まあそれはともかく、つまりお前さんは魔王の力から産まれた存在ということなのじゃな?」
「はい。私は魔王の力を管理するために魔王の力によって千年の寿命を与えられて産み出された存在です。千年の寿命を迎えたのちは新たな個体へと入れ替わります」
「なんだ小太郎おにいちゃんの子供じゃなかったんだね」
「子供どころか経験すらないよ……」
恥ずかしながら……。
「しかし千年魔導士のお前がなんでこんなところにいるんだ? お前は俺が封印した魔王の力を側で管理しているはず……いや、封印はやっぱり失敗したのか?」
封印が成功していれば今の俺に力が残っているはずはない。
「いえ、封印は成功しております」
「そうなのか? けど、魔王の力は今の俺にも少しあるぞ?」
「それは力の残滓です」
「力の残滓……って?」
「一度、肉体に宿してしまった魔王の力を身体から完全に除去することはできません。頑固な汚れのように、あなたの身体には魔王の力がこびりついているということです」
「よ、汚れ……」
ひどい例えである。
「けど、1割くらい残ってるみたいだけど? 残滓にしては残り過ぎじゃない?」
「1割? 今のあなたには1分ほどしか力は残っておりませんよ」
「は? いや、俺の感覚では1割くらいなんだけど……?」
「魔王様が1割ほどの力しか把握できていなかっただけです」
「……冗談だろ?」
「私は冗談を言いません」
「……」
あれだけの力が全力の1割? そんな馬鹿な……。
「しかしその残滓がこの世界に多大な影響を及ぼしてしまったようですね」
「えっ?」
俺がこの世界に及ぼした多大な影響。
それは可能性としてずっと気になっていたことだった。




