第212話 戸塚の仕掛ける罠(佐野・メルモダーガ視点)
―――佐野清州視点―――
話があるとフランソワから連絡を受けた佐野は、毎陽新聞本社地下駐車場に停めてあるリムジンの中で待つ。
アカツキが行っているゲームには今のところ異変は無い。
まさか失敗したのだろうかと、佐野はイラついていた。
と、そのとき、後部座席の扉が開いて、中にフランソワが入って来る。
「お待ちしていましたよフランソワさん」
声をかけるとフランソワは神妙な面持ちを返し、それから向かいのイスへ腰を下ろす。
「それで、白面にあのゲームで人を殺させることはできそうですか?」
「ええまあ、それはなんとかなりそうだったのですけど……」
「えっ? な、なにかあったのですか?」
失敗は想定していた。
しかしフランソワの口ぶりは別の問題を想起させるものだった。
「ミーシャを無断で動かしたことが父上に知られてしまいましたの」
「な、なんですってっ!?」
「ドルアンがミーシャを疑って探りを入れていたみたいですわね。佐野さんが指示したこともバレていますわ」
「……っ」
最悪だ。
タバコを掴んで火をつけようとする佐野だが、震える手からライターが落ちる。
「ドルアンを甘く見ていましたわ。白面の討伐に必要なミーシャはともかく、わたくしと佐野さんは父上の許可を得たのちにドルアンの手で始末されるでしょうね」
「ど、どどどどどうすれば……」
ドルアンはメルモダーガが認める最強の魔人だ。大国の軍隊を護衛にしたとしても太刀打ちはできないだろう。
「わたくしがなんとか父上を説得して話し合いの場を設けますわ。それで許しを得られればよいのですが……」
「もし許してもらえなければ……?」
「その場で始末されますわね」
聞くまでもないことであった。
「もうひとつ助かる可能性がありますわ。成功するかはわかりませんけども」
「えっ? そ、それは……」
「話し合いがうまくいかなかった段階で、先に父上を始末してしまうことですわ」
「メ、メルモダーガさんを……」
冷徹な表情でそう言ったフランソワの顔を、佐野は唾を飲み込んで見返す。
「し、しかしメルモダーガさんを殺しても、そのあとドルアンに……」
メルモダーガが死んでも魔人は残る。
他の魔人はともかく、忠誠心の高いドルアンはメルモダーガが殺されれば怒り狂って自分らを殺しに来ることは容易に想像できた。
「魔人の力は父上……メルモダーガの力によってもたらされたものですわ。メルモダーガが死ねばその力は失われますの」
「そ、そうなのですか?」
「ええ」
それが本当ならば、メルモダーガが死ぬことでドルアンは普通の人間に戻る。そうなれば恐れる必要も無い。
「メルモダーガは魔人ではありませんので、簡単に殺せますわ」
「う、うまくいくでしょうか?」
「メルモダーガの側には必ずドルアンがいるので、奴にこちらの思惑を気取られれば終わりですわね。話し合いがうまくいかなければいずれにせよ、でしょうけど」
「やるしかないということですか……」
話し合いで許されればいい。しかしそれが叶わなければ自分の死は確実だ。ダメもとでもやるしかなかった。
「話し合いの場は恐らくデュカスの月例会合の場になるでしょうね。それまでわたくしたちに手を出さないようメルモダーガに頼んでみます。成功すれば連絡をしますわ。音沙汰が無くなれば……察していただけますか?」
「は、はい……」
立ち上がったフランソワが車から出て行き、佐野は大きくため息を吐く。
メルモダーガが死ねばデュカスによる世界征服はなくなる。それはデュカスに尽くしてきた自分にとって大きな痛手だが、命には代えられなかった。
―――メルモダーガ視点―――
……佐野の手によってアカツキと白面は世界の敵となった。奴らを糾弾することでデュカスの評判は上がり、祈りによって魔人を撃退できるという作り話も広まって信者も増える一方だ。しかし……。
「ふん。ゲームか」
ベッドの上に座る少年の膝から頭を上げて身体を起こしたメルモダーガは、読んでいた新聞をテーブルへと投げる。
魔人のボスにされて怒りに打ち震えているかと思いきや、悪い状況を逆手に取って動画配信をするとはなかなかの胆力だ。とはいえ、こんなことをしても魔人のボスという作られた事実が消えるわけではない。奴らは魔人のボスとして始末され、永遠にデュカスの世界支配に利用され続けるのだ。
トントントン
と、そのとき扉を叩く音が聞こえる。
「ドルアンか?」
「い、いえその……ミーシャです」
「ミーシャ?」
奴が直接ここへ訪ねて来るのは珍しい。
なにか急な用だろうか。
「入れ」
「は、はい」
扉を開けて入って来たミーシャはいつもと様子が違う。
「お前は……表のミーシャか」
普段は裏のルシーラという人格で現れる。
表の人格が自分の前に現れるのは初めてだった。
「ルシーラはどうした?」
「あ、ル、ルシーラはその、今は眠っていて……」
「そうなのか? まあいい。なにか用なのかな?」
「はい。えっと……佐野さんのことで」
「佐野? 彼がどうかしたか?」
「ええ実は、魔人を束ねてメルモダーガ様に反旗を翻そうとしているらしく……」
「なんだと?」
佐野が? なぜ……?
いや、奴も野心家だ。可能性が無くは無かった。
「自分にも誘いがありました。それで、正直に言いますと迷ったのですが、やはりメルモダーガ様を裏切るわけにはいかず、佐野さんの裏切りを報告しようと……」
「そうか……」
こちらの世界へ来てから多くの人間を集め、力を与えて魔人にしてきた。そのすべてが邪悪で、絶対的な信頼を置ける者はひとりもいない。ユンの件もあり、金銭などで佐野に靡く魔人がいても不思議はなかった。
「魔人がメルモダーガ様を殺せないことを佐野さんは承知しています。なので、他の方法でメルモダーガ様を殺す気でしょう」
「他の方法か」
銃殺か毒殺か。魔人では無い自分を殺す方法はいくらでもある。
「ふん。ならばすぐにドルアンか智を行かせて佐野を始末させよう」
「そ、それは危険かと」
「なぜだ?」
佐野も魔人を護衛に連れて来るだろう。しかしドルアンと智は魔人の精鋭だ。他の魔人など相手にはならない。
「佐野さんは白面と組んでいるらしいのです」
「な、なんだと?」
想定外の事実を聞かされたメルモダーガは驚愕する。
「しかし佐野は白面を嵌めたのだぞ? 組めるはずが……」
「自分はデュカスに脅されて従っていただけと言って、メルモダーガ様を殺したあとに潔白であることを報道するという条件で組んだそうです」
「むう……」
アカツキと白面を魔人のボスに陥れたのも、連中と組むために仕掛けたこちら側への罠だったのか。
「ならばドルアンと智、お前で佐野の始末に行け。そこに白面がいればまとめて始末してしまえばいい」
「そ、その前に佐野さんを先に始末したほうがよろしいと思います。白面討伐は慎重にやらなければいけないことです。場当たり的に実行するのは悪手かと」
「ならばどうしたらいい?」
「はい。次の月例会合には佐野さんも来ます。そこで始末するのが確実かと」
「ふむ……そうだな」
まさかここへ白面を連れて来たりはしないだろう。
佐野を始末するのは月例会合の場が確実なのはその通りであった。
「わかった。次の月例会合で奴を始末しよう。お前は次の会合まで奴に気取られないように気をつけるんだ。いいな?」
「わかりました。では自分はこれで……」
と、ミーシャは部屋を出て行く。
なかなか使える男ではあったが、佐野の代わりなどいくらでもいる。惜しいとは思わなかった。
「佐野の裏切りは意外だったが、他は順調か」
この世界を支配する日も近い。
世界のひとつを自分の手で支配する。
それでようやくあの御方の足元くらいには及ぶだろうか?
そう思い、畏怖するあの御方の姿を想像したメルモダーガだが、世界のひとつくらいではやはり足りないかと、自嘲気味に笑った。




