第210話 魔人スキル『グッドラック』
魔人ルシーラから受けた重い拳の一撃に呻いた俺は後ずさる。
避けられたはずだ。
しかしなんの偶然か足がつってしまい、拳を受けてしまった。
「カカ、こんな攻撃も避けられないなんて、ずいぶんのろまだこと」
「……」
恐らくこいつは俺が避けられないことをわかっていて、拳を突き出すなんて単純な攻撃をしてきたのだ。
奴のスキルはすでに発動している。タイミング悪く虫が落ちてきたり、足がつったりと、そんなことを起こすスキルとは……?
「あら? 天気が悪くなってきたわねぇ?」
どこからか黒い雲がやってきて、快晴だった空を覆う。そして激しく雷が鳴り始めた。
「これもお前のスキルか?」
「天候を変えるなんて神様みたいなスキルは持ってないわよ。カカッ」
これも偶然? いや、そう何度も偶然は続かない。
「雷が鳴っているのにこんな高いところににいたらあぶないわねぇ」
「それはお前も同じだろう」
「同じじゃないわ」
「なぜそう断言……むっ!?」
そのときひと際に空は強く鳴り響き、落雷が俺の頭上へと落ちる。
「カカカッ! 落雷による不運な事故死……うん?」
落雷を受けても立っている俺を見て、ルシーラは眉をひそめる。
「なるほど。わかったぞお前のスキルが」
こいつは俺に雷が落ちると知っていた。偶然に現れた黒雲から、偶然に落ちた雷が俺に当たることは奴の言った通り不運だ。そう不運。タイミング悪く虫が落ちてきたのも、足をつったのもすべて不運。つまり……。
「お前のスキルは恐らく……運を操るものだな?」
しかし俺は状態異常が無効なので、なんらかの効果で不運にすることはできない。つまり一連の不運は俺がスキルの効果を受けているのではなく、奴自身が幸福になっているのだと考えられた。
「ふっ……それがわかったところでどうにもならないわよ。幸運はすべてに勝る最強のスキル。あたしの魔人スキル『グッドラック』はいずれあなたを殺すわ」
「確かに、幸運なのは強い。けど、お前が幸運なだけで俺に勝てるかな?」
「あたしが幸運なだけじゃないわよ」
「なに?」
魔人の指が俺のズボンを指差す。
「ん……? あっ」
ズボンのポケットが焦げ付いて穴が空き、そこから財布が地面に落ちていた。
落雷を受けたときに防御で張った魔力障壁が甘かったようだ。
しかしなぜズボンのポケットがピンポイントで焦げて穴が空いてしまったのか……。
「えっ? あ……」
拾おうとする俺の手を逃れて財布が地面を滑り落ちていく。
「ちょ……」
そして岩山の端までいき……。
「あ……」
崖下へ落下していく。
まあ、あとで下へ降りて拾えば……。
ゴロゴロピシャッ!
「は?」
落下していく俺の財布へ雷が落ちる。
一瞬で黒焦げとなった俺の財布は、散り散りとなって風に飛ばされていった。
「な、なんだとぉ……」
こんな偶然があって……はっ!?
「お、お前の仕業か?」
「ええ。『グットラック・スティール』あたしは幸運を吸収できるの。幸運は消耗品よ。ここへ来てからあなたの幸運を奪い続けてほぼゼロにしてやったわ」
現金を失ったのはもちろん、クレジットカードとキャッシュカードも入っていた。それらの再発行が面倒くさい地味に痛い攻撃であった。
「カッカッカッ。相手の幸運を奪って自分を幸運にできる最強のスキルがあれば、あんたがどれほど強かろうが関係無いわ、勝つのはあたし。カカカッ、あんたを倒すことなんか、あたしひとりで十分。他の連中なんていらないわ。あたしこそが最強の魔人なのよ。カカカカカッ!」
「こ、この野郎……」
魔人から受けたダメージではこれが一番にでかい。俺にここまでの痛手を与えるとは、なるほど最強の魔人である。
「幸福はあたしに吸収されて、あなたはどんどん不幸になっているわ。不幸から身を守るのに必要な幸福がすべて無くなったらどうなるかしら? カカッ、あなたはあらゆる不幸に見舞われて不幸のどん底に落ちるわ。そうなれば不幸な事故で死ぬか、もしくは辛過ぎて自殺するかもしれないわね。カカカカカカッ!」
「それは困るな」
「知らないわ。困ればいいじゃない。それがあたしのスキルだもの」
「だから返してもらうぞ」
俺は魔法で姿をルシーラへと変える。
「ふふん。あなたが姿をコピーして同じスキルを使えるのは知っているわ。でも遅かったわね。あなたの幸福は十分に奪ったわ。同じスキルなら効果は相殺されて幸福を奪うことは不可能……えっ?」
「気付いたか?」
「あ、あたしの幸福が減っているっ!? 同じスキルなら効果が相殺されるはずなのにっ!」
「同じじゃない」
と、俺はルシーラに近づいてその頭を掴む。
「俺とお前じゃそもそもの強さが違う。スキルは同じでも威力は俺のほうが上だ」
「ひっ……っ!
「さて、幸福はすべて返してもらったな」
財布は返ってこないが……。
「……ん? これは」
この身体には魂が2つ入っている。生まれつきなのか、それともなんらかのことがあって悪霊のように憑りついたのか……。
「どちらが元々の魂かはわからないが、とりあえず殺すのはお前だけだ」
「えっ? があっ!?」
ルシーラの魂だけを肉体から引き剥がし、あの世に送ってやる。
「……う、うう」
「……」
「えっ? は、白面っ! うわあああっ!!! ご、ごめんなさいっ! 殺さないでくださいっ!」
「それは話を聞いてから決めるよ。戸塚」
「ああ。彼の存在は重要だよ。ここで殺しちゃ僕の考えが台無しなってしまう」
やはりなにか考えがあってこの男を俺の前によこしたのか。
「と、戸塚? えっ? その人はフランソワさんじゃ……?」
困惑している様子の男。
ルシーラと違って彼は悪人に見えない。
奴のせいで魔人になってしまった被害者なのか、とにかく話を聞くことにした。




