第206話 アカツキの始めたゲーム
「もしもし」
「あ、コタロー? たぶんいま会社の最寄り駅あたりにいるよね?」
「うん。よくわかったね」
「いつも同じ電車に乗ってるでしょ? だからだいたいわかるの。それで見た?」
「見たってなにを?」
「街頭ビジョンのアカツキ」
「ああうん。偽物のアカツキが映ってたあれね」
ネットかテレビのニュースで事態を知って電話をしてきたのだろうか? 偽者に勝手なことを言われて怒り心頭なのだと、そう思った。
「偽物? ううん。あれ本物」
「えっ?」
「ハッキングして少しのあいだだけ街頭ビジョンを乗っ取ったの。結構、大変だったんだからね」
「ちょ、ちょっと本物って……」
俺はスマホのマイク部分を手で覆いながら人のいない路地裏に駆け込む。
「だってあれ、白面を倒した人に懸賞金とか言ってたけど?」
「うん。賞金を懸けたほうが盛り上がるじゃん?」
「な、なんでそんなこと……?」
そんなことをしたって俺たちを魔人のボスと騙った連中が喜ぶだけ。アカネちゃんの意図がまったく理解できなかった。
「なんでって、そりゃバズりそうだからだよ」
「バ、バズりって……」
「最初は魔人のボスにされてムカついて、早く濡れ衣を晴らしたいって思ったよ。けどちょっと考えて、逆に状況を利用してやろうって思ったの。濡れ衣がいつどうやって晴れるのかはわからないけど、それまでただやられっぱなしじゃムカつきが晴れないもんね」
「アカネちゃんの考えはわかったよ。とりあえず少し話そう。今どこにいるの?」
「秘密基地」
「秘密基地?」
「そう。小太郎ならわたしがどこにいるかわかるでしょ?」
「うん」
会社には遅れてしまうがしかたない。アカネちゃんが優先だ。
駅前にあるトイレの個室に入った俺はそこで転移ゲートを開き、アカネちゃんのいる場所へと移動する。
「こ、ここは……?」
たぶんダンジョンの中だ。
岩壁には不自然な大穴が空いており、その方向にアカネちゃんがいるらしく中へ入って進む。
「あっ」
奥には岩壁に囲まれた部屋が……。
「こ、ここは……?」
そこにあるイスに座り、机に置いてあるノートパソコンをアカネちゃんは弄っていた。
「来たねコタロー」
「うん。なんか不自然な穴だね? 見つけたの?」
「掘ったんじゃ」
「えっ? あ」
声が聞こえて横を向くと、そこには大人雪華が壁に寄りかかって腕を組んで立っていた。
「なんで雪華がここにいるんだ?」
「アカネちゃんに頼まれたんじゃ。手伝ってほしいとの」
「手伝うって?」
「うん? 聞いとらんのか? ゲームをじゃ。開催の本部がほしいからと、この穴を掘らされたんじゃ。まったく、か弱いわしにもぐらの真似事をさせるとはのう」
「なんか大人の姿になるとすっごい力持ちになるってコタローから聞いたからさ。いつもわたしのコタローと一緒にいていい思いしてるんだから、これくらい手伝ってもらってもいいでしょ?」
「コタローはわしの男じゃ。なにをしようとアカネちゃんに対して後ろめく思う必要は……まあよい。この話は長くなるからとりあえず置いとくのじゃ」
「そうだね。まあコタローがはっきり言えばすぐに終わるんだけど」
「め、面目ないです」
痛いところを突かれて俺は小さくなった。
「あ、そ、それでゲームって……いや、そもそも5億円なんて用意できるの?」
「用意する必要無いでしょ? コタローが負けるわけないんだし」
「まあそうだろうけど……」
そのときスマホが鳴って俺は出る。
「あ、無未ちゃんか。もしも……」
「小太郎おにいちゃん大丈夫なのっ?」
「えっ? だ、大丈夫かって……なにが?」
「なんかアカツキてか、あの小娘が街頭ビジョンで白面を倒したら5億円とかふざけたこと言ってたらしいけどっ! というか今どこっ? すぐ行くからっ!」
「あ、ああうん」
……ということで俺は転移ゲートで移動して無未ちゃんを連れて来る。と、
「ちょっとあなた小太郎おにいちゃんになにさせようとしてんのっ!」
アカネちゃんを見つけるやいなや、大声で怒鳴りつけた。
「ああもう、うるさいの呼ばないでよね」
「うるさいってなにっ! 小太郎おにいちゃんになにかあったら……っ」
「な、無未ちゃん落ち着いて」
興奮する無未ちゃんを俺は宥める。
「小太郎おにいちゃんっ! こんなことに付き合う必要無いからっ! 帰ろっ!」
「まあ……俺も今回はアカネちゃんに付き合うかは迷ったよ」
「えっ? も、もしかしてダメだった……かな?」
俺の言葉を聞いたアカネちゃんは戸惑いの表情を浮かべる。
「うん。ダメかはともかく事前に相談はしてほしかったかな」
「それは……そうだね。ごめん。けどコタローなら大丈夫と思って……」
「大丈夫だけど、俺も仕事とかあるしさ」
「う……本当にごめん。この企画を思いついたらテンション上がって、勢いで始めちゃって……。よく考えたらいろいろダメだよね。やっぱ中止を……」
「いや、ちょっと待って」
戸塚に任せてただ濡れ衣が晴れるのを待っていてもしかたない。
「向こうにとって想定外の動きをして、揺さ振りをかけてみるのもいいかもしれない。もしかしたらなにかこちらの無実を証明できるような動きをしてくれるかも……」
「動きって?」
「うん。恐らくこの企画は世界中が注目をする。スポーツの世界大会よりも全人類が注目する大イベントなると思う。デュカスはともかく、メディアのほうはこのイベントを放って置かない。盛り上げるために報道をしまくるはず。けどこのイベントはメディアが想定するほど盛り上がらない」
「えっ? どうして?」
「スポーツとかが盛り上がるのはある程度、実力が拮抗してるからだ。一方が圧倒的に強くちゃおもしろくない」
「あ……」
「俺は世界中のハンターや軍隊に攻撃されようと苦戦なんかしない。誰も殺さずに余裕で勝ち続けることができる。そうすれば盛り上がらないし、俺が誰も殺さないことを世界中の人間が疑問に思う。そうなったらデュカスやデュカスとグルになっている連中は都合が悪いしおもしろくない」
「そしたらなにか動きを見せるかもってこと?」
「アカツキと白面の無実を証明できるような動きを見せるかはわからないけど、なにもしないでいるよりはいいと思う」
今はアカツキと白面だが、時間が経てば俺たちの正体も知られて報道されてしまうことだろう。そうなっては面倒だ。なんとかしてその前に濡れ衣を晴らさなければならない。この企画でどうにかなる可能性は低いが、戸塚に任せるだけでなにもしないよりはいいと思った。
「で、でも小太郎おにいちゃん、世界中のハンターとか軍隊だよ? 軍隊はともかく、ブラック級のハンターは手強いと思うけど……」
「平気さ」
そう言うも無未ちゃんは不安そうだ。
「コタローごめん。わたし、コタローを絶対に負けないスーパーマンみたいに思ってて……すごくあぶないことを……」
「その認識は間違ってないよ」
と、俺はアカネちゃんの肩に手を置く。
「俺は絶対に負けない。君の考え通りにね」
人類が総力を結集して俺を殺しに来るだろう。
しかし俺が殺されることは無い。傷つくことも無い。これからはじまるのは、実につまらない一方的な戦いだと、俺だけが知っていた。




