第203話 最大の戦いを前に魔王は手も足も出ず……
……クルーズ船での事件から数日が経つ。
結局、事件はテロリストによる大量殺人ということになり、魔人の関与は報道がされなかった。中国領海内で沈没した船は中国政府の意向で引き上げての調査はせず、事件は真相を世間に知られることなく終わる。
外国の金持ちや政治家も多く殺されているため、船の引き上げをしない中国政府には抗議もあったそうだが、決定が覆ることは無いとの報道であった。
中国政府はユンがやったことだと知っている。ユンの末路まで知っているかはわからないが、船を引き上げることで余計なものが見つかって、それが外部に漏れる可能性を危惧しているのだろう。もしも中国政府の高官であるユンの犯行と知られるようなものが出てきては大問題だ。そのため中国政府は決して船の引き上げはしないだろうと、俺は思っていた。
……それはまあともかくとして、現在、俺はすごく気まずい状況にある。
自宅のテーブル前にアカネちゃんと並んで座り、目の前には無未ちゃんと雪華が座っていた。
「ちょっと早く言ってよ」
「ああうん……」
アカネちゃんに肘で突かれるも、俺の口から言葉は出ない。
先日、戸塚とシェンが帰ったあと、アカネちゃんの部屋でちょっとエッチなことをした。アカネちゃん的には本番までするつもりだったそうだが、人がたくさん殺された事件のあとにするのもなんか不謹慎と、その日はキスだけをいっぱいして本番はまた後日ということになったのだが……。
「早く」
「うん……」
本番をする前にけじめをつけとくべきだと言われ、こうして無未ちゃんを呼んで話す準備を整えた。
アカネちゃんの言うけじめとは、端的に言えば無未ちゃんにきっぱり恋人にはなれないと告げることだ。
無未ちゃんがどれほど俺に想いを寄せてくれているか知っている。恋人になれないなどと告げればどれほどに傷つくか。想像しただけで俺も辛い。
「小太郎おにいちゃん話ってなに?」
「あー……えっと、うん。そのね……」
「もーじれったいんだから。わたしが言おうか?」
「い、いや、俺から言うって決めたことだし……」
身体の関係はまだだが、俺はもうアカネちゃんと唇でキスまでしたのだ。他の女性と付き合うことはできない。言うしかないのだ。
「あ、あのね無未ちゃん……」
「なんじゃ? アカネちゃんとヤッたのかの?」
「ふぇっ?」
不意に放たれた雪華の一言に俺は言葉を忘れて固まる。
「ヤッから無未ちゃんとは恋人になれないと、そう言いたいんじゃろ? まごまごとしおってじれったい奴じゃ」
「そ……そうなの小太郎おにいちゃんっ!」
「い、いいや、ヤッてはいないっ! ヤッてはいないよっ!」
「なんじゃヤッとらんのか? じゃあなんの話じゃ?」
「そ、それは……その」
「あーもうっ!」
隣で声を上げたアカネちゃんが、両手でテーブルをバンと叩いて立ち上がる。
「わたしはコタローとキスしたのっ! 唇でいっぱいねっ! だからもうあんたとは恋人にはなれないって、コタローはそう言いたいのっ!」
叫ぶアカネちゃんを無未ちゃんはポカンと眺めつつ、やがその視線は俺へと降りてくる。
「そうなの小太郎おにいちゃん?」
「ま、まあ……その、そういうことで……」
「嫌だ」
「そうですか……」
じゃあそういうことで……とはなるわけなく、
「そうですかじゃないでしょっ!」
一瞬の間を置き、アカネちゃんに思いっきり胸倉を掴まれて揺さ振られる。
「ちゃんと恋人になれないことを話すって言ったでしょっ!」
「だって、嫌って言われちゃったし……」
「それで済むわけないでしょっ! てかあんたも嫌ってなにさっ! コタローはわたしを選んだんだから、おとなしく引きなさいよねっ!」
「そんなこと言われても嫌だし。と言うか、キスぐらいで小太郎おにいちゃんを自分のものにしたつもりなの? 唇でのキスぐらいわたしなんか子供のころに小太郎おにいちゃんといっぱいしてるし」
「えっ? そうなの?」
「こ、子供のころ? いや、ぜんぜん覚えてないけど……」
「小太郎おにいちゃんがお昼寝してるときこっそりしたからね」
「そんなのノーカンじゃんっ!」
子供のころのことだし俺もそう思うが、しかしまさか寝ているときにされていたとは。無未ちゃんはそんなに前から今まで俺を想ってくれていたんだな……。
「キスなんかわしは毎日、小太郎としておるぞ」
「そ、そうなの? 巨乳好きかと思ってたけど、実はロリコン?」
「い、いや、それは記憶に無いよ。雪華、変な嘘吐くなよ」
「本当じゃ。毎朝、寝ている小太郎におはようのキスをしておる。かわいい我が子にキスをするのは当たり前じゃ」
「ま、また寝てるあいだにか……」
「うむ。愛し過ぎて顔を舐め回してしまうこともあるくらいじゃ」
朝起きると稀に顔がやたら濡れていることがあったけど、雪華が舐めていたせいだったのか……。
「しかしわしも、母としての想いを無しにしても小太郎には心を寄せておる。アカネちゃんの気持ちは知っておるが、そう簡単に認めるわけにはいかんのう」
「雪華ちゃんはまだ子供でしょうがっ」
「大人にもなれるのじゃ」
と、そう言って雪華は身体を大人へと変化させる。
「うわあっ!? お、大人になったっ!」
「ゆ、雪華ちゃんなの? というかお義母さん?」
驚く2人。そういえば大人雪華を見るのは2人とも初めてだったか。
「服が破れるからその姿になっちゃダメだって言っただろっ」
「おお、すまんつい……。しかし大人なわしの魅力に小太郎もメロメロじゃ。この中で乳も一番にでかいしのう」
「コタローはおっぱいの大きさだけで女の子を選んでるわけじゃないのっ! そうでしょコタローっ!」
「そ、それはそうだけど……。うーん、しかいやっぱりおっぱいがでかいのは良い。雪華とわかっていても、このスペシャルおっぱいには見惚れ……んごぉっ!」
アカネちゃんに顔面を殴られる。
「本当にスケベなんだからっ!」
「ちょっとわたしの小太郎おにいちゃんを殴らないでよっ!」
「あんたのじゃないでしょっ! この年増っ!」
「なんだとこのクソガキっ!」
取っ組み合いの喧嘩が始まってしまう。
「ちょ、ちょっと落ち着いてっ! 乱暴はダメだよっ! 話し合おうっ!」
「「うるさいっ! すっこんでろっ!」」
「すいません……」
2人に怒鳴りつけられて俺はおずおずと座り込む。
いや、けどやっぱり止めないと……。
「あんたが諦めれば丸く収まるだからっ!」
「ぜぇぇったいに諦めないからっ! 小太郎おにいちゃんはわたしのだしっ!」
もちろん本気では無いだろうがすごい迫力で取っ組み合い喚き合っている。俺が止めに入る余地が見えなかった。
「しょうのない女どもじゃのう」
と、雪華が横へ座る。
「しかし無未ちゃんのあの様子じゃ、お前にフラれたら自殺しかねんのう」
「そ、そんな大袈裟な……」
まさか自殺だなんて。ひどく傷つきはするだろうが、自殺だなんてそこまではしないと思う。
「そうでなかったとしても、無未ちゃんはひとり寂しく生きていくことになるじゃろうな。それはわしとて同じこと」
「そ、そうなの?」
「そうじゃ。わしや無未ちゃんが他の男を好きになると思うかの?」
「うーん……」
俺より良い男なんていくらでもいると思う。
けれど2人が他の男と仲良くなんて……。
「それにお前も嫌じゃろう? わしや無未ちゃんが他の男となど」
「そ、それは……」
嫌だ。とは言えない。俺はアカネちゃんを選んだのだから……。
「……けど、例え嫌だとしてもそれは俺の身勝手だし我慢するしかないよ。結婚はひとりとしかできないんだしさ」
「そうじゃのう。難しいところじゃ。しかしわしもそう簡単に2人の結婚を認めるわけにはいかん。わしだって小太郎に抱かれたいのじゃ」
と、雪華は俺の腕を取って自らのスペシャルなおっぱいへと挟み込む。
「ぬふぉおおっ!?」
腕がおっぱいに食われた。
おっぱいが腕をやわやわと食う衝撃の瞬間である。
「わしにしておけ。後悔はさせんのじゃ」
「そ、そそそういうわけには……」
「わしはすごいぞ。一度、抱いてみるとよい。そうすれば考えも変わるのじゃ」
「ダ、ダメだってっ」
「ダメではない。ほれ脱げ。わしとの仲を2人に見せつけてやるじゃ。はあはあ。早く脱ぐのじゃっ!」
「ちょ、ぬ、脱がさないでっ! きゃーっ!」
「ちょっとなにやってんのっ!」
気付いたアカネちゃんが雪華を引き剥がそうと掴んで引っ張る。
「雪華ちゃん、わたしに花嫁修業してくれてそれはないんじゃないのっ!」
「小太郎はわしの男じゃっ! わしが産んだんじゃっ! だからわしのもんじゃっ! 誰にも渡さんっ!」
「う、産んでもらってないです……」
今度は3人で取っ組み合いを始めてしまう。
もう俺に止められるような気はしなかった。
「け、けど止めないと……」
俺のせいでこんなことになっているのだ。
ただ見ているわけにはいかない。
「さ、3人とも……ん?」
3人の争いを止めようとする俺のズボンをコタツが咥えて引く。
「な、なんだ? お前もなにか言いたいことがあるのか?」
コタツも俺を慕ってくれているのは知っているが、まさかこいつも……。
しかしコタツは首を横へ振り、続いてその首をテレビに差し向けた。
「なんだお前テレビなんか見てたのか? なに見てたのかは知らないけど、今はお前と一緒にテレビを見てる暇は……うん? って、な、なんだこれはっ!」
テレビではニュースがやっている。それは別におかしなことではないのだが、問題は内容であった。
「ア、アカネちゃんちょっとっ!」
「なにっ!」
無未ちゃんの髪の毛を引っ張りながらアカネちゃんが怒り顔をこちらへ向ける。
「ア、アカツキと白面が……」
「えっ?」
俺がテレビの画面を指差すと、アカネちゃんは無未ちゃんからの髪から手を話して目を見開く。
「ちょ、ちょっとなにこれっ!」
テレビにはどこかの都市を襲う魔人たちの様子が映し出されている。その魔人たちの中にアカツキと白面がおり、テレビでは2人が魔人を指揮していると報道していたのだ。