第202話 デュカス最大の障害(小田原智視点)
最高の展開になった。
メルモダーガの命令によって地下教会の円卓に集められた連中を眺め回して智はニヤつく。
座っているのは自分を含めて4人。
メルモダーガに自分とドルアン。あとはミーシャとかいう若い黒人の男だ。
12人にいた精鋭のうち9人はいなくなった。
何人かは生死不明らしいが、恐らく仮面野郎に殺されたのだろう。
分の悪かった賭けの勝ちが見えてきた。
あとはドルアンとミーシャが死ねば自分がデュカス最強の魔人だ。
しかし自分もすでに3本の魔人となった。
2人の前に自分が仮面野郎の始末を任せられるのではないか?
(まあ、そうなったらドルアンとこいつは仮面野郎のあとでぶっ殺せばいいか)
3本角となって最強のスキルも手に入れた。もう仮面野郎など眼中にない。デュカスでのし上がる踏み台くらいとしか奴のことを考えていなかった。
円卓ではメルモダーガが不機嫌な表情でこの場の全員を見回している。
「集めた理由はわかっていると思う。他でもない白面のことだ」
そうだろう。
明確な根拠は無いが、恐らく魔人の精鋭たち9人の魔人は奴に倒された。少なくともメルモダーガはそう確信している。いや、確信したいというのが正確か。白面以外に3本角の魔人を倒せる奴が存在するとは信じたくないのだ。
「ジェイニー、ミレーラ、椿、羽佐間、ポタニャコフ兄弟、フランソワ、ユン、イー……我が子と信頼を置いていた精鋭の魔人たちが白面に殺された」
「信頼ねぇ」
ぼそりと呟いた智にメルモダーガの視線が刺さる。
「なにか言いたいことがあるか? 智君?」
「ふん。たったひとりにやられちまうなんてたいした精鋭だと思ってな。それにユンの野郎は信頼できねーから始末する気だったんだろ? 殺してもらえて丁度良かったんじゃねーの?」
「黙れ智」
「お父様に聞かれたから言っただけだぜ? ドルアン兄様よぉ」
「この場で殺されたいか?」
「へっへ、言葉をそのまま返すぜ。死ぬのはあんただろうけどな」
「ならば……っ」
立ち上がろうとするドルアンだが、その肩をメルモダーガが掴む。
「仲間内で争っている状況ではない。座れ」
「……」
智を睨むドルアンだが、やがて不服そうな表情で座った。
「白面は計画最大の妨げだ。早急に始末しなければならない。そのための方法を考え出す必要がある」
「私が行って始末してきましょう。父上のために必ずや……」
「本当に必ず始末できるという自信があるのか? お前は奴と会ったのだろう? そのときに真っ向から戦っても勝てないと悟ったはずだ」
「そ、それは……」
「お前まで失うわけにはいかない。奴を始末できる確実な方法を考え出すのだ」
「……はい」
ドルアンのスキルは知らない。
だが仮面野郎に勝てないと自らで悟れるようなスキルならば、たいしたことはないのだろうと智はほくそ笑む。
「やはり私と智、ミーシャの3人で白面の始末に向かうのが無難かと」
智は向かいに座っているミーシャを眺める。
見た目は外人だが、日本生まれで職業はヤブ医者と聞いた。医療が未発達な地域に行って貧困な奴らなんかを治療している変わった野郎……かと思いきや、その傍ら患者の臓器を売り払って儲けているクソ野郎らしい。
「3人で行く必要なんてないわよ」
そのミーシャがドルアンの提案に反対の声を上げた。
「白面の始末なんてあたしひとりで十分よ。だいたいあたしこいつ嫌いなの。生意気でムカつくわ」
「気が合うじゃねーか。俺もカマ野郎は嫌いだぜ。ケツを向けたらなにされるかわからねーからな。くっくっくっ」
睨まれた智は、ニヤけた表情でミーシャを見返す。
「黙れ。決めるのは父上だ。お前らに決定権は無い」
ドルアンにそう言われたミーシャは、不服そうな表情で舌を打つ。
「3人でか……ふむ」
ドルアンの提案を聞いたメルモダーガの表情は渋い。
もっとも無難な方法だ。この方法は智にとっても都合が良く、仮面野郎を殺すどさくさに紛れてドルアンとミーシャも始末できると心の中で笑う。
だが仮面野郎など即死スキルで一瞬にして始末できる。それなのに自分をひとりで行かせず、3人での始末を提案したドルアンの考えが智は不可解であった。
「しかし確実に仕留められるかはわからないな」
「ミーシャもいますし、作戦を綿密に練って万全を期せばほぼ確実に仕留められるかと」
このカマ野郎がいるからなんなのか?
どんなスキルを持っていようが、即死スキルほどではないだろう。こんな奴がいようがいまいが同じだと智は思う。
「そうだな。ならば作戦はお前に任せる。確実に白面を仕留めろ」
「はっ」
どうやら話は決まったようだ。
ドルアンがどんな作戦を考えるかは知らない。どうだっていい。仮面野郎もろともドルアンもミーシャも殺すだけだ。
そして自分がデュカスのナンバー2になる。
先の楽しみに心躍らせつつ、智が円卓のイスから立ち上がろうとしたとき、
「少しいいですかな?」
円卓の外で話を聞いていた佐野青洲が声を上げた。
こいつはマスコミ最大手である毎陽新聞の会長をやっている男だ。日本のマスコミ業界でもっとも影響力のある人物で、日本中のメディアがデュカスを好意的に報道するのはこいつの影響らしい。
政界や経済界にも強い影響力を持っており、こいつに嫌われればどちらの世界でも生きていけないほどに強い権力を持っている男とのことだ。
「なんでしょうかかな? 佐野さん」
「はい。白面を始末する前に、奴をデュカスに都合良く利用してやる方法があるのですが」
「ほう。デュカスに都合良く奴をですか。お聞かせ願えますか?」
「はい……」
白面をデュカスに都合良く利用する方法。それを佐野から聞いたメルモダーガは表情を邪悪に歪ませる。
佐野はレイカーズやジョー松の件でマスコミが世間から大バッシングを受けたことを理由に、アカツキと白面を邪魔に思っている。その佐野が提案した方法はマスコミの信頼回復と白面を陥れることの2つができるもので、デュカスにとっても都合が良いものであった。
「……素晴らしい。さっそくお願いできますかな?」
「もちろんすぐに取り掛からせていただきます」
メルモダーガの許しを得た佐野も邪悪な笑みを返す。
これは少し余興が楽しめそうか。
自らの持つ権力をすべて使って佐野は仮面野郎を嵌めるつもりだ。嵌められたあの野郎がどのような行動を取るか?
慌てふためく姿を想像した智は、楽しい気分に心が湧き立ってきた。




