第201話 ダンジョンの先にあるもの
「フ、フランソワっ! あんた生きてたのっ!」
アカネちゃんは怒りの形相で戸塚を指差して叫ぶ。
「ど、どうしたのアカネちゃん?」
「こいつは魔人なのっ! わたしを殺そうとしたっ!」
「えっ? そ、そうなの?」
そういえば魔人を倒したとかアカネちゃんは言っていたが……。
「と、とにかく落ち着いて。この中にいるのは戸塚で魔人じゃないよ。もとの魂は死んでたとかで、身体を戸塚がもらったんだって」
「えっ? そ、そうなの?」
それを聞いたアカネちゃんの表情が和らぐ。
「えっ? 戸塚って……もしかしてあなたは我琉真様っ!」
「ああ。元気そうでなによりだよシェン」
「が、我琉真様……も、申し訳ありませんっ! 魔人のいる施設は発見したのですが、そのあとに魔人から襲撃を受けて殺され……あれ? そういえばわたしなんで生きているのでしょう? 首を落とされたような……あれ?」
「もういい。全部終わったからね。気にする必要は無い」
「は、はあ」
きょとんとした表情で首を傾げるシェン。
この身体が元々イスだったなんて信じられないだろうな。
まあ言う必要も無いが。
「と、とにかくあんたはフランソワじゃないんだね?」
「ああ。君に夢の中で殺された記憶だけは頭に残ってるけどね」
「夢の中?」
一体なんの話だろうと、俺はアカネちゃんを見下ろす。
「その話は長くなるからあとでね。とりあえずどうしようかな? パパ?」
「うん? そ、そうだな。大事件が起こったんだ。とりあえず警察に連絡したほうがいいか? いや、海の上だし海上保安庁か? あれ? というか事件が起こったのは日本の領海と中国の領海どっちだ? 小太郎君?」
「わ、私に聞かれましても……」
「そうか……。じゃあまずは海上保安庁に連絡してみるか」
と、社長は急ぎ足で家に入って行く。
「紅葉は小太郎さんに添い寝してもらいたいですっ!」
「えっ?」
「あんたは部屋に戻って寝なさい。ママ。紅葉を連れてって」
「うん。ほら紅葉、来なさい。夜更かしするとママみたいにおっぱい大きくならないよ」
「もう十分におっきいけど……そうだね。おねえよりおっぱいを大きくしたほうが小太郎さんは喜ぶもんね。うん。紅葉、小太郎さんのためにおっぱい大きくするっ! だからもう寝るねっ! おやすみなさいっ!」
「あはは、おやすみ」
俺へ向かって手を振る紅葉ちゃんを連れて楓さんも家の中へ入って行った。
「さてと」
と、アカネちゃんが俺たちを見回す。
「それじゃあわたしたちはどうしようか? なんにもないならわたしはコタローと部屋ですることがあるんだけど」
「することって……も、もしかして」
キスの続き。
それを想像した俺の身体は興奮で熱くなってくる。
「あ、と、えっと、アカネちゃん。俺はシェンに聞きたいことがあるんだ。中に入ってもらってもいいかな?」
「シェンってこの子のこと? いいけどこの子どこの子なの?」
「そういうことも含めて中で話すよ。あ、戸塚は帰ってもいいぞ。お前と話すことはもう無いからな」
「そう邪険にしないでくれよ。この身体も魔人だったものだ。役に立ちそうな記憶もあるからさ」
「ん? まあそうか……」
こいつをアカネちゃんの家に入れるのは嫌だが、魔人だった身体に俺の知りたい記憶があるかもしれないし、話は聞いておいたほうがいいか。
俺たちはアカネちゃんに案内されて家の中へ入り、リビングに通されてイスへと座る。それから俺は今まであったことをアカネちゃんに話し、アカネちゃんは俺に魔人フランソワとの戦いを話してくれた。
「アカネちゃんに『魔王眷属』の力が……」
膝に抱いているコタツをアカネちゃんは見下ろす。
コタツに『魔王眷属』の力が備わっているのは知っていた。しかしその力を切っ掛けに、アカネちゃんへ強力な能力が備わるとは……。
これはまったく想像していなかった事態だ。しかしとにもかくにもアカネちゃんが無事であったことがなによりであった。
「じゃあ、身体のどこかに異世界の数字が……」
「うん。まだどこにあるかわからないけどね。どこにあると思う?」
「えっ? いや、それは……どこだろうね?」
「ふふ、じゃああとで探そうか。2人で」
「ふ、2人で? う、うん」
2人で探そう。
この言葉にはもっと深い意味が込められていることを俺は知っていた。
「あ、わたしも一緒に探してあげてもいいですよ? わたしもなんか知りませんけど異世界の数字がわかりますし」
「えっ? あーシェンちゃんだっけ? これってそういうことじゃなくてね」
「そういうことじゃない? えっ? じゃあどういうことですか?」
「それは……」
「シェン、数字探しは2人でしたいことなんだ。君はいいの」
「我琉真様? でも3人で探したほうが早くないですか?」
「いいから」
「そうなんですか?」
首を傾げるも、しかし戸塚に無言の圧力をかけられシェンは押し黙った。
「さてじゃあこれまでのことを話したことだし、ここからが本題だ。デュカスやメルモダーガのこと知りたいんだろう?」
「ああ」
魔人とデュカスの繋がりはわかった。
気になるのは魔人が言っていた異世界という言葉だ。デュカスのボスであるメルモダーガがどのように異世界と繋がっているのか? 俺はそれが知りたかった。
「まず、メルモダーガが何者なのかを知りたい」
「うん。結論から言ってしまえば奴は異世界から来た人間のようだよ」
「異世界の人間か……」
異世界に行って帰って来た人間、もしくは異世界人となんらかの関りがあるのではという可能性もあったが……。
「魔人は奴の力で作り出されている。心の邪悪な人間ほど、強力な魔人ができるらしくてね。邪悪な人間を探して集めているようだ」
「邪悪な人間……」
俺が倒してきた魔人たちを思い出せば、確かに邪悪な奴ばかりであった。
「メルモダーガがどうやって異世界からこちらの世界へ来たかはわかるか?」
「ダンジョンを通ってだよ」
「ダンジョン……。そうかやっぱり」
コタツと再会したときから、もしかしてダンジョンは異世界に通じているんじゃないかと薄々とだが疑っていた。しかし俺がいた異世界には空があった。地下へ向かっているダンジョンがなぜ異世界に通じているのかは不明だった。
「こっちと異世界がどうやってダンジョンで繋がってるかとかはわかるか?」
「残念ながらフランソワという魔人の記憶には無いね。シェンは?」
「わたしのイーとかいう魔人の記憶にも……。ただメルモダーガがダンジョンを通ってこちらの世界へ来たという話を聞いたって記憶しかありませんね」
「そうか……」
ダンジョンと異世界の繋がりに関しては自分で調べてみるしかないか。
「異世界って、なんか信じられないですね。あ、でも、わたしの記憶にはあるんですよ。行ったこともない異世界の光景が」
「それは魔人が俺の姿になったときの記憶だよ。まあ俺も全部を克明に記憶してるわけじゃないからいろいろおぼろげだろうけどね」
「はい。けど魔王って……あなたは本当にこれほど強かったんですか? 記憶にあるので真実なんでしょうけど、なんかその……まるで」
「忘れたほうがいい。君には必要の無い記憶だから」
「は、はい」
かつて異世界に存在した最強の魔王。
その強さは今の俺からは想像もできないほどに強大な存在であった。
「彼はいずれ世界を支配する男だ。彼の記憶を知った君なら、僕以上にそう思うんじゃないかな?」
「そ、それよりもわたしはこの人の力が怖いです」
と、シェンは怯えたような目を俺へ向ける。
「魔王は……人間じゃありません。人間よりもっと強大で、人間を支配とかそういう次元じゃなくて……と、とにかく怖いですよっ」
「それが正しい反応だよ」
俺は怯えるシェンへ向かって微笑む。
「魔王の力は人間を支配するとかそういう次元ものじゃない。崇めるとか尊敬するとかじゃなくて、ただ恐怖してしまう。そういう力だ」
自分の力だったのに、今はあの大き過ぎる力が怖い。
あんな強大な力が自分の中にあったという事実は恐怖でしかなかった。
「けど今の俺にあの力は無い。恐れなくても大丈夫だよ」
「はい……」
返事はするも、俺の記憶を探って魔王を知ってしまっただろうシェンの目は怯えたままであった。