第195話 強い力に魅了される者同士(戸塚我琉真視点)
小太郎が転移ゲートに入って行くのを見送った戸塚は、シェンに向かって肩をすくめる。
「あれほどの男にあれだけ愛されるなんて、たいした女の子だよ」
小太郎は心の底から深くアカネのことを愛しているのだろう。その愛する女性を人質に取った過去がある自分は、恐らく生涯に渡って彼から強い信頼は得られないだろうと思った。
「わたしも我琉真様をお慕いしていますよっ」
「そういうのじゃないんだ。それよりも僕らはどうしようかな? ここで彼が戻って来るのを待つか、それとも先にユンを探しに行くか……」
探すとして、この大きなクルーズ船のどこにユンがいるのか?
闇雲に探していては時間がかかるだけだ。すでに魔獣を船内に放ち、計画を実行したユンがどこに潜むか? それを考えて探すべきだろう。
「しかし探すにしても、やっぱり魔獣が厄介か」
放たれているのはさっき小太郎が倒した1匹だけではないだろう。何匹がこのクルーズ船内を走り回っているかは知らないが、できるだけ出くわしたくはない。
「彼は魔獣を瞬殺していたけど、あれはブラック級のハンターを殺せる強さを持っているんだ。やっぱり僕らだけだと不安だね」
戸塚の持つスキルでは魔物が周囲にいなければなにもできない。殺されても存在自体を失うことはないが、戦闘能力は無いに等しい。
「シェン、君はここで彼を待っていてくれ。もしもユンを見つけたら連絡をするから君はそれを彼に伝えてくれ」
「えっ? け、けど今の我琉真様では戦えませんよっ! ユンを見つける前に魔獣に殺されてしまいますっ!」
「ここじゃ僕は戦力外だ。僕や君がなにもしなくても、彼はきっと勝手にユンを探して、見つけたら速攻で始末してくれる。ここで僕にできることがあるとしたら、探す手間を省いてあげることくらいさ。大丈夫。この肉体が食われても、僕は別の死体に憑依すればいいだけだ。やられても問題は無い」
「……わかりました。我琉真様、お気をつけて」
「ああ。君も気をつけて」
戸塚はシェンに背を向けて甲板を歩いて行く。
それから扉を見つけて船内へと入った。
「おっと、これはひどいな」
通路のあちこちに血しぶきや死体が転がっている。
この様子ではもうほとんど生き残ってはいないだろう。
「無差別に殺しているのか。けれど船員もすべて殺してしまったら、この船は動かなくなる。全員を殺したのちに、ユンだけがヘリかなにかで救助される手はずなのか……?」
しかしそれでは甘い。
人々を殺し尽くしたのちに魔獣は消滅して、あとに残るのは血や死体のみ。唯一の生き残りであるユンは、事件の犯人ではと疑われる可能性がある。
「この船には各国の政治家や金持ちが乗っている。中国政府がユンを庇いきるのは難しいだろう。だとすれば……そうか」
船を爆破して沈めてしまえばいい。
乗っているのは政治家や金持ちだ。過激なテロリストによる自爆テロということにしてしまえばユンが疑われることもない。
「完璧じゃないか。僕も見習いたいところがあるね」
ユンという男は自分に似ているような気がする。
似ているからか、考えていることもなんとなくわかった。
「彼はきっと中国政府に強い忠誠心を持っているんだろうな。そうでなければここまでのことはできない」
ユンは中国政府という強い力に魅了されている。そして自分は小太郎という強い力に魅せられている。似てはいても、魅せられているものはまるで違う。
「魅せられているものが同じなら友達になれたかもしれないな。……おっと」
遠くに魔獣の姿が見え、壁に張り付いて身を潜める。
魔獣は倒れている死体を避けて、階段を駆け下りて行った。
「死体は避ける……まあ当然だけど」
確か死体と魔人以外に襲い掛かるんだったか。
「死体と魔人以外……もしかしたら」
もしやと思った戸塚はわざと大きな足音を立てて歩き、階段の下に行った魔獣を見下ろす。
……音に反応して振り返った魔獣はゆっくり歩いて階段を上り、音のあった場所をうろつくもこちらへと襲い掛かってくる様子は無い。
「やっぱりか」
こいつは生きている存在しか襲わない。
戸塚が憑依しているのは死体だ。生きているときと同じように活動することはできるが、これが死体であることには変わりない。
「これなら安心してユンを探せるな」
奴がどこに行くか……。もしも予想通りなら、すでに脱出してしまったかもしれない。しかしまだである可能性に賭け、戸塚はその場所へと向かった。
……ふたたび甲板へ出た戸塚は、救命ボートが吊り下げらている場所まで行く。そこの暗がりで身を潜めてしばらく待っていると、何者かが近付いて来るのが見えた。
「一体どうしたというんだこいつは?」
その男は若い女を手を取って歩いて来る。
「おいフランソワっ! 救命艇についたぞっ!」
「……はい」
声をかけられた女は無表情で返事だけをする。
生きてはいるようだが、表情はまった変えず、まるで人形のようだった。
「……シェン、ユンを見つけた。救命艇のある場所だ」
そう携帯電話でシェンに伝えた戸塚だが、どうやら小太郎はまだ戻って来ていないらしい。しかしこのままでは救命艇で逃げられてしまう。
少し時間を稼ぐかと、戸塚は立ち上がって暗がりから姿を現す。
「君がユンか」
「っ!? お前は……」
驚いたような表情がこちらを向く。
「そう驚かなくていいよ、全部わかってる。君が魔人であることもね」
「……何者だ? 女」
「女じゃないけど……まあそれはどうでもいいか。何者かと問われれば、戸塚我琉真と名乗ろうか。とりあえず君の敵さ」
「戸塚我琉真? 聞いたことがあるな。確か日本で処刑されたテロリストの名前がそれだったような……」
「僕もグローバルになったものだ。中国政府の偉い人にまで名前を知られているなんてね。光栄だよ」
「処刑されたテロリストを名乗るとはふざけたことを……っ」
「ふざけてはいないよ。事実さ。まあ信じられないもしかたないね」
「……まあなんでもいい。いずれにせよ貴様も死ぬ。時間の問題だ。しかし無駄ではない。我が愛する政府のために死ねることを光栄に思うがいいぞ」」
そう言ってユンは救命艇に女を放り乗せ、吊り下げロープを下ろそうとする。
「我が愛する政府か」
魔人はデュカスと繋がりのある存在だ。デュカスが魔人を作り出しているとしたら、ユンはそれを裏切って中国政府のために動いているということか。……いや、デュカスに従う気など初めから無く、政府のために利用したのかもしれない。
しかしそんなことはどちらでもいいことだ。
「待った」
戸塚は懐から拳銃を抜いてユンへ向ける。
「このまま脱出して救助されれば君の計画通りだ。船は爆破によって沈められて、犯人のテロリストととも海の藻屑ってシナリオかな?」
「その通りだ。誰に聞いたかは知らないが、私を魔人と知っていてそんなおもちゃが通じると思うのか?」
「試してみるさ」
拳銃の引き金を引き、銃弾がユンの額を撃ち抜く。
頭を仰け反らせたユンだが、その身体はすでに人ではなく、紫色の体色に角を3本生やした魔人のものであった。




