第192話 最強眷属の力(伊馬アカネ視点)
フランソワは戸惑いの表情で動きを止めている。
「な、なぜわたくしの身体がもとに……」
どうやら自分で戻したわけではないらしい。
一体なにが起こっているのか?
恐らくここにいる誰も、その理由はわからなかった。
「あ、ああ……」
フランソワは頭を抱え、周囲を見回す。
その表情は困惑に満ちており、ひどく動揺しているように見えた。
「ここはどこ? わたくしは……わたくしは……」
「なに? なにが起こっているの?」
アカネもフランソワの変化に戸惑う。
なにかの策略か?
しかしあの動揺した様子が演技には見えない。
「わたくしは……フランソワは……お父様、お母様……ああ」
「えっ!?」
フランソワの身体が少しずつ縮んでいく。……いや、
「おとーさま、お、おかーさま、フ、フランソワはどうしてここに?」
縮んでいるのではない。フランソワの身体は少しずつ子供に戻っていた。
「パパ様、ママ様……。どこ? どこなの? あたくち……は。は、わ……あ」
幼児となり、そして赤子となる。
そのまま小さくなり続け、やがて姿は胎児となって最後は消滅してしまった。
「なにがどうなっているの……?」
わからない。ただ、フランソワは消えてなくなり、危機は去ったように思う。
「恐らくだけど」
コタツ君が戻って来てアカネに声をかける。
「あれは君の能力によるものだよ」
「えっ? でもわたしの能力って、コタツ君からもらった攻撃の無力化じゃないの?」
「そうだけど、さっきも言ったように君は能力を持った時点で『魔王眷属』の効果を受けているんだ。攻撃の無力化は『魔王眷属』の効果を受けて強化される」
「攻撃の無力化が強化されても、コタツ君と同じように能力を増殖させて他人へ与えることができるようになるだけじゃないの?」
「『魔王眷属』の力は魔王様と強い信頼関係で結ばれているほど、その効果も強い。悔しいけど君と魔王様の信頼関係は僕とよりも圧倒的に強いようだ」
「それってもしかして……『魔王眷属』で一番に小太郎と信頼関係が強いのはわたしってことなの?」
「たぶん。いや、きっとそうだ。君の身体のどこかには、異世界の数字で1が刻まれているはず。でもやっぱり悔しいな。魔王様とは僕が一番に長い付き合いなのに、信頼関係でもっとも強く結ばれているのはアカネちゃんだ。魔王様はよっぽど君のことが好きで、君も魔王様のことを強く想っているようだね」
「わたしがコタローの一番……」
それを知ったアカネの胸が熱くなる。
今すぐに会いたいという気持ちが溢れ過ぎてどうにかなにそうだった。
早く会いたい。会ってしたいことがたくさんある。
「アカネちゃんが使った能力はたぶん、敵を無力化するものだと思う」
「敵を無力化?」
「うん。僕は攻撃を無力化するだけだけど、アカネちゃんは攻撃を無力化した上で、攻撃してきた相手を無力化してしまうんだ。攻撃ができない状態にね」
「攻撃ができない状態って?」
「人は時間とともに成長して、相手を攻撃する強さや、自分を守る強さを手に入れる。それを失わせて無力化してしまうのがたぶん君の能力だ」
「つまり成長を奪って無力化……あ」
フランソワは少しずつ若くなっていた。身体だけでなく記憶すらも後退し、やがて消滅して無という無力な存在になった。
攻撃を無力化して、敵そのものも無力化。
消えていったフランソワの様子から考えて、能力はたぶんコタツ君の言う通りのものだと思えた。
「でも倒したのは夢のフランソワだし、現実ではまだ生きてるのかな?」
「それは僕にもわからない。けど、倒したのは夢のフランソワじゃなくて、スキルで入り込んできた本物のフランソワだ。どうなってるかはわからないけど、無事とは思えない」
「うん」
しかし例えふたたび襲って来ても、この能力があればもう怖くない。夢でも現実でも、奴は無力されて消滅するだけだろう。
「おねえ、これどうなってるの?」
紅葉が近づいて来て不思議そうにアカネを見上げる。
「これは夢。悪い夢だから忘れなさい」
「夢? うん? うん。そうだよね。だってここ宇宙だもん。現実なわけないもんねー。夢なら小太郎さんのところへ行ってエッチしちゃおっかな」
「馬鹿なこと言ってんじゃないの」
ポコンと紅葉の頭を叩く
「いて。夢なのに痛い……。変な夢……」
「あ、でもどうしよう? 紅葉をこのままわたしの夢にいさせて大丈夫かな?」
このまま自分が夢から覚めたらどうなってしまうのか?
それが心配だった。
「あそこにフランソワが開けた切れ目が残ってるよ。あれを通れば自分の夢に帰ることができるんじゃないかな?」
コタツ君の首が指し示す方向にはまだフランソワが開けた切れ目の穴があった。
「あ、本当だ」
アカネは紅葉とともにそこへ行き、中を覗く。
そこにはおいしそうな食べ物がたくさんあり、小太郎っぽい美化された男が半裸で立っていた。
「なんて夢を見てるの。あんたは」
「いたいっ。夢だからってポカポカ叩かないでよ」
「うるさい。もうあんたは早く自分の夢に戻んなさい」
首根っこを掴んで紅葉を切れ目の中へ放り込む。
それから切れ目を掴んで閉じると、なにも無かったように穴は消えた。
「さあ、あとは目覚めるのを待つだけだね」
「コタツ君はこのままここにいてもいいの?」
「ここにいる僕は本来の僕じゃなくて、君を守るために夢へ入り込んだ能力だけみたいな存在さ。気にする必要は無いよ」
「そっか」
アカネはコタツ君を抱き締める。
「ありがとう。コタツ君のおかげで助かったし、すごく大事なことにも気付けた」
「すごく大事なこと?」
「自分が思っていた以上に、わたしはあなたのご主人様が好きってこと」
きっと目覚めたときには小太郎が側にいるはず。
だから早く目覚めたい。
目覚めて小太郎に会うときを、アカネは今か今かと待った。