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第189話 突然の悲劇(伊馬アカネ視点)

 パーティが終わり、家族と別れたアカネは自室へ戻ってくる。


 小太郎はまだ来ない。

 この船は中国まで行き、往復で日本へ戻るのでアカネが船を降りる日はまだ先だ。しかし小太郎は今夜に来ると言っていた。ならば必ず来るはずと、アカネはまだ眠らずに待つ。


「きゅー」


 ベッドの上でコタツ君が眠そうに鳴く。


「コタツ君は眠ってていいよ。わたしはコタローを待ってるから」

「きゅー」


 しかしコタツ君は眠らず、アカネとともに小太郎を待つようだった。


「でも……ふぁ……。今日は疲れたしわたしも眠い。ちょっとだけ寝ようかな」


 少しだけ。ほんのちょっとだけ。コタローが来たらすぐに起きるから。


 そんな思いでアカネはベッドへと倒れた。


 ……しかしすぐに覚醒する。

 いや、なにか変だ。


「えっ? あれ……?」


 見上げた先に見える天井がさっきまでと違う。

 起き上がると、部屋も変わっていた。


「こ、ここって……」


 見覚えがある。

 なぜそこにいるのかはわからないが、知っている部屋だった。


「コタローの部屋……どうして……?」


 ぼんやりする頭で考えていると、玄関のほうから誰かの足音が聞こえる。


「アカネちゃん」


 現れたのは小太郎だ。

 いつも通りのやさし気な表情でアカネを見ていた。


「コタロー? わたしどうしてここに……?」

「覚えていないのかい? 船が魔人の襲撃を受けて沈没をしたんだ。俺と無未ちゃんで魔人を倒して、君を救出してここへ連れて来たんだよ」

「そ、そうだったの?」


 いつの間にそんなことが起きていたのか?

 まったく気付かなかった。


「あ、パパとママと紅葉……他の人たちは?」

「残念だけど助けることができなかった。魔人の襲撃で船は沈んでしまって、助けることができたのは君だけなんだ」

「そんなっ!」


 両親と妹が死んだ。

 その事実を知ったアカネは悲痛に叫ぶ。


「ごめん。俺たちがもっと早く行っていれば……。ねえ無美ちゃん」


 と、小太郎の背後から無未が姿を現す。


「本当にごめんなさい。わたしたちがホテルからもっと早くに駆けつけていればみんな救えたかもしれないのに……」

「えっ? ホテルって……?」

「ああ、アカネちゃんにはまだ言ってなかったけど」


 小太郎の手が無未の腰を抱く。


「俺と無未ちゃん、結婚することになったから」

「え……」

「ホテルでは無未ちゃんとその……エッチしてたんだ」

「そんな……そんなこと」


 小太郎が自分では無く無未を選んだ。

 告げられた事実が悲しく、アカネは言葉を失う。


「嘘……。嘘だよねコタロー?」

「本当だよ。俺は無未ちゃんとエッチをして愛を確かめ合った。興奮しておっぱいをたくさん揉んじゃってね。股間がギンギンになってたくさん彼女の中に……」

「や、やめてよっ! どうしてそんな話をするのっ!」


 自分は家族を失い、小太郎と無未の仲を知らされひどく傷ついている。さらに自分を傷つけるような話を聞かされ、アカネの心はどんより重くなる。


「あなたに現実を教えてあげるためだよ。小太郎おにいちゃんはあなたじゃなくてわたしを選んだの。受け入れなさい」

「ああ。やっぱりアカネちゃんよりも、大人な無未ちゃんのほうがいい。おっぱいもアカネちゃんより大きいし、しゃぶるのもすごく上手だしね」

「そ、そんな……」


 小太郎と無未がうっとりとした表情で見つめ合う。


「行為を見せつけてあげればきっと受け入れるよ。小太郎おにいちゃん、ズボンを脱いで。あのときみたいにしてあげるから」

「ああ、そうだね」


 おもむろに小太郎はズボンを脱ぎ……。


「やめてっ! やめてもういいっ!」


 アカネはベッドから立ち上がり、駆けて出して部屋から飛び出て行く。

 ……それからどれほど走っただろうか? 息が上がったアカネは道の途中で足を止め、膝に手をついて俯きながら荒く呼吸を吐いた。


「なんで……なんでこんなこと……」


 家族を失い、小太郎も失った。

 絶望がアカネの心を支配する。


「でも……」


 小太郎があんなことを言うだろうか?

 それに寝ていたとは言え、魔人の襲撃に気付かなかったのも違和感がある。


 なにかがおかしい。


 だがこれは間違いなく現実。

 おかしいからと言って、起こった事実は変わらない……。


「アカネさん」

「えっ?」


 声をかけられ顔を上げると、そこには見知った顔があった。


「フランソワ……さん?」


 フランソワ・セルール。

 あのクルーズ船に乗っていた女が目の前にいた。


「どうしてここに……? あの船に乗っていた人たちはわたし以外みんな死んだって……」

「それは嘘です」

「嘘?」

「ええ。確かにクルーズ船は魔人からの襲撃を受けましたわ。けれど船が沈んだのは魔人の襲撃が原因ではありません。あなたの友人であるあの2人は魔人との戦いで多くの人たちを巻き込んで死なせました。その事実を隠蔽するため、魔人を倒したあとに彼らは生き残っている人たちもろとも船を沈めたのですわ」

「嘘っ!」


 小太郎がそんなひどいことをするなんてありえない。


「事実よ。生き残っていたあなたのご家族も船が沈められて亡くなった。わたくしは通りかかった船に救助されて奇跡的に助かりましたけど、もしかすれば死んでいたかもしれませんわ」

「……」


 やはりなにかがおかしい。

 小太郎が清廉潔白な正義の味方というほど綺麗な人間とは思わない。けど、やさしい人で、フランソワが言うような外道な行為をするなどありえなかった。


「わたくしも船を沈められたことで家族を失いましたわ。ねえアカネさん、わたくしと協力をしてあの2人に復讐をしましょう。わたくしとあなたならきっとあの2人に痛い目を見せてあげられますわ」


 と、フランソワはこちらへ向かって手を差し出す。


「……あなたの言うことなんか信じない」

「あの男を信じたい気持ちはわかりますわ。きっと愛していたのでしょうね。けれどあの男は保身のためにあなたの家族を殺した。あなたにとってもうあの男は恨むべき対象なの。受け入れなさい」

「信じない」

「強情ね。男なんて女の身体にしか興味の無い下劣な生き物よ。あの男だってそう。魔人を倒したあと、一緒にいた女の身体を下品にまさぐっていたわ。あの男があなたの側にいたのはあなたの身体に興味があっただけ。あなたの心なんてどうでもいい。ほしかったのはあなたの身体だけよ」

「黙れ」

「まだあの男を想っているの? もう忘れなさい。……忘れられないなら、わたくしが忘れさせてあげますわ」


 フランソワは差し出した手でアカネの腕を強引に掴む。


「は、離してっ!」

「来なさい。わたくしの虜にして差し上げますわ」


 細腕からは想像できないほどの力にグイと引き寄せられる。


「あの男を恨みなさい。殺したくてたまらなくなるほど、強く強く……。そしてわたくしを愛するの。永遠に……」

「うう……」


 頭に直接、言葉が入り込んでくるような感覚にアカネは眩暈を覚える。


 このままではダメだ。離れなければ。


 しかし掴まれた腕を振りほどくことはできない。


「さあ、わたくしのものになりなさい。アカネさん……」


 コタロー……っ。


 頭の中に小太郎の姿が浮かんだ。……そのとき、


「ダメっ! 気をしっかり持ってっ!」

「えっ?」


 誰かが語り掛ける声。その瞬間、


「っ!?」


 自分の周囲が光り輝く。

 その光から弾かれるように、フランソワはアカネの腕を離してあとずさる。


「な、なに……?」

「アカネちゃん」

「えっ?」


 頭の上から声が……。


 気付けばなにかが頭の上に乗っていた。


「僕だよ」

「も、もしかして……コタツ君?」


 頭から下ろして胸に抱いたその存在は、小さな竜のコタツ君であった。

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