第188話 フランソワの思惑(伊馬アカネ視点・フランソワ視点)
「よろしくフランソワさん」
あいさつを返すアカネ。
フランソワは人形のように美しく、煌びやかなドレスを纏う姿は中世の王女といった様相であった。
「アカネさんはフランソワと同い年くらいですかな? よろしければ仲良くしてやってください」
「ええ……はい」
嫌とは言えず、表情に笑顔を張り付けてアカネは了承を声にする。
「お父様たちの話を聞いていてもつまらないわ。ねえアカネさん、甲板の方へ出てみない? そこでお話でもしましょう」
「えっ? はあ。そうですね」
遊びに来たのではない。
これも役目と自分を納得させ、フランソワと甲板へ行くことにした。
甲板に出て海を眺める。
ついさっきまで見ていた景色なので、特に思うことは無い。
「夜の海って神秘的で美しいわね」
「そうですね」
中国は向こうの方角だろうか?
ならば小太郎はその方角から来るのだろうとぼんやり考える。
「アカネさんは普段なにをしてらっしゃるのかしら?」
「主に学校の勉強ですね」
正直に言えば動画編集とか動画のサムネを作ったりで、学校の勉強はあまりしていない。だが本当のことを言う必要も無いだろう。
「わたくしも勉強はしますね。あとは使用人と遊んだりと」
「使用人と遊びですか?」
「ええ。うちには若い女性の使用人が多いので、一緒に楽しくあそんだりしているのですよ」
「なにをして遊んでいるのですか?」
「まあ……いろいろと」
含むように言ってフランソワは微笑む。
上品なお嬢様のすることだ。
乗馬とかそんなところだろうか。
なんにせよ問い詰めるほどの興味は無い。
「アカネさんは美しいですね」
「は?」
突然にそんなことを言われて呆気にとられる。
「我が家の使用人は皆が美しく、友人も皆、美しい方ばかりですわ。そんな方たちとくらべても、あなたはわたくしが知る誰よりも美しい」
「そ、それはどうも……ありがとうございます」
こちらを見つめる目に熱っぽいものを感じ、アカネは寒気を覚える。
この人ってもしかしてそういう人……?
だとしたら自分はそうでないことを伝えて逃げようか。しかし違っていたら失礼になるかもと思い、どうすべきか迷う。
「わたくしたちもっと仲良くなれると思うの。ねえ、あとでわたくしの部屋へ来てくださらない? わたくしが使用人としている遊びを教えてあげますわ」
「い、いいえその……今日は体調があまり良くないので」
さすがにこれは断らなければ。
部屋に行ったらなにをされるのか? 想像とは違うかもしれないが、もしも想像通りだとしたらゾッとする。
「いいじゃない。少しだけですから……」
フランソワの手がアカネの頬へ伸びる。と、
「きゅー」
「っ!?」
触れそうになった瞬間、鞄から出てきたコタツ君が光る。
それに驚いたのか、フランソワは慌てた様子で手を引いた。
「そ、その生き物は……?」
「あ、こ、この子はえっと……そうっ! 父の会社で開発した竜のロボットなんですっ! よくできてますよね。ははは……」
「ロ、ロボット?」
「あ、すいませんっ! この子の充電が切れそうなんでわたしもう行きますねっ! それじゃ失礼しますっ!」
「あ……」
アカネは慌ててその場を離れる。
少し無理な言い訳だったか。
ともかく、逃げれたのはよかった。
―――フランソワ視点――――
「あらあら……」
走り去って行くアカネの背をフランソワは微笑んで見つめる。
逃げられてしまった。
しかしここは船の上だ。遠くへ逃げることはできない。
「本当に綺麗な子。ふふ、必ずわたくしのものにして差し上げますわ」
そう呟いてフランソワは卑しく笑った。
「うん? お前、フランソワか?」
「あら?」
名を呼ばれてそちらを向くと、そこには年配の見知った男の顔があった。
「ユン・シェンフォア? どうしてあなたがここに?」
「仕事だ。表のな。お前はどっちだ?」
「両方かしら」
「両方?」
「ええ。パーティに出るのが表。パーティに伊馬アカネの家族を呼ぶよう父に頼んで、父上の命令を実行するのが裏ですわね」
「父上の命令とはなんだ?」
「それをあなたに話す必要はありませんわ」
そう答えると、ユンはわずかに顔をしかめる。
「あなた、父上に疑われていますわよ。気をつけることですわね」
「……」
不機嫌な表情をするユンを残してフランソワはその場を離れる。
……ユンがここにいるのは偶然だろうか?
少なくともユンが自分に協力するという話は聞いていない。そもそも協力など必要なことではないため、ユンにメルモダーガから命令が出ているとは考えにくかった。
本当に偶然? いや、もしかすればなにか企んでいるのかも……。
だとしても、奴が自分に危害を加えることはありえない。
メルモダーガの命令を受けている自分へ攻撃するようなことがあれば、デュカスへの敵対行為は明確となり、奴は始末されるからだ。
なにを企んでいるかは知らないが、こちらの邪魔をしないならば放って置いてもいい。自分は自分の役目をまっとうするだけだ。
「それにしても……ふふ」
あのアカネという子。本当に綺麗でかわいい。
命令もあるが、個人的にも自分のものにしたかった。
……その日のパーティは終わり、フランソワは自室へ戻る。
広い部屋に多くの若い女性の使用人がおり、皆が恭しく頭を下げていた。
「今日は誰にしようかしら……?」
フランソワは一列に並ぶ女性たちをひとりずつ眺める。
「あなた」
「……っ」
声をかけられた女性はビクリと身体を震わす。
「来なさい」
「は、はい……あの」
「なにかしら?」
「父の借金は……これで無しにしていただけますか?」
「もちろん。それが約束ですわ。お父様も了解済みの」
それを聞いた女性はホッとしたような、しかし恐怖の色も見せつつフランソワについて行き、浴室へと入る。
「脱ぎなさい。すべて」
「はい……」
女性は服を脱いで全裸となる。
フランソワも服を脱ぎ、裸体となって女性へ近づく。
「綺麗な身体……。若い処女の身体は本当に素敵で美しいわ」
うっとりと女性の身体を見つめるフランソワ。
そして女性に近づき、大きく口を開いてその白い肩へと噛みつく。
「あああっ!!!」
思い切り噛みついた肩からは血が噴き出し、女性は痛みに叫ぶ。
「……はあ。処女の血はわたくしをさらに美しく磨いてくれる。光栄に思いなさい。あなたの死は、わたくしという美をさらに昇華させる糧となるのだから」
浴室には女性の叫びが響き渡り、その声がやんだとき、そこに立っていたのは血まみれのフランソワだけだった。
「いいわ……。処女の血を浴びてわたくしはますます美しくなれた」
浴室の鏡に映る血まみれの自分を眺めて、フランソワは卑しく微笑む。
「けど……」
あの子はもっと美しい。
嫉妬もあるが、それ以上に自分の側へ置きたいという気持ちが強い。
血を浴びるため、若い処女がほしくなるのは常日頃のことだ。しかし側に置きたい愛人がほしいと思ったのは初めてのことだった。
「すべてが終わったあと、あの子はわたくしがもらうわ。そしてずっとかわいがってあげる。わたくしの愛人として……ふふ」
そのためにはまずスキルであの子の心をもらう必要がある。
「明日の朝にはわたくしの足を舐めているわ。ふふふふ……カカカカカっ!」
姿を3本角の魔人へと変えたフランソワは高笑う。
実行するのは今夜だ。もうすぐアカネが自分のものになると思うと、フランソワは楽しくてしかたがなかった。