第187話 小太郎を待つアカネちゃん(伊馬アカネ視点)
時間はまだ小太郎たちが魔人のいる施設に車で向かっているとき……。
……
その日の夜、アカネは家族とともにパーティへ出席するため、巨大なクルーズ船の船内へと訪れていた。
このパーティには世界中の人権活動家や各国の主要なマスコミが出席しており、金持ちや政治関係者が人権活動を世間へアピールするという趣旨のものだ。
正直、アカネはこんなパーティになど興味は無い。家族全員で出席したほうが良い印象を与えられるとかで、父親に頼まれて出席しただけだ。
つまらない夜になるはずだった。しかしこのパーティを切っ掛けに小太郎とのギクシャクした関係を元へ戻せるかもしれない。それを考えると、このパーティもそれなりに楽しく思えた。
「小太郎君、来れなかったみたいねぇ」
黒のドレス姿で船の甲板の端に立って海を眺めるアカネの背後から、母の楓が声をかける。
すでにクルーズ船は出港し、港を離れている。
船に乗ることはもうできない。普通ならば……。
「ううん。コタローは来るよ。約束したから」
「そうなの? けど、もう船は出ちゃったし……」
「コタローなら宇宙の果てだって来てくれる」
「……そうだね。あの人ならどこへでも来れちゃうかも」
そう言って楓は微笑んだ。
「お姉、フラれちゃったんでしょ?」
横から現れた紅葉は嬉しそうにそんなことを言ってくる。
「まあしょうがないよね。小太郎さん、紅葉の魅力にメロメロだし、お姉がフラれるのも時間の問題だった……いたっ」
紅葉の頭をコツンと小突く。
「コタローはあんたなんか眼中に無いって前にも言ったでしょ。お子様は黙ってなさい」
「うう……お姉だってそんなに変わらないのに……」
恨めしそうに見上げてくる紅葉から目を逸らし、アカネはふたたび海を眺める。
小太郎は今どこでなにをしているのだろう?
こちらへ向かっているのか、それともまだ戸塚と中国にいるのだろうか?
早く来てほしい。
そんな思いを瞳に込めてアカネは海を眺めていた。
「お、みんなここにいたのか」
そこへ父親がやってくる。
「そろそろパーティが始まるぞ。中へ入りなさい」
「うん」
「はーい」
返事をして父親について行く。
「船の上でなんてロマンティックだね。今夜が楽しみ」
と、楓は父親の腕を取る。
「あ、明日もあるんだ。今夜は勘弁してくれよ」
「だーめ。わかってるでしょ?」
「うう……」
楽しそうな楓に対し、父親のほうは辟易とした表情であった。
あれくらい強引に迫ったほうがいいのかな?
イギリスのホテルでは何度も邪魔が入って、結局は関係を持てずに終わってしまった。もう小太郎の言うこととか無視して、強引に迫ったほうがいい気がする。
今度はそうしよう。
次はなにがあろうと、なにをしていようと絶対に逃がさない。
そう決意して、アカネは小太郎が来るのを待った。
船の大広間に入ると、すでに多くの人で賑わっていた。
父のような会社経営者などの金持ち。それに政治家と人権活動家。それと取材に来たマスコミ。父によれば、金持ちや政治家と繋がりを作るために中国の反政府活動家とかも何人か来ているとか……。
「ここに来ているのは世界的にもVIPな方々ばかりだ。失礼のないようにな」
「わかってるよパパ」
こういうパーティに出席するは初めてじゃない。
振舞いは心得ていた。
「わーおいしそう。あれもう食べていいの?」
「主催者のあいさつがもうすぐ始まるから、それが終わってからにしなさい」
しかし紅葉は初めてなので、どこか遊び気分のようだった。
「でもママはもう食べてるよ」
「楓っ!」
「えっ?」
骨付き肉を頬張る母に、父はため息を吐いていた。
「ごめんなさい。今夜のために体力をつけておこうと思ってついね」
「まったく、お前はそれしか考えてないのか……」
呆れる父を前に、母はペロリと舌を出してはにかむ。
「きゅう」
と、そのとき手に持っている鞄からコタツ君が顔を出す。
料理の匂いにたまらず出てきてしまったようである。
「なんだアカネ? コタツ君も連れて来たのか?」
「うん。家にひとりぼっちじゃかわいそうだし」
それにできるだけこの子を連れ歩くようコタローから言われているというのもあった。
「そうか。けど他の人にはあまり見られないようにな。おとなしい子だけど、魔物には違いない。驚かせてしまうかもしれないからな」
「うん」
アカネが頭を撫でると、意図を理解したのかコタツ君は鞄の中へ引っ込んだ。
やがて主催者のあいさつが始まり、それが終わると参加者同士の談笑が始まる。紅葉は待ってましたとばかりに料理へ走り、父と母は他の参加者と話をしていた。
紅葉のように食事を楽しむ気は無い。なにかしたいとも思わない。
ただ小太郎が来るのをアカネは待っていた。
「アカネ、ちょっと来なさい」
「えっ? うん」
父に呼ばれて側に行く。
「娘のアカネです。アカネ、こちらフランスでソフトウェア開発の会社を経営しておられる、ミシェル・セルールさんだ」
「こんばんわ。初めましてアカネさん」
「初めまして。ミシェルさん」
大柄な男性であるミシェルさんに手を差し出されて握手をする。
「これは私の娘です。フランソワ、ご挨拶なさい」
「はいお父様」
フランソワと呼ばれた長い金髪の温和そうな少女がアカネの前に立ち、スカートの裾を持ち上げる。
「フランソワ・セルールです。よろしくアカネさん」
ニッコリと笑ってあいさつをするフランソワ。
その瞳にわずかだが、アカネは嫌なものを感じた。




