第179話 失踪事件と魔人の繋がり
俺は写真から視線を戸塚我琉真へ移す。
「魔人が関わっていることを突き止めたってのはどういうことだ?」
見た目はただの魔物だ。
外見だけでは魔人との繋がりなど見えないが。
「この事件が起きる前から、中国では謎の失踪事件が相次いで起こっていてね。なにか関連があるんじゃないかって、少し前に日本を離れて中国に行って調査をしていたんだ」
そのままずっと帰って来なければよかったのに。
そうとは口に出さず俺は黙って話を聞く。
「今までに失踪した人間は500人ほど。大半は失踪する理由が特に無い人間で、老若男女社会的立場も様々。失踪は1年ほど前から起こっているけど、見つかった人はひとりもいない」
「もしかして誘拐か?」
失踪する理由の無い人間がいなくなっているならその可能性が高そうだが。
「その通り。これは誘拐事件だ。実際、人が車に連れ込まれて攫われるところを目撃したという人がネットで多くいる」
「ならもう警察が捜査を捜査しているだろう。解決するのは時間の問題じゃないか?」
誘拐の理由はわからないが、多くの人間が犯行現場を目撃しているのだ。すでに警察が動いているとしたらすぐに犯人は捕まると思った。
「警察は動いていない」
「えっ? どうして……?」
「それがこの事件の闇深いところさ」
「闇……。闇ね……」
凶悪なテロリストが言うのだから、よっぽどの闇なのだろう。
「この事件は中国ネット界隈では有名だよ。けど中国国内で事件は報道されてないし、他国にもほとんど知られていない」
「もしかして誘拐に政府が関わっているってことか?」
「たぶんね。ただ、どのくらい関わっているかはわからない。政府の一部かもしれないし、もしかしたらすべてかもしれないし、ね」
「その失踪とこの魔物がどう繋がるんだ?」
失踪と魔物の繋がり。
そしてそこにどう魔人が関わってくるのかまだ見えてこなかった。
「ああ。誘拐の目撃情報を調べた僕は死体へ憑依して、誘拐された被害者となるべく同じ状況で街を歩いた。人気が無い場所を夜に歩くとかね」
「なるほど。自分を誘拐させれば被害者がどこへ連れ去られたかわかるってことか」
「その通り」
「……というか、なんでテロリストのお前が誘拐事件を調べているんだよ?」
魔人と誘拐事件の関わりよりも、そっちのほうが不可解である。
「君は僕を勘違いしているな。僕は常に世界の平和と自由を実現するために行動をしている。そのために犠牲は必要と考えているだけだよ。この誘拐は政府という大きな力が、人々の平和に生きるという自由を脅かしている。僕が解決に動くのはなにもおかしいことじゃないだろう?」
「そ、そうね……」
テロリストこそが平和を脅かす張本人だと思うのだが、そこを突っ込んでもいろいろ言い返してきそうで面倒だからとりあえず納得した。
「それでどうなったんだ?」
「うん。目論み通り、深夜に街を歩いていた僕は走ってきた車に押し込められて誘拐をされた。そして連れて行かれたのが中国の山奥さ」
「中国の山奥? なんでそんなところへ?」
「魔獣を作るためさ」
「魔獣?」
初めて聞くものだが……。
「中国の山奥に大きな屋敷がある。一見すれば単なる古びた屋敷だ。しかし中には大勢の人間が捕らわれていて、魔人の男がひとり住んでいる」
「その魔人が誘拐をしているのか」
「少なくとも誘拐の指示を出しているのはそいつだよ。その魔人は魔獣を作るために、あるものを人々へ食べさせている」
「あるものって?」
「魔人の血が入った食事さ」
「ま、魔人の血が入った……食事」
血が入った食事を食べさせられるとは、なんとも気持ちの悪い話だ。
「それを食べると魔獣になるってことか」
「ああ。けど、なるのは2人に1人ってとこでね。魔獣にならなければ溶けるように身体が崩れて死んでしまうんだ。あれは痛かったねぇ」
「へ、へぇ……」
死体でも痛みとかあるんだ……。
いや、それは別にどうでもいいか。
「うまいことと言うのも変だけど、死なずに魔獣になったとしても、寿命はそう長くないみたいだよ。遠からず同じように溶けて死んでしまう。だから大勢が必要なんだ。政府に都合の悪い人間を殺す生物を作り続けるためにね」
「……」
戸塚の話を聞いた俺は考える。
この話が真実ならば、魔人が中国政府に協力しているということになる。それとも政府が魔人を支配している黒幕という可能性も……。
しかしそれ以前にまず、疑わなければならないことがある。
「僕はこんなひどいことが行われているのが許せない。だけど僕のスキルは魔物を操ることと、死体に憑依することだけだ。施設の側にダンジョンがあれば異形種を率いて攻め込んでもいいのだけど、残念ながら近くにダンジョンは無いみたいでね。そこで君に協力をお願いしたい。僕と一緒にこの施設へ行って、捕らわれている大勢の人を救ってくれないだろうか?」
「……」
「しばらく君に付きまとって、君がどういう人間かはだいたいわかっている。だからこれは君に正義を期待して言っているわけじゃないんだ。これは魔人の正体を探っている君に対する情報提供で、大勢の人を救うのはその見返りというわけだよ」
「一方的に教えて見返りを求めるとはな。俺が断ったらどうする?」
「君は断らないよ。なぜなら君にとってこの施設へ行くことも、そこにいる魔人を倒すことも、あまりに容易いからだ。例えるなら近所のコンビニへ買い物へ行くくらい、僕の求める見借りは君からすれば簡単なことだ」
「買い被っているな」
「真っ当な評価さ。君は強い。誰よりも。君自身がそれを知らないはずはない」
「……」
確かに雪華から魔粒子を吸収して、ほんのり力が戻りはした。しかし昔にくらべたら今の俺はミジンコみたいなものだ。誰よりも強いなどと驕れる強さは無い。……とはいえ、今まで戦った程度の魔人相手ならば十分な強さではある。
「お前の言う通り、俺がその魔人を倒すのは簡単かもしれない。魔人の正体は気になるし、そいつを締め上げてなにかわかるのならお前の言う施設へ行ってみる価値はあると思う。けどお前は重要なことを忘れている」
「重要なこと?」
「俺にとってお前が敵だということだ」
そう。この男、戸塚我琉真はアカネちゃんを人質に取って、俺たちを殺そうとした明確な敵だ。魔人の正体や、それに中国の政府が関わっているかどうか以前に、そもそもこの男が真実を言っているかどうかをまず疑わなくてはならない。
「お前が俺や俺の仲間になにをしたか? それを俺はしっかり覚えている。お前はここへ来る前に言ったな? 自分は俺が考える敵じゃないって。その通りお前は俺の敵だ。敵の言うことを信用すると思うか?」
「ただ単に僕を敵だと思うなら、ここまで話は聞かないはずだよ。聞く価値があると判断したから、君は僕の話を最後まで聞いたんだ。違うかい?」
「それは……」
「君や君の仲間にしたことを僕は後悔していない。あのときに僕がやったことは間違いなく正義だ。それを阻んだ君は、明確に敵と言える存在だよ。しかし僕は君を敵と思う以上に、偉大な存在として心酔している。君に嘘は吐かない」
そう言って戸塚我琉真は俺の目をじっと見つめる。
その瞳を見返すも、極悪なテロリストの考えていることなど想像もつかない。
こいつの言っていることが真実ならば、その施設に行ってみる価値はある。
ただ、すぐに答えを出すことはできない。
「……少し考える」
「わかった。じゃあ3日後の同じ時間にここでまた会おう。一応、連絡先も渡しておくよ」
「連絡先?」
戸塚は電話番号を書いたメモ書きを渡してくる。
「携帯の番号か。死体でも契約できるのか?」
「戸籍なんかどうとでもなるしね。家だってある」
「金は……犯罪でか?」
まともに働くとは思えないが。
「善良な人たちからお金を奪うなんて悪事はしないよ。悪人から奪うのもいいけど、僕ならもっと手っ取り早く稼ぐ方法があるんだ」
と、戸塚は自分の身体へ手を這わせる。
「若くて綺麗な女性の身体はすぐに大金を稼げる。方法はわかるだろう?」
「ああ……まあ」
……ツッコミどころが多過ぎて、なにを言ったらいいかわからない。
正義やら平和やら自由やら大層なことを言う奴だが、目的のためなら手段を選ばず犠牲もいとわない姿勢は、やはり悪人なんだと思った。




