第178話 巨乳美女の正体はまさかの……
……しかし俺は冷静だ。
今朝見た大人雪華の爆乳にくらべればかわいいもの。
どうせなにかの勧誘だろうと、俺は平静な心地で女性を見ていた。
「なにか?」
「ええ。少しお話いいですか?」
「すいませんけど、急いでいますので」
そう答えてふたたび歩き出す。
俺は巨乳美女なら誰でもいいという破廉恥な男ではない。
巨乳美女に誘われようと、こうしてクールに断ることもできるのだ。
誘いをクールに断った俺は、自制できる自分に満足しつつ歩くが、
「まあ、少しだけ話しましょうよ」
さっきの女性が追いかけて来てしつこく声をかけてくる。
まさか逆ナンでは無いだろう。
しつこい勧誘だなと思いつつ、しかしこのまま無視をするのもかわいそうかと、俺は足を止めて女性へ振り向く。
「すいません。本当に急いでいますので、お話でしたら他の方へお願いします」
「あなたでなければダメなんですよ」
「えっ? いや、俺は普通のサラリーマンなんですけど?」
「普通のサラリーマン? くくっ……それは違いますよね? 末松小太郎さん」
女性がニヤリと口角を上げて笑う。
まさかこの女……っ。
俺は女から距離を取る。
俺が白面だと知った魔人が襲ってきたのか?
しかしまだわからない。
人通りの多い繁華街の道で、俺は女を注意深く見ていた。
「そう警戒しなくていいよ。君が思うような敵じゃない」
「俺が思うような?」
「少なくとも魔人では無いということ」
「それを信じろと? お前は何者だ?」
「僕の正体を知りたければ、ちょっと落ち着いたところにでも行こうか。ここで立ってするような話じゃないしね」
と、女は俺に背を向けて歩いて行く。
……本当に魔人でないとしたら、一体あの女は何者だ?
俺の思うような敵じゃない。これはどういう意味なのか?
危険とは思いつつも、正体を確かめるため俺は女について行った。
近くのファミレスに入り、女と向かい合って席へ座る。
女はまるで普通の女であるかのように、オレンジジュースを飲んでいた。
「それで、お前は何者なんだ? なぜ俺の名前を知っている?」
「君のファンだからさ」
「ファン? それじゃあやっぱり俺が白……」
と、俺が言いかけると、女は口元に人差し指を立てる。
「君が思っているよりも、君の正体は人気者だ。正体を口にして騒ぎにでもなったら面倒だろう。まあ、あれほど強い男の中身が、こんな冴えないおっさんだなんて誰も信じないかもしれないけどね」
「失礼だな」
外見に関してはその通りなので反論はできないが。
「はははっ。しかし君という人間の価値は中身にこそある。外見など、君という偉大な存在を偽る飾りに過ぎない」
「貶したあとは褒め殺しか? 一体、なにが目的なんだお前は?」
「僕は事実を言ったまでさ。僕は君という最強の力に心酔している。自由で平和な世界を作り上げるには、君という最強の絶対的な支配者が必要であり、君の支配する世界を実現するのが僕の目的と言っていい」
「な、なにを言って……」
こいつはかなりヤバい奴かもしれない。
なんか言っていることが過激なテロリストみたいというか……うん?
過激なテロリスト。
そしてこのしゃべり方。
こういう人間にひとりだけ心当たりがあった。
「ま、まさかお前……」
「そう。たぶんそのまさかだ」
ニッコリと笑う女。……いや、男か。
「戸塚我琉真……か?」
「ご名答」
女……戸塚我琉真は言葉と同時にウインクをして見せる。
「生きていたのか」
「生きていた、というのは正しくない。君に会ったときから僕は魂だけの存在さ。肉体的には元から死んでるよ」
「……そうだったな」
この男のスキルは『死体憑依』。
そもそも死んでいるのだ。生きていたというのはおかしかった。
「その身体も死体か」
「ああ。君好みの女性を選んだつもりだよ」
「お前に俺の好みなど話したつもりはないが?」
「グレートチームで巨乳美女2人に取り合いされてデレデレしている動画は有名だよ。もしかしたら世界中の人が知っているんじゃないかな」
「な、なるほど」
納得の回答であった。
「けど僕が君のことをよく知っている理由はそれだけじゃない。あのとき君らに負けたあと、僕は魂となってずっと君の側にいたんだ」
「えっ……」
「君が小さなお母さんと共に暮らしていること。君が異世界で魔王をやっていたこと。そして君との信頼関係を強めれば、『魔王眷属』という能力を得られることも知っているよ。ああ、安心してくれ。女性と2人っきりで仲良くしているときは見ないようにしているから。これでも紳士なんでね」
「人に付きまとっておいて、たいした紳士だな」
「気分を害したなら謝るよ。ただ僕は君という人間を知りたかったんだ。だから付きまとった。そして確信したよ。君が世界を支配する男だということをね」
「そう確信したからテロ活動を手伝えとか言う気か? 冗談じゃない」
世界支配になんて興味は無いし、できるとも思っていない。
それ以前にテロリストなんかになるのはごめんだった。
「君には人の上に立つ力がある。支配する力がある者は、本人の意志に関係無く、然るべき地位に就くべきなのだ。君が異世界で魔王をやっていたのも、君にその力があったからだろう」
「……お前の考えを否定はしない。ただ俺は力で世界を支配するなんて間違ってると思うし、そうする気も無い」
「人は力にしか従わない。みんなで仲良くやれればそれが理想だけど、人間全員が仲良くはなれない。有象無象をまとめ上げる絶対的な力が支配をしてこそ、争いの無い自由で平和な世界が実現できるんだ」
「世界とか支配とか、そんなことをテロリストのお前と議論する気は無い。用が済んだなら俺は帰るよ」
俺は伝票を持って席を立とうとする。
「いやごめん。今日の本題はこの話じゃないんだ。手伝ってほしいことがあってね」
「テロ活動は手伝わないぞ」
「もちろん。そういう話じゃない」
と、戸塚我琉真は一枚の写真をテーブルへ置く。
「これは……」
オオカミのようだが、それよりももっと大きくて禍々しい。これは魔物だろう。
しかし場所はダンジョンではない。どこか街中のようだった。
「異形種か」
場所が街中ならばそれしか考えられない。
「そういうことになっている」
「違うのか?」
「異形種がダンジョンの外へ出れば目的も無く暴れ回るだけ。それは君も知っているだろう」
「誰かが操らなければな」
「ははっ、まったくだよ。けどこの魔物は僕が操っていたわけじゃない」
「その言い方だと、この魔物はなにかに操られていると思わせる行動をしたのか?」
「ああ。この写真は中国で撮られたものだよ。これが撮られた直後、この近くに住む中国の人権活動家がこれに殺されたそうだ」
「お前以外の誰かが異形種を操って殺させたってことか?」
「それならたいしたことじゃない。僕と同じようなスキルを持っているハンターがいると考えられるだけだからね。問題はこいつの強ささ」
「強さ?」
見た目は大きいだけのオオカミのような魔物だ。
それほど強力には見えないが。
「この人権活動家が殺されるまでに、同じような活動をしている人間や、政府に批判的な活動家が何人も殺されている。だからこの殺された人はブラック級の護衛を雇っていたんだ」
「ブラック級を? まさか……」
「この魔物は護衛のブラック級も殺している。ただの魔物じゃない」
「特定異形種ってやつか?」
こいつはコタツのような強力な魔物ということなのだろうか。
「1匹だけならそうだったかもしれない。特定異形種なんてそうそうはいないからね。しかしこいつは色の違う個体が何匹も中国で目撃されているんだ。魔物以外のなにかではと、中国では言われている」
「魔物の以外のなにかって……」
「魔人だよ。この魔物の出現には魔人が関わっている。それを僕は突き止めたんだ」
魔人。
それを聞いた俺は眉をひそめて写真の魔物を睨んだ。




