第174話 魔王眷属の数字はあの場所に……(末松冬華視点)
抱きつく雪華の頭を小太郎の手が撫でる。
ずっとこうしていたい。
しかしこれ以上、感情が昂ればいろいろ我慢できなくなってしまいそうな気がした雪華は、小太郎から離れて隣へ腰を下ろす。
「じゃあこれで話は終わりだな。夕食の材料を買いに……いや、もう遅いし、今日はどっか外で食べようか。
「いや、その前に小太郎へ話しておくことがある」
離れたのはいろいろ我慢できなくなってしまうというのもあったが、大事な話をしておかなければならないのもあった。
「えっ? 話って?」
「うむ。わしがしばらく姿を消していたのは、単に思い悩んで家出をしていたというわけではない。重大な事件に関わっていたのじゃ」
「事件? それって……」
……アメリカ機密情報局と関わり、そしてロシアへ行って魔人と対決したことを雪華は小太郎へ話す。
「……父さんと兄さんが。そうか」
「うむ。今はイタリアにおる。奴らを罪から逃がすのは間違いとわかっておるが、わしの判断でそうした。しかしあの2人を小太郎がどうしようとわしは止めん。罪を償わせたいのならば、そうしたらよい」
「……」
なんとも言えないような表情で小太郎は黙り込む。
父と兄が無事で嬉しいという気持ちもあるのかもしれない。
しかしあれだけのことをやらかした2人が自由の身であることを喜べないという、そういう複雑な心境なのではと雪華は小太郎の心を推察した。
「……いや、俺は雪華の判断を信じるよ。ダメなんだってのはわかってるんだけど、やっぱり父さんと兄さんのことが心配だったし」
「そう、じゃろうな」
中身はほとんど別人で、罪を犯した悪人であっても小太郎にとっては血の繋がった父と兄だ。本来のやさしい2人の記憶もあれば、身を案じてしまうのはしかたのないことであろう。
「まあ、父さんと兄さんのことはともかく、えっと……アメリカ人の工作員とロシアに行ったってことは、雪華って英語とロシア語が話せるってことか?」
「この話でそこはそれほど重要では無いじゃろう」
「ははっ、まあそうなんだけど、真面目で重い話が続いたから少し軽い話も入れておこうかなって」
と、ポンポン頭を撫でられ、雪華はため息を吐く。
「別に不思議なことではない、この世界の末松冬華は研究者じゃったからの。研究者は外国の論文を読むために語学は堪能なんじゃ」
「なるほど」
他にも中国語やフランス語など20ヵ国語くらいは理解できるが、今はその話で盛り上がるときではない。
「軽い話はもういいじゃろう。魔人の話じゃ。わしはロシアの秘密研究所で2人の魔人と戦った。そしてなんとか勝利をして日本へ帰って来たのじゃ。このことに関してなにか聞きたいことはあるかの?」
「うん。まずは魔人の正体についてなにかわかることはあったかな?」
「うーん……いや、奴らからそういった話は聞いていないのう」
「そうか……」
人間性の壊れた怪物どもだ。
聞いていたとしても、まともな回答を得られたかは疑問であるが。
「ただ、アメリカ機密情報局の人間が言うには、上一郎と忠次の保釈と移送はある組織が行ったらしい。どうやら魔人2人は上一郎と忠次を護衛するためにその組織が用意したそうじゃな」
「ある組織? 組織か……」
「心当たりがあるのかの?」
「うん。けどまだ確信には至れない。もっと情報が必要だな。父さんと兄さんは組織についてなにか言ってなかった?」
「魔人に関しては上一郎に聞いたんじゃが、それは聞かないでくれの一点張りでの。かなりきつく口止めをされていたようじゃ」
施設で死を覚悟した上一郎が真っ青な顔で口を閉ざしていた様子から考えて、話せば死ぬよりも恐ろしい目に遭わすと脅された可能性はあった。
「そうか……」
小太郎もそれを察したのか、上一郎へ聞きに向かうということは言わなかった。
「大国が名を出すのを恐れた組織じゃ。お前に優れた力があることはよぉくわかっとるが、無理をしてはいかん。わしはお前さえ無事ならそれでいいんじゃからのう」
「ありがとう雪華。うん。俺は大丈夫。無理はしないから」
「うむ」
無理はするな。そうは言いつつも、雪華はそれほど心配はしていない。
小太郎の強さは魔人を圧倒的に凌駕している。向こうがもしも小太郎に喧嘩を売って来ても、返り討ちに遭うのは目に見えて明らかだった。
「あ、そうじゃ。わしの、なんか強くなったんじゃ」
「強くって?」
「うむ。強くなったというか、魔粒子をたくさん吸収しても魔物化せずに、肉体を強化できるようになったんじゃ。なぜそうなったのかは不明じゃがの」
「あ、それはもしかして魔王眷属の力かも」
「魔王眷属?」
「うん。俺と強い信頼で結ばれていると身体に異世界の数字が浮かんで、能力がパワーアップするんだ」
「ほう。ならば理由はそれじゃろう。わしと小太郎は強く信頼し合っているからのう。その力の影響を受けぬはずはない」
と、そう言って雪華は立ち上がって服を脱ぐ。
その光景を前にした小太郎はそっぽを向いた。
「こんなチビの裸など見たところでなんとも思わんじゃろう。普通にしてればよい」
「まあ一応ね」
……少しは女として見てくれているということだろうか。
それは単純に嬉しかった。
雪華は服を脱いで全裸となり、目で見える範囲を見回して異世界の数字とやらを探す。
「……ん? おお、これかもしれん。なんか書いてあるのじゃ」
「えっ? どこに書いてあった?」
「ここじゃ。股のここのところじゃ」
「股って……って、ちょ、そこは……」
チラとだけ見て、小太郎はすぐに目を逸らす。
雪華が指差したのは、完全に局部であった。
「ほれ、ちゃんと見んとわからんじゃろう。これはなんじゃ? 数字なんじゃろ? いくつなんじゃこれ?」
「いや、そこをまじまじ見つめるのは……」
「なにを恥ずかしがっとる? ここから産まれてきたんじゃろうに」
「そこからは産まれてないです……」
「身体は違っても、ちゃんとお前を産んだときの記憶があるのじゃ。2人目じゃったから、忠次のときよりはすんなり産まれたのう」
「その外見で子供を産んだ経験の話とかしないでよ……。なんか脳がバグる」
「いいからよく見るのじゃ。これはいくつなんじゃ?」
「い、一瞬しか見てないけど、たぶん3だと思う」
「3? なぜ3なんじゃ?」
「俺とは3番目に強い信頼関係で結ばれているってこと」
「なんじゃとっ!」
それを聞いた瞬間、雪華の中にむーっとした感情が湧いてくる。
「わしが3番とはどういうことじゃっ! わしと小太郎がもっとも信頼し合っているのじゃから、今からでもわしを1番にするのじゃっ!」
「そ、そんなこと言われても……。けど1番2番とはそんなに差は無いと思うよ。2番は無未ちゃんだったけど、雪華とくらべて俺との信頼関係に差があるとは思えないし」
「少しでも差があってはダメじゃっ! というか1番は誰じゃっ! わしの大切な息子をたぶらかすとは許せんっ!」
「さっきと言ってること違くない? さっきは俺を取り合ったりしないって……」
「うるさいっ! 息子は母を一番に愛せば良いのじゃーっ!」
「うわーっ!? ちょ、ちょっと裸で迫らないでーっ!」
叫びながら裸で躍りかかる雪華。
小太郎はそれを慌てた表情で抱き止めていた。




