第173話 冬華として雪華として(末松雪華視点)
……イタリアに2人を置いて雪華は日本へと戻って来る。
しかしこの見た目では小太郎を驚かせてしまう。
子供の姿に戻れないかいろいろ試行錯誤をしてみた結果、体内の魔粒子を調整できるようになっていることに気付き、姿を戻すことはできた。
「けど……」
小太朗の部屋の前まで来て、雪華は迷う。
自分のようなまがい物の母親が側にいていいのか? 小太郎の負担になってしまうのではないか?
小太郎のことを思うと、やはり戻って来るべきではなかったかもしれない。このまま立ち去ったほうが……。
と、そのとき部屋の扉が開き、
「ったく、あいつどこに行ったんだ。心配させて……あっ」
「あっ……」
中から出てきた小太郎と目が合う。
「ゆ、雪華っ! お前、今までどこに……って、服がボロボロじゃないかっ」
雪華の服は魔人との戦闘や肉体の変化でほとんど原形を留めていなかった。
「とりあえず話はあとだ。先に中で着替えな」
「う、うむ……」
部屋へ入った雪華はボロボロとなった服を着替える。
それから小太郎に言われてテーブルの前へ座った。
「何日も帰って来ないし、連絡も無いから心配してたんだ。アカネちゃんや無未ちゃんにも連絡して探してもらって……。帰って来たって2人にはさっき連絡しといたから、心配かけて悪かったってあとで2人に話しておくんだぞ」
「うむ……」
「もしかして誘拐でもされたんじゃないかって、警察にも……いや、それはともかく、お前どこに行ってたんだ? まさかただの家出ってわけじゃないだろうし」
「小太朗……」
小太朗はすごく心配してくれた。
心配させ、迷惑をかけて申し訳ないと思いつつ、これほど自分を想ってくれることが雪華は嬉しかった。
「わしは……わしはの、自分が小太郎の負担になっているのではと不安に思っていたんじゃ」
「負担? なんの話だ?」
「小太郎はわしのことを末松冬華……母だと思ってくれる。しかしわしは所詮、記憶があるだけの作り物じゃ。本当の母親にはなれん。わしのような偽物など、いなくなったほうが小太郎にとって良いのではと思って……」
「……」
話を聞いた小太郎は黙って俯き、それからふたたび雪華の目を見つめた。
「俺たちの関係に関してはもっと話しておくべきだった思う。まず雪華、俺はお前に母親であることを押し付けていた。本当にごめん。悪かった」
「いや、それはわしが好きでやっていたことで……」
「それはわかってる。好きでやってるだろうからって、母親をやってくれるお前に俺は甘えていたんだ。お前が俺との関係や、自分の存在に思い悩んでいることも知らないでさ」
小太郎は辛そうに、そして申し訳なさそうに話す。
悪いのは自分だ。母親であることを押し付けて、勝手に思い悩んでそれを話さず離れようとした。
あまりに身勝手で、見た目通り子供の行いであった。
最初からちゃんと小太郎と話していれば、こんな辛く申し訳ない表情をさせるなんてこともなかっただろうに……。
「悪いのはわしじゃ。なにも話さず勝手に思い悩んで出て行ってしまった。ずっと母親でいさせるわけにはいかないと小太郎が言ったときに、強がらずにちゃんと話しておけばよかったのじゃ」
「うん。だから雪華、今ちゃんと話そう。雪華、お前はどうしたい? 俺はお前が母親でいてくれたって、作り物や偽物だなんて思わない。母親をやめたっていい。それでも俺は雪華というひとりの人間を大切な家族だって思ってるからさ」
「小太郎……」
小太郎にとって自分は母親の代わりでしか無いと思っていた。
だがそれは違った。
雪華として大切に思われている。家族と言ってくれた。
それを知った雪華は……。
「雪華?」
意図せずに涙を流していた。
「あ、うう……うあーんっ」
雪華は大声で泣いた。
子供のようにわんわん泣き、無邪気な泣き顔を小太郎に晒す。
そこに末松冬華はおらず、いたのは泣き喚く雪華という小さな女の子であった。
……やがて感情が落ち着き、雪華は泣くのをやめる。
「すっきりしたか?」
「……うむ」
泣いたおかげか、悩んでいた思いが無くなったからか、心は晴れやかだ。
「まあどうしたいか、今すぐに決められないならそれでもいい。けど出て行くのは無しだ。お前はまだ子供なんだし、俺の大切な家族なんだからな」
「もう出て行かん。それは約束する。それに答えはもう出ておる」
そう言って雪華は立ち上がり、小太郎の側へ行って抱きつく。
「母としても、雪華としても、わしは小太郎が大好きじゃ。だからずっと側におる。お前に愛する女がいたら母として、愛する女ができなければ……」
「わっ? ゆ、雪華?」
頬へキスをする。
小太郎は驚いた表情で雪華を見ていた。
「わしが小太郎の愛する女になってずっと側にいるのじゃ」
「そ、それは……」
「安心せい。無未ちゃんやアカネちゃんに交じってお前を取り合うなんてことはせん。ただお前がどちらも選ばなければ、そのときはわしがもらうということじゃ」
「そ、そう」
なんだか複雑な顔で納得する小太郎を、雪華はギュッと抱き締め続けた。




