第170話 大人の姿に(末松雪華視点)
魔物になると思っていたのが、大人の身体になった。
なにがなんだかわからず雪華は困惑する。
「なんで魔物にならねぇ? なんだ? なんでガキが成長してやがるんだ」
「知らん」
しかしこの身体には力がみなぎっている。
さっきまでとはまるで違う。三輪車からジェット機に乗り換えたような、それほどの違いを感じた。
「よくわからねえが、魔粒子が足りなかったか? だったらもっと魔粒子を浴びさせて魔物にしてやるぜっ!」
魔人が消える。
違う。素早いが、その動きは手に取るように見えていた。
「な……にっ?」
蹴り上げを片手で掴んで受け止める。
あまりに軽く、遅い蹴り。
手加減しているのではと、そう思ってしまうほどだった。
「は、離せっ!」
「そう強くは掴んでおらんよ」
パッと手を離すと、魔人はよろけながら退く。
「け、けけ、さっきよりちょっとは強くなったのか? だったらこいつはどうだ? ごぼ……おっ」
大きく開いた魔人の口から筋肉質の人間がゴロゴロと20体ほど出てくる。
「また人造人間か?」
「ああ。だがさっきと同じじゃねぇ。この状態になった俺が作る人造人間は、さっきのやつより100倍は強力だぜ」
「そうか」
それを聞いてもなんとも思わない。
雪華が1歩前へ歩くと、20体の人造人間が一斉に襲い掛かって来る。
……が、すべて雪華へ迫る寸前で動きを止めてしまう。
「な、なんだ? なんで止まりやがる?」
「止まったのではない。もう死んでいるのじゃ」
「は? なっ!?」
八つ裂きとなった20体の人造人間がバラバラとなって崩れ落ちる。
「な、なにを……」
「見ての通りじゃ」
瞬間、魔人の寸前へと迫り、
「はっ!? ごぼあっ!?」
右拳を腹部へと抉り込む。
身体をくの字に曲げて呻いた魔人はヨロヨロと退き、
「ぼごあああっ!」
なにかを吐き出す。
体液塗れで吐き出されたそれは、先ほど太った魔人に食われた工作員の男だった。
「う……あ、がはっ! な、なにが……」
「ほお、生きておったか。運の良い奴じゃ」
この魔人がどういう身体の構造をしているかは知らないが、どうやらまだ消化などはされずに中で生き残っていたようだ。
「な、なんだあんた? 誰だ?」
「邪魔だから向こうへいっとれ」
雪華は工作員の首根っこを掴むと、柱の影にいるもうひとりのほうへと投げた。
「う……うごあああ……。ば、馬鹿なぁ……っ。な、なにも見えなかった。最強の魔人であるこの俺の目で、奴の動きを捉えられなかったなんてことが……っ。あまりえない……。こんなことあっていはずがないいいいっ!」
「わしも驚いておる。なんじゃこの力は?」
身体中に力が満ち溢れている。
理由がわからず不気味に思うも、しかしどこか身体に馴染んで心地良い。実に不思議な力であった。
「こ、こうなったら俺も本気だ。楽に死ねると思うんじゃねぇぞっ!」
「むっ!?」
魔人の腰から左右に2本の腕が生え伸びる。
そして筋肉のボリュームが2倍ほどに膨れ上がった。
「げははっ! 筋肉を倍増して攻撃力は2倍っ! さらに腕を増やしてさらに倍だぜっ!」
「……なんとも頭の悪いパワーアップじゃが、殴り合いの戦いならば合理的な戦闘強化じゃな」
「死ねっ!」
魔人が目前へと迫り、4本の腕を使って攻撃をしてくる。
雪華はそれを難なくかわしていく。
「なるほど。攻撃の速さと手数はたいしたものじゃ」
冷静に敵の動きを見切って身をかわす。
「おらっ!」
「ふむ」
拳が頬をかすり、雪華は後方へと退く。
「ひゃひゃひゃっ! どうした? 避けてばかりで攻撃ができてねーぞ?」
「そうじゃな」
攻撃を返すことはできる。
しかし魔人は大怪我を負ってもすぐに再生をしてしまう。殴る蹴るなどの攻撃をどんなに加えても意味は無い。殺すには、なにか強力な攻撃方法で一気に消し飛ばしてしまう必要があった。
「ふん。ならばわしもパワーアップをするか?」
「なに?」
雪華は目を瞑り。両手を左右へ大きく開いて深呼吸をする。
「今のわしならば、受け入れることができるはずじゃ」
そしてカッと目を開いた瞬間、周囲にある魔粒子の入った水槽のすべてが音を立てて破壊される。
「ま、まさかてめえ、ここにある魔粒子をすべて……」
「ああ。すべて身体に取り込む」
魔粒子が雪華へと集まり、身体に取り込まれていく。
……膨大な魔粒子を身体へ吸収した。しかし肉体への負荷は無い。むしろ具合は良く、満ち溢れた力は完全に自分のものへとなっていた。
「……さて、次の一撃で最後にするかの」
「それはこっちのセリフだぜっ!」
魔人は背丈と同じほどに口を開き、先ほどよりも大きな火球を吐き飛ばす。
「げひゃひゃひゃっ! 死ねっ!」
目前へと迫る魔人の火球。しかし、
「なんじゃこんなもの。ふっ!」
雪華は強く息を吐き出す。と、
「えっ? はっ? ぐあああっ!」
押し返された火球が魔人の身体を焼く。
「こ、こんなことが……」
「さらばじゃ。憐れな兄弟よ。くあ……はっ!」
大きく口を開いた雪華の喉奥から巨大な火球が吐き出される。
避ける間も無く、魔人はその火球に飲まれ、
「ぐあああああっ!!!」
さらに強い炎で焼かれる魔人の身体。
……やがてその身体は骨の一本も残さずに焼失した。




