第169話 合体魔人の圧倒的な力(末松雪華視点)
まったく別の魔人に見える。
しかし状況から考えて、2人の魔人が合体した姿であることは明白だった。
「ああ……この姿になるのはひさしぶりだ」
3メートルはあろうかという巨大な魔人が高い位置から雪華を見下ろす。
「この姿にならなければならないほどの相手は滅多にいなくてなぁ。けっけ、まあ、てめえ程度にゃもったいないと思ったけどよ、どれほどの脅威を相手にしているか教えてやりたかったのさ」
「む、うう……」
戦わずともわかる。
この圧倒的な威圧感。戦わずとも、恐ろしい強さを肌で感じられた。
「俺たち兄弟は魔人スキルによって合体することで最強の魔人となる。こうなってしまえば、てめえの勝ちは万に一つも無いぜ」
「やってみなければ……」
「わかるんだよ。今の俺が、てめえみたいなおもちゃに負けるはずはねぇっ!」
「っ!?」
魔人の姿が視界から消えた。瞬間、
「ごっ!?」
腹部に衝撃。
高く蹴り上げられた雪華は、そのまま天井へと激突する。
「な、なんてはや……っ!?」
直後、後頭部に踵落としの追撃を受けた雪華は天井から地面へと一気に落下して地面へと叩きつけられた。
動きがまったく見えない。
どこから攻撃がくるのかまったくわからなかった。
「こ、このままではいかん……」
一気にやられてしまう。
なんとかしなければ。
しかし身体能力がまるで違う。三輪車で自動車とレースをしているような感覚だ。
「なんだもう終わりか? せっかく最強の魔人様が相手してやってるんだぜ。もう少し楽しませろよ。けっけっけ」
「ぐうう……」
ふらりと立ち上がった雪華は、どうやって魔人を倒せばいいか考える。
「けっけっけ、さっきと目が変わったな。そいつは死を覚悟した人間の目だ。馴染み深いぜその目はよぉ。今までたくさん見てきたからなぁ」
醜悪な表情で魔人は笑う。
人間を殺すことなどなんとも思っていない。
魔人とは心の奥底まで怪物なのだと思った。
「お前には同情するところもある。辛い幼少期を送ってきたようじゃからのう」
父親からひどい虐待を受けていた。
その辛い過去が、このような怪物を作り出してしまったのかもしれない。
「そんなこともないぜ。親父のおかげで俺たちはなんでも食べられる好き嫌いの無い大人に育ったからなぁ。犬でも猫でもネズミでも、虫でも人間でもなんだって食える。特に人間はうまいぜ。ガキの頃はよく近所の赤ん坊を盗んで食ってたぜ。まあ一番うまかったのは、親父とおふくろの肉だったけどなぁ。ひゃひゃひゃっ」
……もう完全に人として壊れている。
更生など不可能であろうほどに。
「かわいい我が子を虐待をする親など最低じゃ。親に人間性が壊されたお前らを心の底から気の毒に思う」
「おやさしいな。命乞いか?」
「違う」
子を持つ親としては、この気の毒な兄弟を救ってやりたい。
しかしここまで人間性が粉々になってしまっていては、してやれることはひとつしかなかった。
「これ以上、罪を重ねさせないよう、ここで始末をしてやる。それがわしのしてやれるお前たちへの救いじゃ」
「ああ……まるで教会の神父だか牧師みてぇなこと言うなぁ。いや、あいつらは始末してやるとかは言わねーか。まあなんだっていい。俺たちに救いなんていらねぇ。これからも俺たち兄弟は殺して食いまくるだけだぜっ!」
またしても魔人が目の前から消える。
しかしこれは想定通りだ。攻撃は恐らく……。
「ふっ!」
雪華は左へ飛ぶ。瞬間、さっきまでいた場所を魔人が蹴り上げた。
「なに?」
「この身長差じゃ。また蹴りで攻撃してくる可能性は高かった」
必ずしも蹴りとは限らなかった。
しかし予想は当たりだ。
蹴りを外してバランスを崩している魔人へ向かって雪華は大きく口を開く。
そして巨大な火球を放つ。
「けっ、なんだそのちっこい火球はよぉっ! くあ……」
「!?」
大口を開いた魔人の口からさらに大きな火球が。
避け切れない雪華は、異形種の能力で身体を硬質化させて身を守るが……。
「ぐ……はっ」
硬質化で焼失は免れた。
しかし大きなダメージを負ってしまい、立っていることができずに膝をつく。
「ひゃっひゃっ、これで終いだな」
「うう……」
もうだめだ。
敗北を悟った雪華は、ただ俯いていた。
「けど俺はやさしいぜ。最後にチャンスをくれてやる」
近付いて来た魔人は雪華の胸倉を掴んで持ち上げる。
「あの魔粒子が詰まった水槽にてめえをぶつけてやったらどうなると思う」
「そ、それは……」
「てめえの身体はもうぎりぎりのはずだ。あの水槽にぶつけてやれば、魔粒子は身体に取り込まれててめえは魔物化する。そうすりゃ俺に勝てるかもなぁ」
「や、やめろ……」
「弟は人間を食うのが好きだけどよぉ。にいちゃんは魔物を食うのが好きなんだ。てめえにはにいちゃんの食事になってもらうぜっ!」
「ぐあっ!?」
魔粒子の入った水槽へ向かって勢い良く投げられる。
激突した身体は水槽を破壊し、溢れ出た魔粒子が雪華の体内へと取り込まれていく。
「ぐああああっ!!!」
抑えることなど不可能。
膨大な力が溢れ、身体が変化していくのを感じながら雪華は叫ぶ。
また魔物になり、自我も無く死んでしまう。
人の意識を失って死ぬ恐怖が、雪華に声を上げさせた。
「げひゃひゃひゃひゃひゃっ! 醜い魔物の誕生だぁ……あん?」
……身体の変化が止まる。
しかし雪華には意識があった。
その理由がわからないまま、雪華はゆっくりと立ち上がる。
「なんだ? なにが起こったのじゃ?」
景色が高い。
見下ろすも、なにやら胸に大きなものがついていて足元が見えなかった。
「なんだ……てめえは?」
「ふむ……」
雪華は自分の身体を見回す。
そこに子供の身体は無く、見えたのは成長した大人の身体であった。




